第24話孤独は忘れた頃に後ろで待ち伏せている
話を蒸し返すわけではないのだが…。
そんな前置きをしてしまう僕をどうか許して欲しい。
僕にも元カノという存在がいる。
一番長く交際していた元カノは、僕のことを本当の孤独へと追いやった女性だった。
どういうことかと言えば…。
言葉の通りなのだが家族が交通事故で亡くなった後、一人残された僕を見捨てた。
ただそれだけの話しだ。
僕の全身を不幸が包み込もうとしていて、最後に残された頭の先に蓋をしたのが元カノだった。
完全に不幸が全身を包み込むと僕は本当の意味で独りになってしまったのだ。
もしもあの時、元彼女が僕を支えてくれていたら…。
そんなことを少しだけ考えてしまう時もあった。
ただマリネと尊の御蔭で僕は孤独というものを完全に忘れていたのだ。
それに詠も僕の孤独を忘れさせてくれた一人と言っても差し支えない。
そんな二人と一匹が僕を置いて外に出かけてしまったある日の出来事だった。
朝、目を覚ますと伸びを一つしてベッドから這い出た。
いつもより少しだけ曇模様の空を見て秋の寂しさを少なからず感じていた。
階下に降りて違和感に気付く。
「何で誰もいないんだ…?」
独りごちる言葉が部屋の隅へと消えていくとテーブルの上の置き手紙の存在に気付く。
ふっと気付くと心の中には過去に感じていた孤独が覆い尽くそうとしている。
ひやりとした冷たい汗が背筋を通り過ぎる。
心臓を鷲掴みされているような不整脈でも起きている様な痛みに襲われた。
すぐ後ろには孤独が僕を待ち伏せている。
そんな錯覚すら感じてしまう。
それでも僕は彼女らが裏切るわけがないと頭を振って置き手紙の内容を確認した。
「詠とマリネと買い物に行ってきます。夕方前には帰るけど…お腹空かせておいて欲しいな。我慢させるようで悪いけど…今日だけはお願いね?」
尊からの意味深なメッセージが何かしらの暗号文ではないかと頭を悩ませるが、その意味を知るのにそう時間が掛ることはなかった。
こう言うと僕が自身で気付いたような言い方だが…。
そうではない。
不意に来客を知らせるインターホンが鳴り響いて玄関へと急いだ。
「はい…どちら様ですか…?」
そんな言葉とともに玄関の扉を開けて息を呑んだ。
そこには長年見続けていた覚えのある人物が立っている。
「
「上がっても良い?」
外国の血が半分入っているんだとかで見た目も派手で美しい彼女と付き合えていた僕は幸運だったと思われた。
「いや、無理だ。今は恋人と同棲しているから…」
「その恋人は?今何処なの?」
「あぁ〜…妹と愛猫と出掛けている」
「成哉を置いて?」
「そうだが…?何か問題か?」
「え…?問題でしょ…。だって今日は成哉の誕生日だよ?」
瑠唯の言葉によって本日が自分の誕生日ということを遅れて理解した。
という事は尊と詠はプレゼントを買いに街へと向かったのだと思われた。
もしかしたらマリネも僕のために何かを贈ってくれるのかもしれない。
そんな微笑ましい想像をして軽く笑みが溢れた。
「何笑ってるの?おかしくなっちゃった?」
「あぁ…こっちの話だ。それで。何のようだ?」
「うん。今日を境に成哉の運勢は上昇するだけ。って出たから。会いに来たよ」
「ん?勝手に占ってくれたのはありがたいが…だからって何で瑠唯が来るんだよ」
「だから。今までの運勢は呪われている程どん底だったでしょ?私も一緒に居たら引きずられるから離れたわけだし…」
「は…?自分の占いの結果に左右されて僕から離れていったのか?」
「そうだよ。私の占いは当たるから。私だって不幸になりたくないし」
「なんだよそれ…僕が不幸の時に支えてくれようともしなくて…都合が良くなったら戻りたいって言うのか?」
「そうだよ?それの何がいけないの?自分が幸福になるためなんだから仕方ないじゃん。私だって不幸になりたくないし…」
僕らの話は平行線なまま続いていく。
瑠唯は占い師を生業としており中々の人気を誇っているらしい。
彼女との話に嫌気が差した僕は首を左右に振って帰ってもらうように口を開いた。
「申し訳ないけど家の中には入れられないし、今後瑠唯と二人で会うこともない。悪いけどもう来ないでくれ」
「え?何でそんな事言うの?占い通りなら私と一緒にいればずっと幸せなままなんだよ?そういう運勢なんだから」
「いいや。それは要らないよ。僕は今の恋人が一番だって思っているから。それに一度終わった人とは上手くいかないってわかっているから」
「そんなことないよ?運命の人とは一度別れるんだよ?その時が来たら復縁するようになっているんだから」
「もう瑠唯の占いの話はいいよ。ごめんだけど…帰ってくれ」
正直な気持ちを言って聞かせると瑠唯は訳がわからないとでも言いたげな表情を浮かべて踵を返した。
そのまま車のドアを開けると一言だけ残していく。
「また来るよ。私と居るのが絶対に幸せなんだから」
そんな自分勝手な一言を残して去っていく瑠唯に嘆息すると僕はすぐに玄関の扉を閉めるのであった。
リビングに戻った僕の心には不可解な靄のようなものが掛かっているように感じる。
本日は休日なため遅起きだったのも有り少しの寝疲れのようなものが存在していた。
