第42話氷柱の様な何かが刺さっている…
どうやら最近、詠のチャンネルに明確な悪意を持った第三者からのコメントがよく目につくようになったらしい。
それもそのはずで詠のチャンネル登録者数は想像以上のものだったからだ。
端的に言って有名人になりつつある詠に時々動画や配信で姿を現すみどりも同じように人気者になりつつあった。
それ故に嫉妬の様な感情を持つ人も少なくなかった。
だが嫉妬ならまだ良いと思わせてしまうほど今回の件は複雑な事件へと発展しそうなのであった。
「成哉…どうしようか…。このままだとちょっと怖いかも…」
夕食前のリビングで詠とみどりは僕に相対すると相談事をするように口を開いた。
「そんなに酷いの?」
僕は別に詠の動画や配信のコメントを覗いているわけではないので詳しい事情を知りはしなかった。
「こんな感じ…」
そうして詠は自分の動画のコメント欄をスマホの画面に表示すると僕に見せてくる。
その文字にするのもおぞましいような内容を目にして僕は少しだけ気分が悪くなった。
「これ…詠やみどりに対して言ってるんだよな?何かしらの迷惑行為や荒らしの類じゃないのか?スパムとか…そういうのじゃないの?」
僕は少しの期待を持って問いかけるのだが、詠もみどりも黙って首を左右に振るだけだった。
「じゃあ、このコメント一つ一つを相手が考えて打っているってことか?」
想像もできないような内容を目にして思考が止まりかけている僕を他所に彼女らは怯えた様子で頷く。
「マジか…これは…怖くて当然だな…。対策考えないとな」
コメントの内容を書き記すことはないが…。
概ね、詠やみどりをどうにかしたい…。
というような目を覆いたくなるような内容だった。
「普通に気持ち悪くて…こんなこと思われているとは考えもしなくて…」
詠は泣き言を言うように俯いて軽く身震いしていた。
「考えてなかったじゃダメでしょ?続けてく内に気付かないと。詠は私の妹なんだからモテるのは当たり前だし。みどりちゃんは内面まで全部含めて美しいんだからモテないわけがない。そんなことは配信者になってすぐに気付いていてほしかったな」
尊は料理の手を止めずに怯えている妹に対して少しだけ冷たい言葉を掛けていた。
その対応は正しいのか…。
少し冷徹にも思える尊の言葉に疑問を抱いていると尊はガスの火を止めてこちらにやってくる。
「ほら。早く準備する」
尊は詠とみどりに優しく声をかけると立ち上がらせるようなジェスチャーを取った。
「え?何処行くって言うの?」
詠は戸惑いながらも立ち上がると縋るような視線で姉の横顔を確認していた。
「何処って…。こんなの警察案件でしょ」
「あ…そうだね…」
詠とみどりはやっと気付いたようですぐに支度を整えると尊の後を付いていき庭に停めてある車に乗り込んだ。
「成哉くんはマリネとお留守番よろしくね?」
「うん。女性だけで本当に大丈夫?」
「問題ないよ。全て警察に任せるから」
「わかった。気を付けてね?」
「うん。じゃあ行ってきます」
尊はそのまま街の方へと向けて車を走らせるのであった。
皆が家を出てから十分ほどが経過した頃だった。
何気なしにリビングの時計を確認して十八時になる頃だと認識しているとインターホンが鳴り響いた。
獅子戸波や神室咲凪が家を訪ねてきたのかと思って玄関を開けると…。
そこには見覚えのない男性が一人で立っている。
髪を無造作に長く伸ばしており痩せ型長身のその男は僕を目にすると視線を彷徨わせて挙動不審な行動を取り始めた。
「どちら様?」
不審人物であることには間違いないのだが、まだ何もされていない。
「あ…え…あ…っと…」
声を途切れ途切れに感覚を開けて漏らしていく男性は一度落ち着くように深呼吸をした。
「えっと…ここに未来の僕の嫁である詠ちゃんとみどりちゃんがいると思うんですけど…会わせてください…!」
完全に妄想と現実がごっちゃになってしまっている相手に僕は嘆息すると首を左右に振った。
「残念だけど…ここには僕しかいないよ」
「嘘だ…!知ってるぞ…!?お前は…詠ちゃんの幼馴染だろ…!?厚かましくも…詠ちゃんを救った…!?ふざけてんのか…!?」
目の前の男性は明らかに怒気を孕んだ口調で慣れない大声を出していた。
