第22話過去からの二人の関係

急な話で申し訳ないのだが…。

僕も尊もいい年齢だ。

僕は二十五歳だし尊は二十八歳だ。

ということは元カノや元カレという存在が少なからず存在している。

もちろん真剣に交際していた人も、すぐに終わってしまった人も。

それはそれぞれだが…。

とにかく元交際相手というのは少なからず存在しているということ。

それはある日の休日の出来事であった。


僕と尊とマリネが家で寛いでいると星宮家から慌てた表情を浮かべてやってきた詠は無断で家に入ってくる。

「お姉ちゃん…あいつが…また来たよ…」

息を切らせながら僕らのもとに訪れた詠を見て尊はすぐに事情を察したようだ。

「今はどうしてるの…?」

「お母さんが対応している…追い払おうと必死で対応してくれているよ…」

「そう…要件は何だって?」

「そうだ!それ!お姉ちゃんに預けていた母親の形見を返してほしいって…」

「あぁ…そんな物もあったね…私もうっかりしてた…返してなかったんだ…どうしよう…」

俯きながら明らかに迷惑そうな表情を浮かべている尊を見て僕は少なからず驚かされる。

怒気を孕んだような表情で苦い顔をしている尊は初めて見た表情を浮かべている。

「詠…悪いんだけど…私の部屋の引き出しにしまってあるから…返してきてくれない?木箱に入っているからすぐに分かると思うんだけど…私はこの通り震えて動け無さそうだから…」

件の相手を想像しているのか尊は目に見えるほどの身震いをしていた。

「分かった。こっちには来させないから…すぐに帰ってもらうね」

「うん。お願い…悪いね」

「大丈夫だよ。これぐらい大したことないんだから」

「ありがとう…」

尊は詠に深く感謝をすると頭を下げていた。

詠は家を抜けるとそのまま隣の実家へと帰っていった。

そこから数分の間、僕らは無言の状態が続いた。

「どうして何も聞かないの…?」

震えが治まったのか尊は僕を試すように問いかけてくる。

「聞いていいか分からなかった。何が起きてるの?」

「そっか…。元カレが来てるんだよ。しつこい人でさ。家を訪れたのはこれで何度目か…もうわからないんだ…」

「そう。尊さんほどの美人なら復縁を迫ろうと思ってもおかしくないよね」

「そうじゃないんだよ…あいつは私の身体にしか興味がないんだ…」

「え…それってどういうこと?」

「うん…少しだけ昔の話をするね…」

そうして尊はそこから過去の話を聞かせてくれるのであった。


今から十年近く前のことである。

尊とその相手は交際していた。

良好な関係が続いた日々に亀裂が入ったのは、その相手が尊を使って金儲けを考えたからだ。

それはどういったことかと言うと…。

端的に言って尊の身体を売り物にしようとしていたらしい。

元交際相手が紹介した人の相手をするというような話だったそうだ。

もちろん尊はそれを拒否して、元交際相手と疎遠になっていったそうだ。

ただそんな話は一回きりで再び話題に出ることは無かったんだとか…。

そしてその日は訪れる。

報せを受けた尊は警察署を訪れることになる。

取調室で未遂ではあるが容疑を認めた元交際相手は厳重注意の後、今後尊との接触を禁止されたそうだ。

と、ここで話は現在に戻ってくるのだが…。

「ん?なんか僕も過去にそんな話に首を突っ込んだことあるな…」

覚えがある過去の出来事に頭を悩ませていると尊は微笑んで頷いた。

「そうだよ。警察に通報してくれたのは成哉くんだったんだよ…偶然だったみたいだけどね…知らぬ間に私も成哉くんに救われていたの…今まで感謝も告げずに黙っていてごめんなさい…成哉くんが居なかったら…私は今でもひどい目にあわされていたのかもしれない…そんなことを考えただけで怖くて何も言えなかった…口にしてしまえば過去を思い出して…恐怖で涙を流していたかもしれない。成哉くんの前で泣くような真似はしたくなかった…頼りになる女性でありたかったの…許してくれる?」

そう、学生だった僕は帰宅途中の裏路地で不穏な電話をしている男性を見つけたのだ。

危ういと感じたが、その内容があまりにも酷いものであったので僕は冗談だったかもしれないが警察へと通報したのだ。

「こうなったら…」

ここでは記せないほどの酷い言葉が耳に入ってきて相手が何処の誰かは分からなかったが正義のヒーローを気取って本物の正義に助けを求めたのであった。

「そうでしたか…あの時の電話の内容は…酷いものでしたけど…尊さんのことだったとは…あの時、ちゃんと通報してよかったです。尊さんが傷つかなくて本当に良かった。許すも何も…僕は助けた相手が尊さんだったとは知りませんでしたし…尊さんだから通報したわけではないですよ。何処の誰かもわからない女性が僕の知らない所で傷付いて欲しくなかっただけですよ。そんな僕に恩なんて感じないでください」

少しだけ自分を卑下するような言葉を口にすると尊は儚く微笑んで首を左右に振った。

「あの時は本当にありがとう。私は成哉くんのおかげで今もこうして幸せでいられるの…本当にありがとう…」

涙ぐんで感謝を告げてきた尊に微笑んで頷くと改めて感謝を受け取るのであった。


「返してきたよ。やっと帰ってくれた…もう来ない。用はもう無い。今まですまなかった。って手紙を置いていったけど…捨てて良いよね?」

「それ以外に不審な点とかは無かった?」

「うん。無かったよ。お母さんが対応していたんだけど…結婚するらしいよ。その相手に母親の形見を渡したいんだって…それでお姉ちゃんに渡していたことを思い出して…連絡先もわからないから直接来たんだって…迷惑な人だよ…」

「そっか。もう来ないって…信じて良いのかな…」

「大丈夫だよ。今度来たら問答無用で警察呼ぶってお母さんが警告していたから」

「そう。ありがとうね…助かったよ」

「うん。気にしないで。じゃあ私は作業に向かうね」

詠は作業部屋へと向かう。

残された僕と尊は過去の出来事と現在が点と点で繋がり不思議な気持ちに包まれていた。

僕は知らぬ間に尊を救っており、尊も知らぬ間に僕に救われていた。

そんな過去から運命の糸で繋がっていたような僕らは深い感慨に浸っていた。

「あの…」

どちらからともなくそんな言葉を口にするとぎこちない手付きで相手の手に触れた。

「詠がいるので…」

僕の言葉をどの様に受け取ったか分からないが尊も少しだけ顔を赤らめていた。

「詠が帰ったら…良いの?」

そんな試すような言葉に僕はただ黙って頷くだけだった。

お互いに悶々とした気持ちを抱きながら…。

失礼ながら詠が帰る時間を少しだけ待ち遠しく感じるのであった。


次話予告。

二人の関係は…。

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