第30話回復する日常へ…

監禁されている室内には個室のユニットバス・トイレが併設されていた。

この一室で全てが完了できるような仕組みが出来上がっている。

監禁されてから一日が経過しようとしている。

もちろんだが何度も上の小窓によじ登ろうと必死だった。

だけど僕は泥棒のような器用さも運動能力も持ち合わせていない。

次第によじ登ることを完全に諦めると次の手段を考えていた。

例えば食事を持ってくる瑠唯の側近をどうにか制圧して逃げる。

そんな事を考えたがそれも能わない気がしてならない。

何故そんなに消極的な考えが脳裏に刻まれているかと言えば…。

彼女の拳には拳ダコと言われるものがいくつも存在していたからだ。

それと掌もまめが潰れて再生して固くなった様な形をしている。

明らかに男性の僕よりもゴツゴツとした拳の形をしていた。

それを確認した時、僕はこの相手に暴力で勝つことは不可能だと察したのだ。

ではどの様にしてここから安全に脱出すれば良いのだろうか。

その答えは以外にもあっさりと浮かんできてしまうのであった。


連れ去られたときの車内の出来事を思い出していた。

ガタガタと車体が揺れる砂利道。

安定しない畦道はきっと山道だと思われた。

という事はここは何処かの山や森の中だと推察された。

ならばここは下水道が引かれていない場合が往々にしてある。

ユニットバス・トイレは簡易的なものであり、今回僕を閉じ込めるためだけに用意された雑な作りだと思われた。

本来、この木組みの家にはこんな施設は建設されていなかったのだろう。

突貫工事で作られたため簡単な道具さえあればユニットバス・トイレを分解することは可能だと思われた。

幸いなことに家の鍵などがポケットに入っている。

それを使用すれば…。

だがこれから自分がそこに入った後に出ることを考えると頭が痛い。

何処に入るか…。

それは浄化槽タンクに入ると言うことだ。

浄化槽タンクとは下水道が引かれていな地域で使用されるもので…。

簡単な言い方をすれば、ぼっとんトイレのタンクに入っていくということだ。

即ち汚物にまみれないとここからは出れないということ。

それ以外に手段は存在していない気がしてならない。

それなので僕は意を決してトイレを分解する作業に取り掛かるのであった。


一日がかりでトイレを分解すると予想通りと言うべきか排水管は人が一人通れるほどの太さだった。

普通はそんなこと考えられないことなのだが…。

突貫工事だったためか適当な素材や適当な太さのものが使われているようだ。

予想がピタリと的中すると僕は意を決して浄化槽タンクへと続く排水管の中へと入っていくのであった。


ぼちょりと鈍い音が鳴った後に汚臭で鼻が曲がりそうだった。

だがどうにかタンクの壁側にある梯子へと向かうと駆け上っていく。

マンホールのような蓋をあけるとやっと誰にもバレずに外へと出ることが出来る。

外には夜の帳が降りようとしている。

家の中から外に出た僕に気付くものは居なかった。

獣の鳴き声が響いており、きっと砂利道を歩く僕の足音など聞こえもしないだろう。

じゃりじゃりべたべたとした音と異臭を撒き散らしながら僕は下山を試みた。

夜の山は舐めてはならない。

方位を失うし寒さや天気が急に変化して遭難するのは時間の問題なのだ。

しかしながら川岸を下っていけば、その内に人里に出られる。

そんな言葉を何処かの誰かが何かで言っていたのを思い出した。

まずは川を探すとそのまま下流の方へと歩き続けたのであった。


日が昇る頃にやっと街が見えてくる。

だがこの汚臭のまま街に出たらきっと迷惑になるだろうと川の水を拝借して全身を流していった。

少しはきれいになったがやはりと言うべきか汚臭が消えることは無かった。

どうするべきかと頭を悩ませた僕はどうすることも出来ずに街へと向かう。

第一街人は僕を見て明らかに異変を感じたようだった。

