第41話見え始めた影

ある日の休日のことである。

詠とみどりは二人で外に出ていた。

撮影のようだったが姉の尊とその恋人である僕に気を遣って二人で撮影に向かったみたいだ。

「気を遣わせてしまったね…」

尊は妹に対して少しだけ申し訳無さそうな表情を浮かべると目の前のマグカップに手を伸ばした。

「休日ぐらいしか二人きりになれないから。仕方ないよ。詠も大人になったんでしょ?」

「そうだね。それで。私達は何しようか?」

「う〜ん。外はもう肌寒いし…家の中でゴロゴロしているのもね…」

どっち付かずな言葉を口にしては悩んでいるような表情で窓の向こうを眺めていた。

「じゃあ話でもしながら考えようか」

「そうだね。そう言えば聞きたかったことがあるんだけど…」

「ん?何かな?」

「マリネちゃんの名前だけど…どうしてマリネって名前になったの?」

「あぁ〜…それはね…」

そうしてそこから尊はマリネの名前について丁寧に説明を始めるのであった。

「本当はね…マリンって名前にしようと思っていたんだよ。海の近くの家に住んでいる猫だから…安直にマリンって名付けようとしていたんだ。家族もそれで納得して名前を登録に向かったんだよね。名前の欄に私はしっかりとマリンって書いたんだけど…その時の担当者がお腹空いていたのかな?登録が済むとマリネって名前になっていたんだよね…。でもマリネは何でかわからないけど…こっちの名前の方が気に入っているみたいなんだ。だから家族もマリネって呼ぶ様になったんだよ。ミスから始まったあだ名みたいなものだけど…皆気に入っているから正式名称みたいになったんだ」

尊はマリネの名前の秘密を打ち明けると僕はそれを黙って聞いていた。

相槌を打つように時々ウンウンと頷いていた僕に対してマリネは少しだけ伺うような表情を浮かべている。

「どうしたの?」

マリネに問いかけると彼女はか細く頼り無さそうに鳴いた。

「幻滅した?」

そんな心配そうな表情を浮かべているマリネに僕は微笑みを返す。

「どうしてよ。そんなわけないでしょ」

マリネの頭と喉元を軽く撫でてあげると彼女は安心したようで顔全体を僕の手に擦り付けて美しく鳴いた。

そこからも僕らは他愛のない会話を繰り返しては詠とみどりの帰りを待つのであった。


夕方辺りまで雑談をしていたり適当に暇つぶしのようにゲームをして過ごしていると二人は慌てた様子で帰宅してくる。

「はぁ…はぁ…マジで怖かった…!」

詠は明らかに狼狽していて隣で同じ様に膝に手をついて息を切らしているみどりの顔面は蒼く染まっていた。

「どうしたっていうんだよ?そんなに慌てて…みどりさんも大丈夫?顔蒼いよ?」

二人に問いかけてキッチンへと向かうとコップに飲み物を注いだ。

「まずは腰掛けたら?」

尊は優しい口調で二人をリビングのソファへと誘導すると落ち着かせるように声を掛けていた。

「何かあったの?」

尊は詠に問いかけて小首をかしげていた。

二人はまだ息が整っていないらしくぜぇはぁしながら頷くだけだった。

「まずは息を整えて。その後、お茶でも飲みな」

僕は彼女らの前のテーブルの上にコップを置くと尊の隣に腰掛けた。

しばらく二人は息を切らしていたが呼吸が整うとコップの中身を一気に飲み干してから口を開いた。

「やばいんだよ!撮影していたら…声を掛けられて!丁寧に対応したんだけど…話が終わった後もずっとついてきて…。怖いから二人で全力ダッシュして帰ってきたんだけど…それでもずっとついてくるから…。でも…どうにか撒いて帰ってきた…めっちゃ怖かったから…!」

詠がどうにかそんな言葉を口にして身震いをしている。

隣のみどりは詠の言葉にウンウンと頷きながら同じ様に身震いしていた。

「やっぱり今度から外で撮影するときは僕も行かないとだね。そういう心配事があるからな…」

「成哉くんが行くなら私も行くわよ。それに二人のことも心配だからね。でも数が多ければどうにか対処できそうじゃない?」

詠とみどりは顔を合わせると安心したようでガクッと力が抜けていた。

「やばい…このまま気絶しそう…」

詠は完全に緊張の糸が切れたのかソファにそのまま全身を委ねている。

「私も…あんな怖い思いは…もう二度と御免…」

みどりも同じ様にぐったりとした表情でソファに全身を委ねている。

「少し休んでな。動けるようになったらお風呂入っちゃって。走って帰ってきたんだから汗凄いでしょ?」

姉の尊の言葉を耳にした二人は声は出さなかったが了承したようで軽く手を持ち上げていた。

「じゃあ夕食の支度しないとね」

尊はそのままキッチンへと向かい、僕とマリネは意思疎通したように無言で玄関へと向かった。

玄関の扉を開けて庭に出る。

暗くなりつつある辺り一面を警戒するように眺めるが杞憂で終わりそうだった。

マリネもあの時のように警戒してはいない。

僕とマリネは視線を合わせると問題ないとでも言うように自宅に戻っていく。

家に戻ると二人は風呂に向かったようで僕とマリネは再びリビングのソファに向かう。

「悪質なファンかな?」

何気ない言葉に尊はただ頷く。

「そうだと思うよ。詠のチャンネルの登録者数…すごかったから…。外で撮影するときは大人数じゃないともう危ないと思う」

「そっか。じゃあ僕らで守ってあげないとね」

「それはそうね。毎週、外で撮影するわけじゃないと思うし…偶にだったらちゃんと付き合ってあげないと…心配だから」

妹を思う姉という美しい姉妹関係を目にして僕は心が浄化されていく。

嬉しくなって微笑んでいると尊はこちらを振り向く。

「なんで笑ってるの?私…おかしなこと言ったかな?」

「いやいや。何でも無い。こっちの話だから」

「そう。じゃあ良いけど」

そうして他愛のない会話を続けながら尊は夕食を作っていた。

二人が風呂から上がってきてドライヤーで髪を乾かすと夕食は始まるのであった。



少しずつ迫りくる…

詠とみどりの背後には影が見え隠れしているのであった…。

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