第26話完全勝利?

瑠唯を仕方なく家に招くこととなり十分程の時間が経過していた。

人数分のコーヒーを用意すると詠は早速というように口を開いた。

「あんたまた勝手なこと言ってるんでしょ?」

怒気を孕んだような声音で瑠唯に対する詠を彼女はひらりと躱していた。

「勝手なことって悪いことなの?誰だって自分の幸せのために生きているものでしょ?」

あっけらかんとした表情で悪意など微塵もない表情で受け答えをする瑠唯に詠は我慢の限界とでも言うように顔の筋肉をピクピクとさせていた。

「そんな勝手が許されるのは子供までだから。いい大人になってまだそんな思考回路なの?ちゃんと生きなよ」

「ちゃんと生きているでしょ?しっかり稼いで他人を導いているよ?私の何がいけないの?何が気に食わない?」

悪意が無いと言うのは怖いもので、二人の間には会話が成立しない部分が見え隠れしている。

「いや、だから。成哉のこと好きなんでしょ?その成哉がもう無理って言ってるんだから諦めなよ」

「どうして?成哉が無理って思っているのは今恋人が居るからでしょ?その本質は私を拒絶しているわけじゃないよ」

「何言ってるの?成哉が独りの時に何もしなかったくせに。それでまだ好き?馬鹿なこと言わないで」

「成哉が独りの時に何もしなかったのは詠もじゃないの?自分も何もしなかったくせに一丁前なこと言わないでほしいよ」

「………」

詠はそこで言葉に詰まると歯痒い表情で唇を噛んでいた。

お互いが何かを言いかけた所でリビングへと続くドアが開かれた。

「こんにちは。あまり私の妹をいじめないで欲しいな」

美しい微笑みを浮かべたままリビングに入ってきた尊は帰宅してきたようで鞄を壁にかけていた。

「こんにちは。いじめていたわけじゃないですよ。あなたが成哉の恋人ですか?」

「そう。私が成哉くんの恋人で間違いないよ」

「わかりました。では別れてください。私は成哉と幸せになる必要があるんです」

「皆が成哉くんを狙っているみたいで少しだけ不安だったけど…こんなにも真っ向から攻めてくるならやりやすいわね」

尊は軽く微笑むと瑠唯の対面の席に腰掛けた。

尊の前にコーヒーを差し出すと謝罪するために口を開きかける。

「ごめ…」

「それ以上は言わないで。成哉くんが謝ることなんて何一つ無いんだから」

「そう…ありがとう」

僕の言葉を受けて尊は美しい微笑みを崩さぬまま瑠唯に相対した。

コーヒーを一口飲むとテーブルの前で手を組んで話を進める。

「さて。言いたいことはそれだけでいいのかな?」

「いえ。占いの結果を見せます。それで納得して頂けるかと」

瑠唯は鞄の中から占いの結果をコピーした用紙を取り出してテーブルの上に広げる。

プレゼンのような説明を受けている間、尊は黙って瑠唯の話を聞いていた。

そして話が終わるとしばらく無言の状態で時だけが進んでいく。

リビングの時計の秒針を刻む音と僕らの鼓動の音が重なった時、尊はフッと軽く鼻で笑った。

「なんですか?何か不備でも見つかりましたか?それとも私の占いを信じられないとかですか?それなら実績を記した用紙も…」

瑠唯は何処か必死になっているようで鞄を雑に開けると別の用紙を探していた。

「いやいや。何も疑っていないわよ。でもね…」

そう前置きをすると尊は核心を突くように口を開いていく。

「占いや運勢って大切よね。何か困った時は縋りたくもなるもの。でも上手くいっている人間は往々にして占いなんてあまり信じないんじゃない?いいや、これは違うわね。信じないと言うよりも気にしないんだわ。現状に満足している人間はそんな些細な出来事を気にもしないのよ。私と成哉くんの日常に今日みたいな面倒事やこれから些細なことで喧嘩をするような日がやってくるかもしれない。それでも私達はそれを不幸だなんて思わない。そんな日々も全部含めて幸せなの。あなたが言う幸せってそういうことじゃないでしょ?成哉くんと一緒に過ごせれば自分の運勢も上がる。二人で一緒に居れば相乗効果で幸せになれる。そんなことばかりを気にしているんじゃない?またもしも二人がよりを戻しても…きっと上手くなんていかないわよ。あなたは自分の幸せしか気にしていない。自分の運勢を良くしてくれる相手を探しているだけ。そんな相手じゃ成哉くんを支えることは出来ない。もちろん支えてもらうことも出来ない。本質的にあなたは何かがズレているのよ。自分だけ幸せになりたいのであればAIとでも一緒に過ごせば良いと思うわ。私からは以上よ。と言うよりもこれ以上話なんてする気はないわ。悪いけど私達の家から出て行ってもらっていいかしら?ここは家族だけの共有スペースなの。これからもあなたのような部外者を入れる気なんて微塵もないんだから」

長い尊の説教のような言葉に瑠唯は何を思ったのか。

ただ無言でコピー用紙を鞄にしまうと誰とも視線を合わせずに玄関へと向かった。

少ししてから外に出た瑠唯は車に乗り込んで帰路に就くのであった。


「お姉ちゃん…すごかったね…」

詠は感動しているようで姉に憧憬の念を抱いているようだった。

「あぁ。怒らせたら怖そうだ」

僕と詠は軽くヒソヒソと声を潜めて話していると尊は簡単に咳払いをした。

「あんなこと家族にはしないわよ。どうでもいい人にしかあんな口調で話さないから安心して」

「そうだよね…中々な迫力だったから…」

詠は未だに軽く動揺しているようだった。

僕も同じでただ黙って頷くだけだった。

「さぁ。夕食の準備しますか〜」

尊は一仕事を終えた後のように立って伸びをするとそのままキッチンへと向かう。

「詠と遊んでてあげて」

幼い子供の面倒を見ていてあげてとでも言わんばかりの尊に詠は軽く噛み付いた。

「私、そんなに子供じゃないから!」

だが尊は詠を馬鹿にしていたわけではないらしい。

その真逆で心配になったからその様な言葉を口にしたのだ。

「だって。久しぶりに同級生と面と向かって話したんでしょ?大丈夫?」

「あ…そう言えば…」

そうして詠は軽く震えていることに気付いたらしく少し俯いた。

「頑張ったな。僕や尊さんの為に怒ってくれてありがとう。また詠の勇気に助けられたよ。ありがとう」

「そんな…」

詠の肩を軽く叩くとマリネも初めて同意するとでも言うように詠の足元でくるくると回ると美しい声で鳴く。

「何よ…皆で…」

軽く涙ぐんでいる詠にティッシュを手渡すとそこから夕飯になるまでゲームなどをして過ごすのであった。


嫌なことは忘れて家族全員でハードだった一日をやっとの思いで終えるのであった。

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