「あの…大丈夫ですか?ずぶ濡れですよ?」

狼狽している女性を安心させるようにジョークでも言うように口を開いた。

「少しだけ拉致監禁されていまして…やっと抜け出してきたんですよ。その川を下ってきたところなんです」

こんな言葉を急に言われても誰も信じることはないだろう。

だが目の前の女性は顔を真っ青に染めるとすぐにスマホを取り出す。

「それは大変です!すぐに警察と救急車を呼びますね!」

僕の言葉を本気で受け取った女性は、すぐに110と119に電話をかけたようだった。

「すぐに来てくれますからね!まずはこのベンチにでも腰掛けてください!喉乾いていますよね!?お腹も空いてる…!?」

女性はバス停のベンチに僕を誘導させるとすぐ近くの自販機で温かい飲みもを買ってきてくれる。

「コンポタならお腹も満たされますかね?寒さもしのげますよね?」

「すみません。ありがとうございます。僕の話を本気にしてくれるんですか?突拍子もない話だと思うんですが…」

「信じますよ。他人が口にした言葉が本当か嘘かなんて…私には分かるんです」

「どうして…?」

「えっと…人の心が読めるというか…胡散臭いですかね…」

「いいや。そんなこと思わないよ。僕も大好きな猫と心が通じ合っていると思うんだ。その猫が言いたいことは何となく理解できる。そんな感覚と一緒だと思うよ」

「なるほど。猫と心が通じ合う…か。何だか素敵な話ですね。でも何でその猫と心が通じ合ったんですか?」

「それは…」

そうして僕は警察と救急が来る間、目の前の女性にマリネとの経緯を話すのであった。


「ちゃんと感謝を伝えたいです。僕の恋人も恋人の妹も愛猫も…きっとお礼がしたいと言いだすと思うんです。それなので連絡先を聞いてもいいですか?」

「お礼だなんて…。うん。でも…はい」

そう言うと彼女は自分の連絡先が記入された名刺を僕に差し出してくる。

ポケットの中を探って、やっと気が付く。

僕はスマホを取り上げられていたのだ。

それを思い出した僕は警察官に捜査の手助けとなることを教える。

「すみません。僕は拉致されている間、スマホを取り上げられていたんです。なので僕のスマホを探すアプリで追跡してもらえれば…そこに犯人たちのアジトがあります。これって捜査の助けになりますかね…?」

僕の話を真に受けてくれた警察官はスマホなどの機械に強い刑事にそれを伝えていた。

捜査の役に立ったようで刑事は車に乗り込むと山を登っていくのであった。

「必ず連絡します。諏訪すわみどりさん。では」

僕はそのまま救急車に乗せられて近くの病院へと搬送されていく。


病院では精密な検査が行われた。

警察官が瑠唯とその信者達を逮捕したという報告をしに来たのは数日後だった。

「容疑者の斑瑠唯は完全に私怨だと供述しております。心当たりは何か無いですか?」

「あぁ〜…」

そうして僕は刑事に家を訪れた瑠唯を刺激してしまった恋人の話を言って聞かせる。

「占いの結果がどうとかって言っていましたが…」

「はい。彼女の本業は占い師です。自分の運勢を良くするためだけに犯罪に手を染めたんでしょう。彼女の占いは90%程当たるので…」

「なるほど。では今回は珍しく外れたってことですかね?」

「そうだと思います。でも何ででしょうね…何度も自分のことを占ったと思うんですけどね…」

「いやいや。それは自分のことだったからだと思いますよ」

「え?それはどういう意味ですか?」

「う〜ん。こういうのは特殊な職に就いている人にはすぐに分かることなんですけど…。例えば医者です。家族が病気をしたとしても絶対に執刀医にはならないんです。それに刑事もそうです。家族を人質に取られたとします。そうしたことが起きた場合。その刑事はどれだけ関わりたいと思っても担当を外されます。どの様な事態になるかは歴史が証明しているのです。ろくな結果にはなりません。ですので容疑者の占い師も自分のことだったので当たらなかったのでしょう。簡単な話です」