全身をほぐすようにストレッチをすると置き手紙の内容を思い出す。
「お腹を空かせておいてほしいか…何か豪華な料理でも振る舞ってくれるのかな…」
そんなことを思いながらリビングのソファに寝転んだ。
そしてそのまま二度寝を決め込むと皆の帰宅を心待ちにするのであった。
「今の恋人を裏切ったらダメよ?成哉を本当の意味で幸せにしてくれるのは…その人なんだから…」
夢の中の声が本日も脳内に響いているような気がした。
頬をザラザラとした感触の何かが撫でると僕は夢の世界から現実へと帰ってくる。
目を開けるとマリネが僕の頬を優しく舐めていた。
「おはよう。帰ってきたんだね」
頭を軽く撫でてあげるとマリネは嬉しそうに喉を鳴らす。
「おはよう。ってどうしたの?何かあった?」
尊は僕の顔を見ると何かを察したのか近寄ってくる。
「えっと…うん…」
少しだけ言い難いことを言葉にするのが大変で口を噤んだ。
「この甘い香水の匂いって…瑠唯じゃない?」
詠は同級生の瑠唯の香水の匂いを覚えていたらしく名探偵さながらに口を開いた。
「そうだよ…誕生日だからって家を訪ねてきたんだ…」
「家に入れたの?」
目を細めて僕に詰め寄ってくる詠の誤解を解くためにしっかりと答える。
「入れてないよ。玄関先で結構な時間話していたから…瑠唯の匂いが残ったんだと思う。何もないから誤解しないで欲しい」
「そう。それなら良いけど…再燃したりしていない?」
「するわけ無いだろ。僕にはその気なんてまるで無いよ」
「僕には?瑠唯にはあるみたいな口ぶりだね?」
「あぁ…何か言い寄られたな…でも断ったよ」
「そう。まだ諦めてなかったんだ…どいつもこいつも本当にしつこいね」
詠は僕らの事情を知っているらしく苦々しい表情で口を開いた。
「引きこもっていた詠が何で知っているんだ?」
「えっと…SNSで外の様子を伺っていたから…」
「なるほどな。僕はやっていないから知らないけど…瑠唯はSNSでも発信していたのか?」
「していたよ。結構な粘着質っぽいね…諦めてくれるのかな?」
「諦めなくても僕は尊さんが良いから…」
そんな言葉を口にするとマリネは僕の胸のあたりで少しだけ爪を立てた。
「ごめんごめん。もちろんマリネちゃんもだよ」
「分かれば良いのよ。ちゃんと私のことも忘れないで?」
そんな風に美しく鳴くとマリネは僕の膝の上で丸くなった。
僕と詠の話を聞いているだけで割って入ることもない尊は既にキッチンに立って料理を進めていた。
「お姉ちゃんは心配じゃないの?」
詠は姉に問いかけるが尊は微笑んで首を左右に振るだけだった。
「全くしてないよ。私達は心で通じ合っているって信じているから」
尊の言葉で僕の不安のようなものは全て吹き飛んでいく。
僕と尊はこれからも一緒だと完全に信じることが出来ると何も不安になる必要はないことに気付く。
「これ。私から」
話が一段落すると詠は僕に誕生日プレゼントと思しきキレイにラッピングされた物を手渡してくれる。
「ありがとう。開けても良い?」
「うん。似合うと良いけど…」
包装をキレイに破ると中身を確認した。
「オシャレなマフラーだ。暖かそう。ありがとうね」
「いえいえ。普段のお礼だよ。こちらこそいつもありがとうね」
深く感謝を告げるとマリネは僕の膝から急に離れていき尊の足元でくるくると回り美しい声で鳴く。
「あぁ…そうだね。マリネも渡したいんだね」
尊はそんな言葉を口にすると鞄の中を漁り出した。
「これ。マリネから」
「マリネちゃんから?なんだろう…」
小さな箱の包装を開けると中にはチョーカーのようなものが入っていた。
「猫の首輪なんだけどね…これをあげたいってお店で鳴くから…首には巻けないし…足にでも巻いてみたら?なんて…」
尊は冗談を言うように微笑むのだが僕は本当に自分の足首にそれを巻いて見せる。
それを見たマリネは嬉しそうに鳴いていた。
「マリネちゃん。ありがとうね」
頭を撫でて、そのまま首元も撫でてあげるとマリネは嬉しそうに喉を鳴らす。
「私からは…これ」
そうして更に小さな箱を渡してくる尊のプレゼントの包装を破ると中身を確認した。
「ブレスレットだ。しかも宝石が嵌め込んである…ありがとうね」
「うん。付けてくれたら嬉しいよ。好みじゃなかったら付けなくても良いけどね…」
などと遠慮がちに口を開いた尊に微笑みを返す。
「好みだから付けるね。ありがとう」
僕と尊は静かに見つめ合っていると詠が咳払いをした。
「今日は私も居るんだから…いちゃつかないでくださ〜い」
それに苦笑をすると尊は再びキッチンへと向かう。
「悪いけど詠の相手してて…」
尊はその様な冗談を口にすると夕食まで詠とマリネと一緒にゲームなどをして過ごすのであった。
夕食は豪華な手料理を振る舞われた。
それを皆で頂くと最後にケーキを食す。
空気を読まない詠は家に帰っていくこともなく僕の誕生日当日は家族全員で夜遅くまで楽しく幸せに包まれたまま過ごすのであった。
朝、感じていた孤独など今はもう何処かに消えていた。
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