第37話遂にこの日がやってきた…なんて言い過ぎ…
遂にこの日がやってきてしまった。
そんな言い方をすると大層なことが、待ち侘びていた日を迎えたかの様に思うかもしれない。
そうではなく…。
単純にマリネのシャンプーと爪切りの日がやってきたということである。
朝から僕らは全力でマリネを捕まえることに必死だった。
起きてきた僕らの様子が変だったからか、それともマリネはカレンダーが読めるのか…。
どうやら本日のマリネは非常に警戒心MAXの状態だった。
「ほら。マリネ〜おいで〜」
わざとらしく甘い声を出す詠にマリネは厳しい視線を向ける。
「マリネ。ご飯食べたいでしょ?こっちおいで」
いつものように尊はマリネを甘やかすような言葉を口にしても信用しなかった。
「マリネちゃん。一緒に遊びましょう。流行ってるゲームのプレイを横で見ててください」
みどりからの誘惑にも負けずにマリネは部屋の隅でこちらを警戒していた。
「マリネちゃん。もう観念してよ。今日はシャンプーと爪切りの日です。そんなこと賢いマリネちゃんならわかっているでしょ?」
正直に真っ向から立ち向かうとマリネは少しだけ困ったような表情でか細く鳴いた。
「分かるよ。嫌なのは…。でも行ってみたらきっとさっぱりするよ?それに僕に猫の匂いするなぁ〜って思われても良いの?マリネちゃんが許せない猫扱いされたら嫌でしょ?」
そんな手口で交渉をするとマリネは観念したらしく尊の元へと向かい朝食を貰っていた。
「成哉くん。ありがとうね。でもマリネが少し拗ねているみたいだよ?」
尊の言葉を受けて僕は必死で言い訳のような言葉を口にした。
「いやいや。マリネちゃんのこと猫の匂いするなんて思ったこと無いよ?もしもの話だから」
そんな僕の慰めの言葉にマリネはしょんぼりとした表情で軽く頷く。
「ごめんね?傷つけたよね?でも本当にマリネちゃんはいつもいい匂いだよ」
少し気持ちの悪く思える慰めの言葉を耳にした彼女らはクスッと微笑んだ。
「なに…いい匂いって…」
詠は少しだけ目を細めて僕を変態扱いするかのようにジトッとした視線を送ってくる。
「いやいや。シャンプーのいい匂いするよって伝えただけじゃん」
「いや、その言い方は無いかな…」
「わかったよ。もう言わない」
そこで彼女らはどっと笑うとマリネも機嫌を直したようで優雅に朝食を楽しんでいた。
そして僕らも朝食を済ませると身支度を整える。
僕と尊とマリネは車に乗り込むと大通りのペットショップへと向かうのであった。
店先の駐車場に車を停めるとマリネは呼吸を深く吸って決意を固めているようだった。
「そんな大層なことをしに来たわけじゃないでしょ…」
尊は少なからず呆れているようで目に見えるように嘆息している。
「さぁ。頑張ろうね」
マリネを抱きかかえると、いざ店内へ…。
「いらっしゃい。マリネちゃん」
いつものように受付の女性の声を聞いたマリネはぐったりとした表情を浮かべている。
奥の部屋から獅子戸波が姿を現すと僕らに対応した。
「こんにちは。マリネちゃん。こっちですよ」
波はマリネを僕の腕から受け取ると軽く頭を撫でてあげていた。
「成哉も星宮さんも…こんにちは。今日も仲良くて羨ましいです」
波はお世辞のような世間話のような言葉を口にして軽く微笑んだ。
「波ちゃん。こんにちは。マリネちゃんのことよろしくね」
「わかってるよ。マリネちゃんはシャンプーも爪切りも苦手だからね。丁寧に怖がらせないように痛くないように細心の注意を払うね」
「よろしくお願いします」
尊が返事をするとマリネは波に連れられて奥の部屋に向かっていくのであった。
僕らは一時帰宅してペットショップから連絡が来るのを待つ。
詠とみどりはいつものように作業部屋に籠もっていた。
僕と尊は久しぶりに二人で昼食を取っている。
「マリネのこと心配?」
尊は僕に問いかけて自分で作ったオムライスをスプーンで掬っていた。
「まぁ。あれだけ嫌そうだったからね…結構怖い思いしたことあるのかなって心配にはなるよ」
「あぁ〜…それはね…」
そうして尊は過去の出来事を聞かせてくれる。
マリネがまだ小さいときに尊が爪を切ってあげたらしく、切ってはいけない部分に軽く触れてしまい、それ以降マリネは爪切りを嫌いになったらしい。
シャンプーも同じ様な出来事が起きたのだとか。
家の風呂場のシャワーが故障したのか熱いお湯がいきなり出たり、急に冷水が出たりとシャンプー中のマリネのストレスはMAXとなりそれ以来嫌いになったんだとか…。
「それって…尊さんのせいでは?」
おちょくるような言葉を恋人である尊に投げかけると彼女は珍しく落ち込んだような表情を浮かべる。
「本当のことだから…言わないでよ…」
軽くショックを受けているような尊に僕は本日の失言の数を数えていた。
「違うって…冗談だよ。誰のせいでもないでしょ?それ以来はマリネちゃんも怖い思いはしてないんでしょ?」
「うん。その経験だけだと思うよ。でも中々にストレスだったはず」
「そっか。もう怖くないって思ってもらいたいね。帰ってきたら美味しい食べ物を作ってあげよ?」
「そうだね。帰ってきたらマリネを甘やかしてあげてね?」
それに頷いた辺りで尊のスマホに着信が届いて僕らはマリネを迎えに行くのであった。
「おつかれ。マリネちゃん」
波の手からマリネを受け取ると頭と喉元を優しく撫でてあげる。
「今日も結構嫌そうな顔していましたけど…無事に成功しました」
波は尊に報告をすると頭を下げる。
「ありがとうございました。次の予約もしていいですか?」
尊はそう言うと受付の女性と予定を擦り合わせていた。
「疲れた?マリネちゃん」
マリネは軽く疲れた様な表情を浮かべており文句を垂れるような声でか細く鳴く。
「早く帰って美味しいもの食べようね」
その言葉にマリネは段々と少しずつ機嫌を直してくれているようだ。
尊が会計を済ませると僕らは車に乗って帰宅するのであった。
帰宅したマリネに皆は気を遣うように、と言うよりも本日は全力で甘やかしてあげていた。
その御蔭でマリネはしっかりと機嫌を直して本日の出来事を忘れようとしているみたいだ。
僕らはその日、終日中マリネを甘やかし続けるのであった。
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