第19話幸せな日々がいつまでも続くと願って…
尊が僕の家で同棲するようになった。
詠の配信機材などは秋姉が使っていた部屋に運び込むことが決まった。
郷兄の部屋を使わなかったのは壁紙に少しだけ茶色いシミがあるからだ。
簡単に言えばタバコのヤニ焼けだ。
部屋で配信や撮影をする詠が愛煙家では無いのに喫煙者だと印象付けられるのを避けるための措置だった。
「別に私は良いけどね。喫煙者だって思われても…」
詠はその様な言葉を口にすると何でもない表情を浮かべていた。
「そうなのか?その世界の事は詳しくないんだが…煙たがられないか?」
「何で?嫌煙家の人も居るかもしれないけど…吸ってない時まで喫煙者が嫌われる理由なんて無いんじゃない?」
「いや、匂いは残るだろ?服とか髪とかに…」
「香水でも撒けばいいじゃない。それに画面越しじゃ匂いもしないでしょ?それなのに喫煙者の性格まで嫌う理由なんて無い気がするんだけど…」
「う〜ん。そうに至る思考とか感性の違いに嫌悪する人も居るんじゃないか?」
「あぁ〜…思い込み的なこと?」
「そう。人は自分が一番正しいって思いたい生き物だから。自分の意見が一番正しいって信じたい。だからそう思い込むことに必死になるんじゃないか?他人の思い込みだけで嫌われるのは勘弁だろ?これから人気者になろうとしているのに…」
「そうだね。だったら違う部屋を選ぶことにするよ」
そうして詠の配信部屋は秋姉の部屋で行われることが決定したのであった。
平日の午前中。
起きてから朝食を食べて身支度を整えると尊は仕事へと向かう。
「じゃあ今日も詠をよろしくね?十六時辺りには帰ってくるから。待っていてね」
「うん。仕事頑張って。家のことはやっておくから」
「料理には手を付けなくて良いよ?帰ってきたら私が作るから」
「でも…仕事で疲れているんじゃない?」
「大丈夫。成哉くんの為に作れるなら…幸せだから」
「そっか…いつもありがとう」
「うん。じゃあ行ってきます」
尊はそう言うと少しだけ間を置いて僕の目を見つめていた。
何かを期待するようにこちらを見上げており顎を少しだけ上げているようにも思える。
「どうしたの…?」
そんな色気のない言葉に尊は可愛らしい仕草で人差し指を自分の唇に指した。
それはきっとキスを催促している合図だと気が付いてしまう。
少し屈むとそのまま尊の唇にキスをする。
「いってらっしゃい」
そっとキスをして離れると照れくさそうな表情を浮かべてぎこちない言葉を口にする。
「いってきます」
尊は嬉しそうに美しく微笑むと玄関の外へと向かう。
そのまま車に乗り込むとエンジンを掛けて職場へと向かっていった。
二人にとって初めてのキスの余韻に浸る暇もなく尊の車が家を離れたのを確認したのか詠が僕の家へとやってくる。
一応だがマリネはソファで丸くなっており少しだけ気温が下がってきた季節に対応しているようだった。
「おはよう。朝食は食べたか?」
家に入ってくる詠に問いかけると彼女は頷いて応える。
「食べたよ。早速部屋使っても良い?」
「良いぞ。今日は配信?動画撮影?」
「始めは動画撮影からにしようと思うんだ」
「そうか。静かにしておいたほうが良いか?」
「いいや。大丈夫だよ。もしも声が入ってもカットするから」
「ふぅ〜ん。そんな技術も身についているのか?」
「わからない。手探りでやってみるよ」
「そうか。じゃあ頑張って」
詠はその言葉に頷くとそのまま二階へと向かっていく。
マリネと残されたリビングで僕らは何をするか考えていた。
しかしながら特別なことはすることもなく、いつものように家事を始めて家をキレイにしていくのであった。
しばらく家事を進めているとガタガタと階段を降りてきた詠は慌てた様子でリビングに現れた。
「どうした?」
慌てた様子を確認した僕は詠に問いかける。
「ちょっと…部屋汚した…ごめん!」
かなり慌てた様子で謝罪の言葉を口にする詠に僕は苦笑する。
「別に良いよ。後で掃除すれば良いんだから」
「いや、そうじゃなくて…傷つけちゃったかも…ハサミ落としちゃって…ブルーシート敷いていたんだけど…それでも床に傷付いたかも…」
「ん?それだけか?なんてこと無いさ。これからも使うんだからそういうことは往々にして起こるだろ?その度にこんなに慌てて報告に来るつもりか?大丈夫。好きに使いな」
「え?許してくれるの…?」
「逆に何で責められるって思ったんだよ…そんなことで怒ったりしない。気にせずにやってくれ」
「わかった…ありがとうね…」
詠はそれだけ言うと再び部屋へと戻っていくのであった。
尊が帰宅してくると彼女はキッチンへと向かう。
「帰りに買い物もしてきたから。料理しちゃうね」
尊は仕事帰りだと言うのに一息も付かずにキッチンへと立った。
「今日の詠はどうだった?」
「順調だと思うよ。まだ部屋に籠もっているし」
「そう。頑張っているなら良かった」
「そうだね」
そこからもカップルらしく他愛のない会話で盛り上がりながら尊の料理する姿を眺めているのであった。
夕食時、三人と一匹はリビングに揃うと皆で尊の作った料理を頂く。
これからもこんな幸せな日々が続くことを心から願うのであった。
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