刑事は自慢げに話をすると納得したように数回頷く。

「では。報告は以上なので。今後も私生活ではお気をつけください。容疑者一味はしばらく檻の中ですが…その内、出てくるでしょう。その時には更生していれば良いのですが…ただ永瀬さんとその関係者の半径一km以内には入らないようにと注意は促しています。ストーカーのような事件で女性側が容疑者になるパターンも存在します。ですので今後も女性間トラブルにはお気をつけてください」

刑事はそれだけ言い残すと病室を後にしようとする。

「あの…スマホは返してもらえるんですか?」

僕の質問に刑事は首を左右に振った。

「残念ですが…証拠品ですので…申し訳有りません」

刑事は深く頭を下げると、

「それでは失礼」

などと口にして病室を後にするのであった。


だが刑事は僕のスマホの履歴から恋人である尊に連絡を入れてくれたらしく病院に尊と詠がやってくる。

「無事で良かった…」

尊は完全に泣き崩れており隣りにいた詠は申し訳無さそうな表情を浮かべている。

だが何処か怒気の孕んだ表情を隠そうともしない詠を見て僕は思わず謝罪の言葉を口にした。

「ごめん…」

正直に謝罪の言葉を口にするが詠はぶっきらぼうな表情で首を左右に振った。

「違うの!私は私を許せないの!成哉を置いて家を出て…一人にさせてしまった…そのせいで今回の事件が起きたのよ…警察が家を調べたんだけど…玄関の鉢植えの裏側に盗聴器を仕込まれていたみたいなんだ…無警戒な私が招いたような事件だったんだよ…本当にごめんね…」

詠は大げさな言葉を口にして自分を全力で責めている様に見えてならなかった。

「なんで詠が謝るんだよ。この件で家族に悪い人は誰も居ないだろ?悪いのは全部瑠唯達なんだから…もう気にするな。僕はこうして今も元気なんだ。それだけで儲けものだろ?」

「そう…だけど…。辛かったでしょ?酷いことされてない?」

「いや。全然。何もされなかったよ。瑠唯は自分の運勢を良くするためだけに僕を飼いならそうとしていただけだし。監禁されていた部屋が突貫工事だったから…その…言い難いけど…ぼっとんトイレを伝って…浄化槽タンクから抜け出してきたんだ。本当についていたよ。適当な工事で作られていたから抜け出せられた。幸運としか言いようがない。瑠唯が元々、僕を監禁するためだけに家を建てていたのであれば…僕は今でもあの木組みの家に閉じ込められていたよ…」

「そう…大変な思いをさせてしまったね…今度から外で撮影する時は成哉もついてきてよ。カメラマンを担当してほしい…」

「あぁ〜…うん。考えておくよ」

「じゃあもう退院できるんでしょ?家に帰ろう?」

泣き崩れている尊の肩に手を置くと彼女は僕に必死で抱きついた。

「もう絶対に離したりしないから…!絶対に…何を代償にしても…私は…成哉くんを守るから…」

泣きながら僕の目を真っ直ぐに見つめる尊は崩れた表情でも美しい。

「大丈夫。僕ももう心配掛けないから…気を付けるから…」

そんな言葉を口にすると僕らは熱に浮かされたように惹きつけ合って個室の病室で久しぶりにキスをするのであった。


尊の運転で帰宅するとマリネはすぐさま僕の元へと向かって走ってくる。

そのまま僕の胸に飛びついてくるマリネを受け止めると彼女は必死で謝罪するようにナァ〜ナァ〜と美しい声で泣き続ける。

目からは大粒の涙が流れている。

マリネの頭を撫でてあげると安心させるために全力で微笑んだ。

「ちゃんと帰ってくるって言ったでしょ?待っていてくれてありがとうね。でも遅くなってごめんよ?心配掛けたね」

マリネの頭を撫でてギュッと抱きしめてあげるとマリネは子供のように鳴き続けるのであった。


そうして今回の件は幕を閉じて僕らの日常はやっと戻ってくるのであった。

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