第32話みどりの歓迎会。前編
諏訪みどりに感謝を告げる歓迎会は本日行われる。
十月に入り肌寒さを感じ始めたこの世界では秋の紅葉が至るところで拝むことが出来る。
前日から食事の下準備を行っていた尊は本日も誰よりも先に目を覚ましていた。
詠は作業部屋に美容師時代の道具を運び込んでいる。
「カラーしたいっていうかな?」
「ん?どうかな…したいって言われたら無理なの?」
「いいや。緑でも青でもピンクでも…用意というか私が使うようにストックがあるから大丈夫だよ」
「じゃあ何で聞いた?」
「ん?少し匂いがキツイから庭使ってもいいかな?って話」
「あぁ。全然構わないよ。今更何の気を遣ってんだか…」
「一応確認だよ。本当に結構な匂いするんだから」
「ほぉ〜。刺激臭的な感じか?」
「まぁそうだね。食事が全部済んでからの方が良さそうだね」
「了解。覚えておく」
朝から全員が準備に取り掛かっていると僕のスマホに諏訪みどりから連絡が届く。
「これから向かいます」
それに了承の返事をするとすぐに歓迎会の準備を整えるのであった。
連絡を受けてから一時間もしない内に家のインターホンは鳴らされた。
玄関を開けるとそこには諏訪みどりの姿がある。
「お招きいただき誠に感謝致します。あの時以来ですね」
みどりは手土産を持参するとそれを僕に手渡してくれる。
「お礼をしたいのは僕の方なのに…ありがたくいただきます」
手土産を受け取ると僕はそのままみどりを家の中に招いた。
「お邪魔します…」
遠慮がちに口を開くみどりはそのままリビングへと向かった。
「いらっしゃい。成哉くんから話は聞いています。この度は誠にありがとうございました。危うい場面で救われたと成哉くんは非常に感謝していました。私達からもささやかながらですが感謝の気持ちを表したいと思います。今日は私が食事を用意しました。お口に合うと嬉しいのですが…」
尊はエプロン姿のままリビングに入ってきたみどりに挨拶を交わしていた。
「いえいえ。私こそ…こんなに歓迎されるなんて…ただ話を信じて警察や救急に電話を掛けただけなんですけどね…」
みどりは少しだけオドオドとした態度で申し訳無さそうにペコペコとしていた。
「成哉の幼馴染の星宮詠って言います。エプロンを付けているのがお姉ちゃんです。成哉の恋人で尊って言います。それにこっちは愛猫のマリネ。猫扱いすると非常に不機嫌になるので気を付けてください。私は元美容師なんですけど…」
詠は自己紹介に家族の紹介をしていた。
だがみどりは口をあんぐりと開けて言葉を失っているように思えた。
「え…詠ちゃんって…あの詠ちゃん?」
みどりの発言を受けて僕らの頭にはそれぞれ疑問符が浮かんでいた。
「えっと…何処かで会ったかな?同級生?」
そんな訳はない。
みどりのことを僕は知りもしなかったのだ。
ずっと同級生だった僕が知らないのであれば、専門学校時代や美容師時代にでも出会ったのだろうか。
そんなことを考えていたが答えはすぐに提示される。
「違います…チャンネル…見てます…ファンです…」
みどりは明らかに狼狽しているようで視線をあちらこちらへと彷徨わせていた。
詠は少なからずバズったことのある配信者なので知っている人が居てもおかしくはなかった。
「え…そっちか…ファンね。それなら良かったわ。私も出会えて嬉しいよ」
詠はみどりを優しく受け入れるとそのまま話を盛り上げていた。
「今日は成哉を救ってもらったお礼に私が施術をしてあげたいって思ってるんだ。成哉は私の恩人なの。その恩人を助けてくれたみどりちゃんにならどんな施術でもするよ。カットでもカラーでもパーマでも。それに私がおすすめの美容品もいくつか用意してあるんだ。手土産として持って帰ってほしいな」
みどりは感激のあまり言葉を失っている。
その光景が何処かおかしくて僕と尊は薄く微笑んだ。
「早速食事にしましょう。腕によりをかけて作ったから。美味しいと良いんだけど…」
尊の言葉により僕らはリビングの椅子に腰掛ける。
食事を配膳してくれた尊も席に着くと僕らの食事は始まっていくのであった。
「本当にどれも美味しいです。感激します。何処のレストランで働いているんですか?」
全ての食事に手を付けたみどりは感激のあまり尊の方へと視線を向ける。
「レストランだなんて…大げさですよ。小学生の給食を作っているだけです」
みどりはその言葉を受けると大きく数回頷く。
「だからですかね。誰でも美味しく食べられるような味付けで…細かい心配りまでされているって思いました。子供って好き嫌いが激しいですもんね。でもこれなら…誰でも食べられるって思います」
「へぇ〜。みどりさんは子供に詳しいんですね」
「はい。実は私、保育士でして…」
「あぁ〜。なるほど。じゃあ詳しくて当然ですね。今日は休日ですか?わざわざご足労いただき感謝致します」
「いえいえ。私も永瀬さんの大事にしている家族がどんな人か知りたかったんです」
「それはどうして?」
「何ていうか…永瀬さんから警察と救急が来る間に色々と話を聞かせていただいたんです。本当に心から家族を大事にしているんだなって感じました。それにマリネちゃん。心が通じ合っていると言う、その娘に会ってみたかったんです」
みどりはマリネの方に視線を向ける。
マリネは自分のことを言われていることに気が付くと尊の元へと向かった。
尊に何かを訴えるような鳴き声を耳にした僕らは何が言いたいかに気付く。
「あれね。あれを渡せばいいのね」
尊はマリネの思いに気付くとそのまま鞄の方へと向かう。
