第35話当たり前のことを記しておく

当たり前のことで特別書き記していなかったのだが…。

僕も尊も詠もみどりも毎朝、仏壇にお線香を上げて手を合わせている。

それも当然のことである。

秋と尊は仲の良い親友のような関係だったし、詠に関しては幼い頃から沢山世話になったはずだ。

それに少しだけおこがましい言い方になってしまい大変申し訳無いのだが…。

みどりは家に住まわせて貰っている状態なのだ。

だから感謝を伝えるために全員が毎朝お線香をあげて手を合わせるのは当然だった。

ただ僕が半引きこもり状態だった頃、尊はお墓の方に直接行っていたそうだ。

「だって成哉くんの気持ちを考えるとズケズケと家の中を踏み荒らすことは出来なかったんだもん」

いつの日か尋ねた時の答えはこの様なものだった。

「お墓参りか…そう言えばしばらく行けてなかったな…」

ある日の休日に尊と二人でリビングで寛いでいた昼下がりのことだった。

「久しぶりに行こうよ。家の仏壇に毎日お線香を上げて手を合わせているけれど…やっぱりちゃんとお墓に行って私達のことも報告しよう?」

尊の言葉に従うように頷くと彼女は妹の詠の部屋へと向けて歩き出した。

ガタガタといくつもの足音が階段を降りてくる音が聞こえてくる。

「もちろん私も行くわよ!成哉の両親に挨拶しないといけないのは私もなんだから!勝手に家に住まわせていただいておりますって!」

張り切っている詠の後ろにはみどりの姿もある。

「私も行かせてください!ちゃんと挨拶しないといけないって思っていたんです!」

みどりは確実に詠に感化されているようで明るい性格へと引き上げられているような気がしてならなかった。

それが凄く嬉しくて僕は薄く微笑んだ。

「みどりさんも最近は元気になってきましたね」

そんな言葉を投げかけると彼女は少しだけ照れたような表情を浮かべて俯いた。

「何で俯くんですか?褒めているんですよ。とても素晴らしいことです」

「あ…はい…!詠ちゃんと一緒に働いていると楽しいことばかりで…。それに皆さんと一緒にご飯を食べたり…休日は皆で過ごせて温かい環境で…今、とても幸せです」

みどりがこちらに越してきたから一週間が経過しようとしていた。

彼女は明らかに表情が明るくなり性格にも変化が見られていた。

それもポジティブな方向へと修正されていくみどりを見て僕は詠のことも誇りに思ってしまう。

それに人の心が読める彼女が傷付いておらず、幸せを感じているということは皆がみどりを歓迎していると言うことと同義であると思われた。

「そっか。それならば良かったよ。じゃあ準備が整ったら出掛けようか」

ということで、そこから僕らは各々が身支度を整えるのであった。


全員の身支度が整うと近所のスーパーへと向かう。

お線香とライターは持参できたのだが、仏花とお供物は買わなければ用意がなかった。

尊とともにスーパーで必要なものを購入すると墓地へと向けて車を走らせる。

三十分もしない内に墓地の駐車場に車を停めるとお墓へと向けて坂道を登っていく。

お墓掃除の道具を借りるとそのまま永瀬家の墓を掃除していく。

仏花とお供物を丁寧に配置すると、お線香に火を付けて各々に配る。

そしてそこからしばらく家族との対話が始まる。

もしかしたら一方的な語りかけかもしれない。

でも天国でも家族が僕らに対して言葉を返してくれているとそう感じてしまう。

「皆。来たよ。久しぶりかな。あまり顔を出せなくてごめんね。毎日仏壇では手を合わせているんだけどね…でもちゃんと来ないといけないって尊さんが言うんだ。尊さんはお隣の星宮家の長女だよ。今は僕の恋人なんだ。ってこんな報告しなくても皆はきっと見ていてくれているよね?うん。これからもいつまでも見守っていてください。きっといつかそっちに行ったらちゃんと報告するからね。じゃあまたね」

無言の状態で手を合わせて、心の中で対話を済ませると次は尊がお線香をあげていた。

尊の次が詠でその次がマリネの代わりに尊が供える。

最後にみどりがお線香をあげてそれぞれが僕の家族へ律儀にも長い間、対話を試みてくれる。

彼女ら全員の僕の家族へと向ける敬意のようなものを勝手に感じて、勝手に感動してしまう。

皆が手を解いて目を開けると僕らは坂道を下山していく。

掃除道具を返すとそのまま車に乗り込んで帰路に就く。

「そうだ。久しぶりに外で昼食にしようよ」

尊の提案により全員が納得するとマリネも一緒に入店できる喫茶店へと向かうのであった。


昼食を取って帰宅するとそこから僕らはリビングで他愛のない会話をして過ごす。

「永瀬さんの家族はどんな人達だったんですか?」

みどりの何気ない言葉がきっかけとなり僕らは家族との思い出をみどりに言って聞かせるのであった。


そんな亡き家族を目一杯に感じた、ある日の出来事なのであった。

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