第39話過去に決着をつける
「永瀬さん。残念ですが…斑瑠唯らは執行猶予が付き保釈金も支払ったので…」
事件を担当してくれていた刑事は家を訪れると申し訳無さそうに頭を下げた。
「そんなに気を落とさないでください。逮捕した後の事は刑事さんではどうしようも出来ないじゃないですか」
「励ましの言葉だと思って真摯に受け止めます。ですがお気を付けください。不甲斐ない結果になってしまったのでせめてもの報告です。では」
そう言うと事件を担当してくれた刑事は庭に向かい車に乗り込んだ。
窓を開けて再びこちらに頭を下げた刑事はそのまま庭を出ていく。
「まぁ…半径1km以内に入れないって話だしな…でも別にゲームやアニメのように目に見えないバリアが現実に存在するわけでもないし…」
そんな独り言をぶつぶつと漏らしながらリビングへと戻っていく。
本日も平日であり尊は仕事に向かっている。
詠とみどりは作業部屋で今日も仲良く撮影中だ。
「考え事するには…散歩が一番だなぁ〜」
スポーツウェアに着替えを済ませた僕は玄関へと向けて歩き出す。
その後ろをマリネがとことことついてくる。
「私も連れて行ってよ」
そんな言葉を投げかけられているような気がしてならなかった。
「行こう」
二人揃って玄関を抜けるとビーチを歩いたり街の方まで少しだけ足を伸ばして散歩に夢中になるのであった。
と言うよりも考え事に集中していたのかもしれない…。
「あら。見ない顔ね。この家に住んでいる人のお友達?」
この家に住むようになってから初めて見た目の前の女性は、心が読める私の目には明らかに邪悪に映った。
「え…あ…はい…」
完全に気圧されている私を他所に目の前の女性は勝手に庭へと侵入してくる。
「成哉は?」
「あ…今は…散歩に…」
どぎまぎと途切れ途切れに返事をするので精一杯だった。
相手の心の中にある憎悪や嫌悪などが可視化して見えるようで恐怖で足がすくんでしまう。
こんな邪悪で心を覆い尽くしたような人間には今まで出会ったことがない。
そんな大げさなことまで一瞬にして考えてしまうほどだった。
「そう。今日はお別れを言いに来たんだけどね。仕方ないわ。もう会えない気はしていたのよ。だから…これを渡してほしいの」
名も知らない邪悪な女性は複数の季節外れの彼岸花とその中心で異様なオーラを放っている菊の花の花束を渡してくる。
「わかり…ました…」
呼吸が浅くなっている感覚がして大きく息を吸うのも許されていないような状況に胸が詰まりそうだった。
「あと…この手紙を添えて…。じゃあ。お別れを告げておいてね?」
それにどうにか頷くと邪悪な女性は庭先を後にする。
女性が見えなくなるまで視線を外すことが出来ずにいた。
ようやく見えなくなった所で正常に呼吸をすることが可能となり大きく深呼吸した。
踵を返して早々に家の中に戻ろうとしていると再び後ろから声を掛けられて私の心臓は飛び出そうだった。
「みどりさん。ただいま〜」
だがその声の正体は呑気なもので心から安心する。
「良かった…永瀬さんでしたか…」
「ん?何かあったの?ってか腕に抱えている花束は何?」
「えっと…今さっきまで…邪悪な女性が家を訪ねてきていて…」
「そっか…。その相手はなんて?」
「はい。お別れを告げに来たのと…これを受け取って欲しいって…」
私はただそっと黙ってその花束と手紙を永瀬に渡す。
「ありがとう。怖い思いしなかった?」
「私は大丈夫です…」
「それは良かったよ。でも汗凄いよ?もうそんなに暑い季節じゃないはずだけど?」
永瀬は私の姿を十分に確認すると軽く微笑んで冗談でも言うようにして口を開いた。
「そうですか…?とりあえずリビングで休憩します」
「そうしよ」
永瀬とマリネは先を歩くと花束を抱えた状態で玄関の中へと入っていくのであった。
眠る時は両親が使っていた寝室で尊と共に眠っていた。
それ以外に幼い頃から使用していた自室というものが存在している。
