第36話マリネと幻想的な景色を…
尊や詠やみどりを疑うわけではない。
でも彼女らにも見せたくない顔というものが存在するはずなのだ。
尊だったら過去の酷い恋人に対する顔を僕には見せたくないはずだ。
詠もそうだろう。
彼女を嫌っていた同級生のことは僕も知っている。
だが専門学校時代の同級生や美容師時代の同僚のことは話でしか聞いていない。
なので僕の知らない相手と詠が一緒にいる場面をきっと見せたくないと思っているに違いない。
みどりとはまだ付き合いが短い間柄だが、彼女は自分の家族を僕らに会わせたくないだろう。
僕らの関係を暖かい環境だと褒めてくれたみどりは自分の家族を冷たい人達だと思っているはずだ。
きっと僕にだって彼女らに見せたくない顔というものがあるのだろう。
自分では分からないが…きっとある。
そういうものに触れないようにしている今の間柄は正しい関係なのだろうか。
ふっとそんな、もしものことに頭を悩ませていた。
つまり何が言いたいかと言うと…。
現在、非常に暇なのである。
尊は職場に向かい、詠とみどりは作業部屋に籠もっている。
僕は家事を終えてマリネとソファでだらけている状況だ。
暇な時間を潰そうと有りもしない、もしものことに頭を悩ませて頭を振る。
そんな繰り返しをしてはリビングの時計を眺める。
「ナァ〜」
愛想が尽きたのかマリネは仕方無さそうに僕に向けて美しい声で鳴くと玄関へ向けて静かな足取りで歩いていく。
後ろをチラチラと見ては僕についてこいとでも言っているように思えた。
マリネに従うように僕は彼女の後をついていく。
マリネは玄関で扉が開くのを待っており僕は靴を履くと注文通りに扉を開ける。
「何処行こうって言うの?」
マリネの背中に語りかけるが彼女は何も言わずにただまっすぐに庭を抜けていった。
そのまま海の方へと歩いていき砂浜をしばらく散歩するようだった。
「僕が暇を持て余していたのに気付いたの?気を遣ってくれた?」
そんな独り言にマリネは応えもせずに、ただ砂浜の奥の方まで歩き続けていた。
語りかけても応えを返してくれないマリネは珍しく思えて不思議に感じていると彼女は僕の方へと振り返る。
「ナァ〜」
と再び美しい声で鳴いたマリネは洞窟の様な岩場に僕を連れてきた。
「え?ここに入るの?危ないよ」
そうは言ってもマリネはズンズンと先へ進んでいく。
置いていかれないように後を付いていき日が差し込んだ開けた場所でマリネは足を止めた。
「なになに?どうしたの?」
マリネの元まで向かうと彼女は顎をクイッと向けて視線の指示をしているようだった。
マリネの指す方角へと視線を向けると…。
「うわぁ〜!凄い景色だね!これを見せたかったの!?」
そこには大きな滝があり今の時間には太陽の光が差し込んでいる。
水辺に陽が差し込んだことにより虹が掛かっており幻想的な風景だと心が震えていた。
「ちょっと外に出れば。こんな素敵な場所もあるんだよ?家で腐ってないで私とお出かけするとか考えてくれないの?このままだとちょっと幻滅しちゃうな〜」
マリネは僕にそんな言葉を投げかけているような表情を浮かべている。
何処か僕の人間としての本質や男性としても底力のようなものを試されているようで背中には冷たい汗が流れる。
「ごめん。蔑ろにされている気がしたよね。忙しかったって言うと言い訳になるけど…さっきみたいに暇な時間があるのであれば…今度からはマリネちゃんを喜ばせるようなことをもっと考えるね?許してくれる?」
マリネは仕方無さそうに頷くと満足気な表情を浮かべて美しく鳴いた。
僕の足元でくるくると回ったマリネを抱き上げるとしばらく幻想的な風景を二人で眺めて過ごしていくのであった。
帰宅すると詠とみどりが心配そうに庭先で僕らを探しているようだった。
「ただいま〜。聞いてよ…」
呑気な態度で二人に接すると少しの叱責を受けてしまう。
概ねの内容は、
「出掛けるなら連絡を入れて」
そういうことだった。
「それで?何を聞いてほしいの?」
詠は僕らに視線を向けてくるので先程の幻想的な景色の話を言って聞かせるのであった。
尊が帰宅してきて再びその話をすると彼女は美しい微笑みで僕を見つめていた。
「その場所は私がマリネに教えたんだけどね」
尊はマリネに張り合うわけでもなく事実として口にするのだが…。
マリネは軽く怒ったような声を上げて尊の元へと向かっていた。
「はいはい。自分が見つけた場所として紹介しておきたかったんだね。ごめんね。良いところ成哉くんに見せたかったのかな?余計なこと言ってしまったね」
尊はマリネに謝罪をするのだが、それによりマリネは二倍の辱めに合った気がしたのか先程以上に尊に怒った鳴き声を上げる。
「分かった分かった。もう何も言わないから…」
そこから尊はキッチンへと向かいマリネは僕の元へと向かってくる。
「違うからね!?」
何に対してかは分からないが、その様なことを伝えてきている気がした。
「わかってるよ」
そう優しく伝えるとマリネを膝の上に乗せて夕食が出来るまでリビングのソファでのんびりと過ごすのであった。
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