第20話詠。バズる
尊の妹ということは詠の外見だって優れているということである。
動画配信を始めて数週間で詠はバズることになる。
元々超有名店の美容師で人気のあった詠を知る人物は思いの外にも多かった。
ただ詠を妬んでいる人物も多いのは隠せない事実である。
コメント欄では賛否両論の書き込みが拡散されていた。
「詠ちゃんだ!お店辞めたって聞いて心配だったんだ!元気そうで良かった!」
「詠ちゃんがお店辞めてから美容室ジプシー気味だったの!ここでまた色々と教えてもらえるなら助かる!」
「初見です!めっちゃ美人ですね!彼氏居ますか!?」
賛同する書き込みは概ねこの通りで、詠の美貌を褒めるものや再会できた喜びのあまりコメントをしたと言ったものが多く存在していたように思える。
「うぇ。また出てきたよ…」
「昔から変わらねぇな。ムカつく…」
「だいたい自分が可愛いって思ってるんだよ。マジで鼻につく」
非難する書き込みは明らかに詠に嫉妬する声が多かった。
誹謗中傷に近い言葉もいくつか存在しており本人でもない僕も心を傷めた。
「気にしなくていいよ。本当に言いたいことがある人は直接言うものでしょ?一つの否定的なコメントに心を病んでたらきりがないよ」
詠は全く気にしていないようであっけらかんとした表情でその様な言葉を口にする。
「動画の内容はどんなものなんだ?」
「ん?バズったのは髪型のアレンジ動画だね。それとメイク商品の紹介とそれの使用方法も結構な数字回ったよ。女性向けのチャンネルにしたいわけじゃないから…今度は男性の髪型アレンジも撮影しようと思うんだ。ワックスの適切な使用方法とかドライヤーの正しい使い方とか。男性の方が感覚的にやっている人が多いはずだから。しっかりとしたやり方を動画に残しておきたいんだ」
「ふぅ〜ん。バズるってどんな感じ?」
適当にも思える質問を口にすると詠は軽く苦笑した。
「興味無いでしょ?」
そう言って微笑んだ詠は照れくさそうな表情を浮かべると本音のような言葉を口にした。
「素直に嬉しいよ。世界に認められているみたいで…」
「そうか。昔から僕らは詠を認めているよ」
「わかってる。それでも…身内じゃない何処の誰かもわからない人に認めてもらいたいって昔から少なからず思っていたから…今は素直に嬉しいんだ」
「そうか。そこには承認欲求なんてちゃちな言葉で片付けられない想いがあるんだな。頑張る詠の姿がまた見られて僕らも嬉しいよ」
「そういう成哉もなにかすれば?」
「なにかって?何もしなくても生きていけるんだ。何もする必要ないだろ」
そんな消極的な言葉を口にすると詠は軽く呆れたように首を左右に振った。
「社会から切り離されてしまうよ?それでも良いの?」
「構わない。僕には尊さんもマリネちゃんも詠も居る。それだけで十分だ」
「なんでそういう狭い思考になるんだか…」
「大事な人は増えすぎないでほしい。またいつかお別れが来たら…そんなことを思うと…大事な人はこれ以上要らないって思ってしまうんだ…」
「だから積極的に他人と関わらないの?」
詠からの返答に僕は黙って頷くだけだった。
詠も事情をわかってくれたのか、それ以上の言葉を口にしない。
ただ僕の頭の中では少しの悩みの腫瘍のようなものが出来ていた。
「もしも尊さんとの間に子供が出来たら…また大事な人が増えるんだよな…」
そんな気の早いことを想像してしまうほど僕の中では尊が一番大事な存在へとなっていた。
それは詠も僕の表情を確認して理解したようで何とも言えない表情を浮かべていた。
どちらも口を開くことなく未来のことを想像して少しの恐怖を覚えているとソファで丸くなっていたはずのマリネが僕らのもとにやってくる。
マリネは椅子に座る僕の足元でくるくると回ると美しい声で軽く鳴いた。
「心配要らないよ。私がちゃんと最後まで守るから」
そんな勇気の出る言葉を投げかけてくれているような気がして僕の心は救われていく。
「ありがとうね。マリネちゃん。また救われたよ」
声に出してそんな言葉を掛けるとマリネは誇らしげな表情を浮かべて詠の方へと歩いていく。
詠の足を爪でひっかくと威嚇するような表情を浮かべて鳴いた。
「何で私には厳しいのよ!マリネ!」
詠は軽く苦笑しながらマリネを責めるような言葉を口にする。
だがマリネは最早相手にするのも面倒らしく詠を無視して再びソファへと向かう。
「なんなのよ!まったく!」
詠はぎこちなく微笑みながら文句のような言葉を口にして休憩を終えた。
「コーヒーありがとうね。また作業に戻るわ」
詠のために淹れたコーヒーを彼女は最後まで飲み干すと、それをシンクにおいて再び二階へと向かっていく。
マグカップを洗うとマリネの居るソファへと向かった。
隣に腰掛けてテレビを眺めていると少しの眠気に襲われてそのまま目を瞑るのであった。
「恐れてはダメよ。もっともっと成哉を必要としてくれる人は世界中に沢山いるんだから」
夢の中で誰かが僕にその様な言葉を投げかけている。
きっと母親だ。
懐かしく優しさに満ち溢れたその声に確信の様な思いを抱くと静かに目を開けた。
「おはよう。詠の相手で疲れちゃった?」
目を開けると仕事から帰ってきたであろう尊が僕の顔を覗き込んでいた。
「あっ…気付いたら寝てた…疲れてないよ。なんかわからないけど眠気がやってきてて…変だね」
苦笑して尊に向き合うと時計を確認する。
時刻は十六時を少しだけ過ぎた所だった。
窓の向こうは橙色に染まっており何処か秋らしさが世界を包んでいるようだった。
「いい季節ですね。少しだけ涼しくなってきて…半袖ではそろそろ寒いですかね」
「まだ大丈夫じゃない?暑い日もまだあるはずだよ」
「そうですね。衣替えには早いですね」
「今度の休日に秋服買いに行きたいんだけど…良いかな?」
「是非。付き合いますよ」
「じゃあ詠も誘おうか。配信業やるんだから流行りの服とか着てないと舐められそうじゃない?」
「そういうものですかね…まぁ詠はオシャレですから。買い物行く?って聞いたらきっと食いついてきますよ」
「そうね。じゃあ夕食のときにでも早速誘ってみましょ」
そうして夕食時、詠を誘うと彼女はノータイムで了承の返事をするのであった。
次話予告。
休日の家族デート。
マリネは家で留守番中。
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