「これ。良かったら受け取ってください。マリネが選んだんですよ」
尊はみどりにプレゼントを差し出す。
マリネは美しい声で感謝を告げるように鳴く。
「マリネちゃんから?なんだろう」
みどりはプレゼントの包装をキレイに破るとその中身を見てキレイに微笑む。
「これをマリネちゃんが選んでくれたんですか?センスありますね…」
みどりは少しだけマリネの猫らしくない行動に言葉を失っていた。
「マリネは自分を猫だと思っていませんから。どうぞ。受け取ってください」
みどりが受け取ったのはキレイなガラス細工の一輪の薔薇だった。
少々値段は張ったのだが、その分キレイで精巧な作りが施されてある。
「じゃあ僕からも。これを受け取ってください」
マリネが入りたがった小物屋で買ったプレゼントを渡すとみどりは申し訳無さそうに受け取る。
「なんだろう…自分の誕生日でもこんなに色々してもらったことが無いので…どういう顔をすれば良いのか…」
みどりはプレゼントの包装をキレイに破るとその中身を見て驚いた表情を浮かべている。
「キレイなコップですね。でも何で二組?」
「あぁ〜。人の心が分かるって聞いたんで…きっと素敵な恋人がいるんだと予想したんですが…間違っていましたか…」
「………。つい先日…振られたばかりで…」
「あ…ごめんなさい…」
「いや。そうじゃなくて。心が読めるんだって話したら気味悪がられて…今までも信じてくれる人なんて居なかったんですよ。こんな迷信みたいな話を簡単に信じてくれる人は居ないんです。でも…永瀬さんは初対面で信じてくれた…これがどれだけ嬉しいことかわかりますか?」
「信じるも何も…先に僕の話を信じてくれたのは…みどりさんの方でしたよね?そんな恩人を信じないわけ無いじゃないですか。それにマリネちゃんと心が通じているって話も馬鹿にしないで聞いてくれた。僕の方こそ本当に嬉しかったんですよ。だから僕がみどりさんを信じるのは当たり前です」
僕の言葉を耳にしたみどりは涙を堪えるような仕草を取ると本当に目元をハンカチで拭っていた。
「ありがとう…本当にありがとう…」
みどりは言葉を失ったらしく軽く俯くとプレゼントを鞄の中にしまった。
「こんなに暖かい環境があるなんて…」
みどりは何とも言えない言葉を口にして静かに頷いていた。
「詠ちゃんは…昔いじめられていたって雑談配信で言ってましたよね?」
みどりは話題を変えるように詠へと視線を向ける。
「うん。成哉が居た御蔭で私は救われていたんだ」
「永瀬さんに救われていたんですね。配信でも救ってくれた男性がいたって言っていましたね」
「うん。よく観てくれているんだね。メンシの方で話した話題じゃなかったっけ?」
「はい。メンバーなので…」
「ファンっていうのは…本当なんだね…嬉しいよ」
「あの…良かったらサインも欲しいんですが…」
「うん。良いよ。そろそろ庭に出ようよ。何でも施術してあげるよ」
「はい。じゃあカットをお願いしてもいいですか?」
「カットだけでいいの?」
「えぇ。うちの職場はまだ髪色には厳しくて…時代にあまりあっていませんよね…」
「そう。その内、職場も変わっていくんじゃない?もしも決まりが緩くなったら…と言うよりもいつでもここに来てよ。私がいつでも施術してあげるよ。もちろん料金は取らないからね。それと…皆には内緒ね?」
「はい…!ありがとうございます!」
そのままリビングの椅子から席を立った二人は庭へと向かっていくのであった。
二人が庭に出てから小一時間ほどが経過すると家の中へと戻ってくる。
「随分切ったんだね。似合っていると思いますよ」
リビングに戻ってきたみどりと詠を見て正直な感想を口にした。
「当たり前でしょ?私が切ったんだから!」
自信満々な態度を取っている詠とは正反対にみどりは少しだけもじもじとしているようだった。
「どうしたんですか?似合っているのでもっと堂々としていたほうが良いですよ」
みどりにそう言って聞かせると彼女は少し頬を赤らめて無理矢理にもシャキッとした態度を取る。
「はい。その方がいいです」
そんな褒め言葉にマリネが妬いたらしく僕の足元で不機嫌そうな声で鳴く。
「いやいや。わかっているよ。マリネちゃん達を裏切るわけ無いでしょ?」
その言葉を受けるとマリネは仕方無さそうに許してくれる。
「本当に心が通じ合っているんですね…凄いです。羨ましい」
みどりはしばらく僕らを羨望の眼差しで見つめている。
「いつでも家に来てよ。僕は大体家にいるから」
「えっと…永瀬さんは働いていないんですか?」
「うん。僕は…」
そうしてそこから僕は家族を失って使い切れない額のお金を手にしたことを口にした。
「そんな…!信じられない経験をしたんですね…ごめんなさい。嫌なことを思い出させてしまって…」
「いやいや。もう大丈夫だよ。今の僕にはこんなにも沢山の味方がいるから。将来家族になる…いいや。もう家族の皆がいるから…大丈夫なんだ」
そんな言葉を恥ずかしげのなく口にするとみどりは羨ましそうな視線を送ってくる。
「良いですね。ここは…本当に暖かくて…」
みどりの言葉を耳にした詠は気になっていることがあるらしく話に割って入った。
「さっきから気になっているんだけど…ここは暖かくて羨ましいみたいなこと言うけど…みどりちゃんの今の環境は冷たいの?」
「えっと…話を聞いてくれるんですか?」
「うん。私達で良かったら話してみて」
「はい…」
そうしてみどりの身の上話は始まったのである。
次話に続く。
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