第21話街へ。家族三人のデート
休日がやってきていた。
尊は僕よりも早く起きていたらしく既にキッチンに立っていた。
呼び出されていたのか詠は眠たそうな顔つきでリビングのソファで寝転んでいる。
マリネは明らかにうざったそうな表情で詠を邪魔者扱いしている目付きだった。
「おはよう。皆早いね」
寝癖も直さずにリビングに顔を出すと尊は僕のもとに淹れたてのコーヒーを差し出してくる。
「おはよう。熱いから冷まして飲んでね」
「うん。ありがとう」
ホットコーヒーのマグカップをテーブルの上に置いた尊はそのままキッチンへと戻っていく。
「詠も早いな。昨日も遅くまで作業していたんじゃないのか?」
背中越しに声を投げかけると詠は寝転がりながら手だけ持ち上げて応えた。
「詠は最近有名人になってきてるから。変装しないといけないでしょ?だから早く起こしたの」
詠の代わりに尊が答えを返してくれると僕は納得するように頷いて応えた。
「大丈夫だって…そもそも身バレしているようなものなんだし…前働いていた場所もバレているし…出身も名前もバレているんだから…」
詠は尊の言葉に反発するように眠たげな声で応戦した。
「そうかもしれないけど。配信している場所とか住んでいる場所を尾行されたら怖いでしょ?だから変装しないと」
尊も冷静に返事をすると料理が出来上がったのか皿に盛り付けていた。
「知っている人は知っているよ…同級生が悪質なコメントで残しているんだから…」
詠は明らかに諦めているようで未だに眠たそうな声を発している。
「私や成哉くんも一緒に買い物に行くんだよ?皆に怖い思いさせたいって思ってるの?」
「思ってるわけ無いじゃん…わかったよ。もう起きる」
詠は駄々をこねるのをやめてソファから起き上がった。
「おはよう。成哉。寝癖凄いよ?」
軽く微笑んで僕の隣の席に腰掛けた詠は僕の髪を指さしていた。
「ん?後で直す。無理してないか?」
詠の身を案ずる言葉を口にすると彼女は何でも無いように首を左右に振った。
「しばらく休んでいたからね。少しでも動きを止めるとまた暗闇に戻ってしまいそうで…少しだけ怖い時はあるかな…」
「そうか。迷ったり困ったらちゃんと言うんだぞ?僕にでも尊さんにでも両親にでも」
「うん。って何?もう義兄気取り?」
「うるさい。人が本気で心配しているんだから茶々入れるんじゃない」
「わかってるよ。嬉しくて照れくさいだけだから…」
「そうか…」
そこで会話が途切れると尊は朝食をテーブルの上に運んでいく。
「さぁ食べましょう。食べ終わったら支度を整えて…街に行くわよ」
そうして僕らは手を合わせると食事に手を付けていくのであった。
朝食が終わり片付けは僕がすると、その間に二人は身支度を整えていた。
当然、女性の方が支度を整えるのに時間が掛るため男性の僕が片付けを率先したという形だ。
片付けを終えると僕も身支度を整える。
朝食を終えて一時間が経過した頃。
「じゃあ早速行こ」
リビングに全員が揃うと尊の言葉に頷き揃って玄関を出た。
マリネはお留守番な為、ソファで丸くなっていた。
文句は無いようで本日は僕らに付いてこようともしなかった。
物分りの良すぎるマリネに感謝すると尊の車に乗り込む。
いつものように僕が助手席に腰掛けると詠は後部座席に一人で座っていた。
「シートベルト締めてね」
尊の言葉に頷きながら僕らはシートベルトを締める。
車が発進すると街まで三十分ほど車内で過ごすのであった。
街に着くと大きなショッピングモールに入っていく。
「成哉くんは暇でしょ?私達が洋服を選んでいる間…」
尊は遠慮がちに伺う言葉を口にする。
「そんなことないですよ。ちゃんと最後まで付き合いますよ」
「そう?暇だったら遠慮なく言って?」
「え…?はい…大丈夫だと思いますよ。秋姉や真悠の買い物に付き合う機会も多かったので…」
「そうなの?じゃあ安心だね」
「はい。時間を気にせずに僕に構わずに選んでください」
「ありがとう。じゃあ詠。行くよ」
尊と詠は僕の前を並んで歩くとそこから様々なショップへと入っていく。
「この洋服はここが…」
「サイズがちょっと…」
「フリフリすぎない?」
「この服好きだけど…ガラじゃないかな…」
「結構いい値段するね…あっちに同じようなのあったけど…もっと安かったよ」
「色は良いんだけどね…柄がちょっと好みじゃないな」
「もう少し防寒対策も考えないとかな」
「これはどっちも似合いそうじゃない?お互いに着回ししよ」
二人は買い物の間中、この様な会話を繰り返しており僕は仲の良い姉妹の会話を後ろで聞き続けている。
姉妹関係が良好な二人を見て僕の心は不思議と浄化されていく。
そう言えば、秋姉と真悠は少しだけ関係が悪かったっけな…。
そんなことを思い出してしまう。
四歳違いの二人は話がそこまで合わなかったらしい。
ただそこまで大きく年齢が離れているわけではないので秋姉も手放しに真悠を可愛がることもなかった。
衝突の多い二人であったが真悠に何かしたらどうなるかを後輩たちに忠告していたのは僕ではなく秋姉だった。
女子中学生や女子高生の怖さを知っている秋姉は真悠を守るために先んじて後輩たちに釘を差していたのだ。
その為、真悠が入学してくるといつもこんな言葉を囁かれていたようだ。
「永瀬家の末妹だぞ…秋さんの妹…絶対にいじめたりするなよ?」
その御蔭もあって真悠は悠々自適に学生生活を謳歌したようだった。
真悠が二十歳を迎えてから皆でお酒を飲んでいる時に秋姉は苦笑しながら、そんな過去の出来事をカミングアウトした。
そこから秋姉と真悠の関係は良好なものになっていたのだが、それでも真悠は何故か僕に懐いていた。
兄弟の中で一番歳が近かったからだろう。
今ではそんな風に思っている。
閑話休題。
過去の思い出に身を委ねていると二人は買い物を終えたらしく僕のことを覗いていた。
「買い物終わったよ。成哉くんも何か欲しい物無いの?」
尊に問いかけられたが僕には思い当たるものが無く、首を左右に振って応えた。
「無いかな。マリネちゃんが待っているし…買い物終わったなら早く帰ってあげたい」
尊と詠は目を合わせると呆れたような表情を浮かべて嘆息した。
「またマリネだよ…」
詠はそんな言葉を口にするが微笑みの様子を見るに悪い意味の言葉ではないと思われた。
「じゃあ帰ろうか。マリネを待たせたら悪いしさ」
尊も美しい微笑みを携えていた。
何処か嬉しそうな表情で駐車場まで向かった僕らは車に乗り込んでマリネの待つ自宅へと帰っていくのであった。
帰宅すると二人は買ってきた洋服に着替えてファッションショーをしているようだった。
二人に意見を求められるたびに僕は感想を言うことになる。
ソファに腰掛けてマリネを抱きながら二人の服装の感想を言い続けるのであった。
因みにだが予定よりも早く帰宅するとマリネは嬉しそうにキレイな鳴き声を上げて真っ先に僕のもとまでやってきたのであった。
それと詠の変装は完璧だったらしく街中で声を掛けられたり盗撮の様な迷惑行為は一切なかった。
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