第27話そんな特別な存在じゃない

例えばの話しだが…。

僕らは一般的に何処の誰かもわからない人物に攫われたりする様な立場の人間ではない。

話が飛躍しているように思えるかもしれないが…。

人間は一人一人が主人公で特別な存在などという甘い言葉がこの世には存在するが決してそのような事はない様に思える。

僕らは物語の主人公たちのように敵と戦闘を繰り広げたり、勇者のように魔王を倒す使命などは与えられていない。

日常の中で主人公とは何なのだろうか。

単調な日々が続いていたとしても僕らは特別で主人公なのか…。

こんな事を言ってしまえば元も子もないかもしれないのはわかっている…。

だが…。

何が言いたいかと言えば日常にありえないほどの刺激が加わることなど普通に生きていれば殆ど経験しないというだけの話だ。

では何故その様な事を言い出したかと言えば…。

また面倒事が僕らの前に顔を出そうとしてたのであった…。



瑠唯が僕の家に顔を出してからしばらくの月日が経っていた。

きっともう何事もないだろうと油断していた部分は往々にしてあった。

何故ならば尊の怒気に気圧されたであろう瑠唯は何も言わずに家を後にしたからだ。

本日、尊は仕事に出かけており詠は外で撮影をしているようで家には僕とマリネの二人きりだった。

「今日はどうしようか。マリネちゃん」

ソファに腰掛けた僕はいつもの定位置で丸くなっているマリネに声をかける。

だがいつもと少しだけ様子の違うマリネは外を警戒する視線を送っているようにも思える。

「外がどうかしたの?」

僕の声が聞こえていないのかマリネはずっと外を眺めて何処か遠くにいる敵を視線で射殺すほど睨みつけている。

「なに?外になにかあるの?」

ソファから立ち上がった僕は縁側に向けて歩き出す。

カーテンを開けようとした所でマリネは僕の行動に気付いたようで慌てた様子で鳴く。

「え?どうしたっていうの?」

わけが分からずにそのままカーテンを開けて僕は絶句することになる。

全身黒で覆った不審な人物が数名、庭に立っており今まさに家に侵入しようとしている最中だった。

「は…?え…?ヤバい…」

慌てた僕はマリネを抱くとそのまま裏口へと向かう。

ガシャンと窓ガラスを割られて不審者が侵入したことを理解すると僕とマリネは静かに裏口を開けて家を抜け出した。

「だ〜め♡裏口から逃げるのはセオリーすぎるよ♡」

顔を隠しているが女性だと思われる声を耳にして僕は過去に出会ってきた人物を想像していた。

だが脳内の検索履歴にこの声の人物は存在しない。

「黙って付いてきて欲しいな♡痛い思いはしたくないでしょ?♡」

ゴクリとつばを飲み込んでこのピンチをどの様に切り抜けるか考えていた。

僕の腕に抱かれているマリネは目の前の敵に警戒されていないことを察するとその相手に飛びついた。

そのまま引っ掻いたり猫パンチのようなものを繰り出すのだが…。

「この…!クソネコ!」

まとわりついてくるマリネをうざったそうにしていた敵はついにバールのようなものを取り出す。

地面に降り立ったマリネに向けてそれを振りかぶった時…。

僕は自然と身体が動いていた。

マリネを完全に守るように覆い隠すと敵の殴打を背中に食らってしまう。

「すまない。この猫は許してくれ。家族なんだ。僕だけ黙ってついていくから。これ以上ここを荒らさないで欲しい」

激昂しているであろう相手も僕からの提案が好条件だと思ったらしく矛を収めてくれる。

「仕方ないね♡猫ちゃんは許してあげよう♡他の家族にも危害は加えないって約束するよ♡じゃあ付いてきてね?♡」

裏口から家を出る際にマリネに口パクでメッセージを伝える。

「心配ないよ。必ず帰ってくるから」

声にしない言葉にマリネは気付いてくれただろうか。

いいや、きっと分かるはずだ。

マリネは誰よりも賢い猫なのだから。

僕を車に載せた全身黒で覆った人物達はそのまま車を走らせた。

合計で四人組のその人物たちはどうやら全員女性と思われる。

声色や体型からそう思ったのだが…。

再度言うようだが僕は命を狙われるような特殊な人間ではない。

過去に誰かに恨みを買った覚えもまるで無いのだ。

相手の意図が読み取れずにいると隣りに座っている相手に声を掛けられる。

「今のうちにスマホを渡して。悪いけど軽く拘束するよ」

ポケットからスマホを取り出すと相手に差し出した。

敵は僕の両手を縛ると顔にズタ袋のようなものを被せる。

「行き先は秘密だから。悪いね。手荒な真似はしたくないんだけどさ」

そんな言葉を残すと真っ暗闇の中、何処かへと連れ去られるのであった。


砂利道の様な道を走っていることが理解できる。

タイヤの音やバランスを崩す車内の揺れ方などでそんなことを簡単に想像する。

車が停車すると僕は隣の相手に連れられて車の外に出る。

やはりと言うべきか砂利道を歩くと森の中の様な澄んだ空気の匂いを感じる。

ガチャリと木製のドアが開いたような音がして中に通される。

椅子に座らされてズタ袋を取られると…。

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