つばを撒き散らす様な声で僕を威嚇しているつもりらしい。
「残念だけど…ほら。靴は僕のものしか無いだろ?それに家の中に人の気配がするか?………?」
男性に対して背中を見せてしまったこと、目を離してしまったこと。
全てが間違いだったのだろう。
僕の背中には冷たい氷柱の様な物が刺さっているようだった。
身体の中から暖かい体液が漏れ出てきて氷柱の様な物が刺さっている部分がやけに熱く感じてくる。
明らかに意識を失いかけていたが、歯を食いしばって目の前の相手に相対する。
「背中だから…何が刺さっているのか…よくわからないけれど…。このまま僕が失血多量で…いいや。君はここから離れたほうが良い…。ここに留まっていたらすぐに警察を呼ばれるよ…?僕は最近…拉致や誘拐にも似た…ことをされたんだ…。一緒に住んでいる人達も…近所の人達も…そういうことに敏感になっている…。不審者がいたら…すぐに通報されるよ…?逃げるなら…今が…タイミングだ…」
これ以上の深手を負うわけにもいかず、家の中にいるマリネの存在にも気付かれたくなかった。
マリネはきっと玄関で何が起きているのか今はまだ気付いていないはずだ。
敵が消えたらスマホで救急と警察を呼ばなければならない。
それぐらいの体力とマリネだけは守り抜く胆力を持っていなければならない。
「あ…あぁぁぁぁ…あああああああ…!」
男性は大声を上げるとそのまま逃げるように家を後にする。
気が抜けてぐったりと外玄関で倒れるとポケットを漁る。
スマホに手が掛かった辺りで眠るように意識が飛んでいくのであった。
警察に被害届を出して無事に家が見えてきた頃。
赤い灯りが家中を包んでおり私の心臓はきゅっと掴まれた感覚がする。
嫌な想像が脳裏をよぎる。
それは後部座席でフロントガラスの向こうを覗いていた二人も同じようだと思われた。
家の前まで車が到着すると玄関には進入禁止のテープが貼られている。
「家の方ですか?」
警察官の質問に私は頷くと車を駐車するスペースに入れてもらえる。
車から降りるとすぐに現状を聞き出そうと質問をする。
「何が合ったんですか!?」
噛みつくような私の質問に警察官は、
「まずは落ち着いてください」
などと言って私のことを軽く諌めた。
「家の男性が何者かに刺されて病院に運ばれました。ご家族ですか?」
「家族のようなものです!もしかしたら…今回の件と重なるかな?」
私は後ろで完全に怯えている詠とみどりに問いかけるのだが彼女らは震えて声も出せないようだった。
「今回の件とは?」
警察官に尋ねられた私は詠とみどりに対する悪質なコメントを書き込んだ人物の話を聞かせる。
「こんな内容で…もう警察案件だと思っていたので今まで警察署で被害届を出していたんですよ」
「なるほど…」
警察官は無線でそれを確認しているようで署にいる職員と話をしていた。
「尊!詠!何があったの!?成哉くんが刺されてて…私…気が動転したけど…すぐに警察と救急を呼んだのよ!?何かに巻き込まれているの!?」
隣の実家から母親と父親が出てくると怪訝な表情を浮かべている。
「成哉くんは…この間も何かに巻き込まれたんでしょ!?詳しくは聞いていなかったけど…今回もそれと同じ事件なの!?」
「わからないけど…そうじゃないと思う…」
「どういうこと!?ちゃんと説明して!」
「それは…」
そうして私は詠やみどりに対して悪質なコメントをしてきた相手がストーカーのようになり事件を起こしたのではないかと憶測を口にした。
「そんな事が起きていたのね…。警察にはちゃんと届けたのね?」
「うん。とにかく今は二人を見てて貰って良い?私は病院に急がないと…」
「ダメよ!まだ犯人も捕まっていないんだから!全部終わってから病院に行きなさい!」
「でも…!」
「大丈夫。成哉くんは絶対に帰ってくるわ」
母親の女の勘なのか断定的な言葉を耳にした私は何とも言えない安心感を覚えて仕方なく頷く。
「とにかく。こっちに来なさい」
そうして私達は星宮家に揃って向かうのであった。
恋人の不在の中…。
生死の確認もできず…。
どれほどの重症なのかも分からずに…。
不安なまま一日を過ごすのであった。
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