第34話ついにみどりがやってくる
みどりは職場に退職届を出したらしい。
元彼氏と同棲していたマンションを引き払って荷物をまとめて引っ越ししてくるのは本日だった。
朝、目覚めると尊は誰よりも先に起きていたらしくキッチンで朝食の準備をしている。
リビングに顔を出すと慌てた様子の詠の姿が目に飛び込んでくる。
「みどりが今日来るっていうのに…まだ荷物を運び終えてないの!成哉…手伝って!」
起きてきた僕に向けて早々にそんな言葉を投げかけてくる詠に嘆息する。
「おはよう。別に隣なんだから慌てる必要ないだろ?必要なものがあった時に都度都度取りに行けばいいじゃないか」
「あぁ…それもそうね。何だ…慌てさせないでよ」
何故か僕に悪態のようなものを吐いた詠に目を細めると彼女は苦笑して応えた。
「冗談だって…私も少しだけ舞い上がっているの…初めて心から仲良く出来ると思えた同性の友達と一緒に住めるって…心の何処かで期待しているんだと思う」
「そうか。それは良いことだな。お互いに大事にしあうと良いよ」
「わかってる。みどりが今辛いなら一緒に居てあげたい…あの頃、成哉が私にしてくれたみたいに…」
「僕は別に大層なことをした覚えはないんだがな…」
「そう。じゃあ私も大層なことは出来ないけど…一緒に居てあげたいんだ」
「そっか…そうだよな…」
「うん…」
詠との過去を思い出して、あの頃の一人で苦しんでいた女の子ではないのだと思うと感激のあまり涙が溢れそうだった。
「さぁ。朝ごはんにしましょう。早く食べて準備しておきたいでしょ?」
尊は詠に問いかけると彼女はただ黙って大きく頷く。
そこから僕らは手早く尊の作った朝食を感謝しながら頂くのであった。
本日は平日なため尊は職場へと向かうこととなる。
僕と詠とマリネだけが家に残っていた。
詠は何処かそわそわしているようで落ち着かない様子でリビングをウロウロしていた。
「落ち着けよ。みどりさんは確実に来るんだから」
「わかってるけど…!」
詠に軽く嘆息していると庭に引越し業者のトラックと軽自動車が入ってくる。
「ほら。みどりさんが来たよ。出迎えに行ってあげな」
「うん!そうする!」
詠は張り切った様子で玄関を抜けるとみどりを歓迎していた。
二人がリビングにやってくるとみどりは僕にキレイに包装された箱を渡してくる。
「これからお世話になるので…受け取ってください」
「ご丁寧に…ありがとうございます。でももう気を遣わないでよ。これから一緒に住むんだから」
「はい。これで最後にしますね」
「うん。じゃあ真悠が使っていた部屋に案内するよ」
みどりはそれにただ静かに頷くと僕の案内に従って後ろをついてくる。
「この部屋で良いかな?少し狭い?」
「いえいえ。十分過ぎます。それに詠ちゃんと隣の部屋で…嬉しいです」
「そっか。詠といつまでも仲良くしてね?」
「もちろんです。ありがとうございます」
「じゃあ引越し業者さんの案内は任せるよ?」
「はい。かしこまりました」
そのまま階下に降りていくと僕はリビングでマリネの相手をしていた。
詠とみどりは揃って引越し業者の作業を見ているようで、
「この荷物はここで…」
なんて指示をしているようだった。
引越し作業は一時間もかからないで終了を迎える。
改めてリビングに戻ってきた二人に飲み物を差し出すと一息つく。
リビングのテーブルで詠とみどりは二人にしかわからないような雑談をしており、僕は蚊帳の外ではないのだがそこに交ざらないようにしていた。
マリネを膝に乗せた状態でテレビをぼぉ〜っと眺めているとインターホンが鳴る。
来客のようでマリネを抱いて玄関へと向かうと扉を開けた。
「こんにちは。マリネちゃん」
来客は郷兄の元恋人である獅子戸波だった。
「波ちゃん。久しぶりだね。そう言えば、そろそろマリネちゃんのシャンプーと爪切りに行かないとって尊さんが言っていたな…」
「成哉も元気にしてる?今は来客中?お邪魔だったかな?」
「いやいや。ここに住む人が一人増えたんだ。詠の友達になってくれる人で…」
「え?大丈夫なの?見ず知らずの人を家に住まわせるなんて…」
「大丈夫だよ。僕の恩人でもあるんだ」
「恩人?成哉の身に何かあったの?」
「いやいや。大したことじゃないよ。それよりも今は昼休憩中?」
「そうそう。成哉の顔を見に来たのよ。元気そうな顔も見れたからそろそろ帰るわね」
「お線香上げて行ってよ。郷兄も寂しがっていると思うよ」
「そう。じゃあ少しだけお邪魔して…」
そう言うと波は仏間へと向かっていく。
そのままお線香を上げると天国にいる郷兄としばらく会話をしているようだった。
僕はそれを黙ってみていた。
波のその姿が死者へ対する誠実な姿勢が何処か美しいものに思えて熱い感情が込み上げてくる。
「じゃあ。また来るからね」
波はそれだけ言い残すと車に乗って家を後にする。
兄の元恋人である波に言葉にならない程の尊敬の念を抱くと姿が見えなくなるまで見送るのであった。
詠とみどりは作業部屋へと向かうと二人で今後の予定を組んでいるようだった。
僕はマリネと二人で家事をこなすと尊の帰りを心待ちにするのであった。
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