現在使われていない部屋と言えば郷兄が使っていた部屋だけだった。
郷兄は喫煙者だったため室内が軽く茶色に染まっていた。
そんなことはともかく…。
尊や詠やみどりと同居するようになってからは自室というものに足を踏み入れていなかった。
最近、尊は同衾にも抵抗を覚えなくなったらしく、毎日一緒に眠っている。
だがしかし、キス以上の一線は越えていない。
まだ尊は過去の出来事を払拭できていないと思われたからだ。
そういう僕は今から過去の出来事に決着をつける時がやってきていた。
久しぶりに自室で独りになると再び暗闇や孤独といったものが後ろで待ち構えている様な錯覚を感じてしまう。
だが頭を振ると花束の中心に添えられている手紙に手を伸ばす。
キレイに封を切ると中身の手紙を読んでいくのであった。
成哉へ。
遅れましたが、この度はご愁傷さまでした。
そんな挨拶もしていないことに私は今更ながらに気付いたのです。
私の執着により成哉とその家族に多大なるご迷惑をかけたと思います。
もう家族の皆さんには会うことも能わないのでしょう。
失礼をお詫びすると共に謝罪をここに記します。
話は変わりますが私はこれから海外へ向かいます。
もちろん抱えきれる人間だけ抱えて…。
成哉に対する執着が消えたのを不思議に思ったかもしれません。
ですが、それにも理由があります。
国内に絞って占っていましたが…
海外へ目を向けた時…
成哉よりも相性の良い相手。
つまりは私の運勢を最高にしてくれる相手を複数人見つけました。
もう成哉に用は無いです。
私に付き纏われないで済むと思うと一安心でしょ?
でも…たまにで良いから私を思い出してください。
私も時々、成哉を思い出しては輝かしい過去に浸るのかもしれません。
まぁ、わかりませんが…。
海外で素敵な相手を見つけて一生思い出さないかもしれませんけどね。
それは成哉だってそうでしょ?
家を訪ねた時に感じました。
私の入り込む余地など何処にも無いのだと…。
諦めから嫌がらせのようなことをしたことを深く反省します。
改めて謝罪を…。
ごめんなさい。
そして、さようなら。
どうか、いつまでも末永くお幸せに…。
ただし!
私よりも幸せになるのは御免ですからね。
斑瑠唯より
その手紙を最後まで読んだ僕の心の中はやけに清々しく晴れた天気の日のようにキレイに冴え渡っていた。
もう返事の出来ない一方通行な手紙に軽く嘆息すると過去の出来事を心から許そうと思う。
僕を見捨てて孤独に追いやった瑠唯のことをもう完全に許す。
自分の運勢のためだけに犯罪へと手を染めて、僕を攫った彼女を許す。
もう僕は誰も恨まない。
孤独で失うことに怯えて怖がっていた過去の僕までも許すと現在の自分が一回り大きな存在へと進化していった様な気がしてならなかった。
笑顔が自然と溢れると花束を持って階下へと降りていく。
みどりが僕を視界に捉えると何かしらを訴えかけようとしていることに気付く。
だが僕は彼女を安心させるために微笑んで首を左右に振る。
季節外れの花束を仏壇に供えると瑠唯の代わりにお線香を上げて代理で手を合わせる。
「よく許したな。偉いぞ。俺はお前を尊敬する」
そんな兄からの激励の言葉が飛んできた気がして自分を初めて心から誇りに思うのであった。
尊が帰ってきても僕は彼女に本日のことを伝えることはなかった。
何故なら不安にさせる必要も無理やりに安心させる必要も今の僕らには感じられなかったからだ。
ただ自然と時が経ち、過去のことを風化してしまえば良いのだ。
僕と尊の間に適当な言葉で安心させるようなコミュニケーションは必要ない。
そんなことを思ったからだ。
僕はこの日を境に勝手に尊や詠やみどりやマリネに今まで以上に心を開くことになるのであった。
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