第16話交際初日に試されていた

恋人との始めての夜。

二人の始めての同衾。

それだけで胸の高まりは激しいものであった。

ただ僕らの間には一匹の猫が邪魔をするように丸くなっていた。

尊は何かを期待するような素振りも見せずにベッドで横になるとすぐに静かな寝息を立てた。

マリネは僕の方を見つめながら丸くなっている。

目が合うとマリネは静かな声で軽く鳴いた。

何かを忠告するような咎めてきているようなそんな鳴き声に思えてならなかった。

僕は何も言うこともなくマリネの喉を軽く撫でると目を瞑って眠りにつくのであった。


夢を見ていることを僕の意識は理解していた。

何故ならば亡くなった家族が総出で現れたからだ。

家族は家の中でお祝いをしていた。

中心に居たのは父親で旅行の時に出来なかった定年のお祝だと思われた。

グラスを片手に乾杯をしてお寿司や豪華な料理を皆でつまんでいた。

その会が終わりに差し掛かった所で父親に僕らは呼ばれる。

中心に立った僕と隣りにいる人物は皆に何かを話し祝福されていた。

夢の中だが不思議に思って隣を伺うと…。

その人物は尊だった。

僕らは互いに笑顔で皆の前に立ち、祝福されている。

最後に父親が何かしらの挨拶をして再び乾杯をした所で会は終了に向かうのであった。


「幸せになれよ」


もう聞けることは無いと思っていた家族の言葉が幻聴のように夢の中で響くと僕はそれをしっかりと受け入れる。

不思議な気持ちで目を覚ますと幸せな気持ちが僕を包み込んでいるようだった。

僕らが眠っている間に移動したのか、いつの間にかマリネは僕のお腹で丸くなっている。

そこまで重くなくて気付くことが出来なかったが、マリネは僕のお腹で暖を取っていた。

「マリネちゃん。おはよう」

そっと声を掛けてあげるとマリネは静かに目を開けて身体を伝って顔の方まで上がってくる。

顔面を軽くペロッと舐めるとマリネは誇らしげな表情を浮かべていた。

何処か何かを褒められているような錯覚がして、そのままマリネを抱きかかえるとリビングへと向かう。

「おはよう。昨日は良く眠れたよ」

尊は既にリビングに立っており僕らは始めての夜を何事もなく明ける。

「おはようございます。疲れているんじゃないですか?良く眠れてよかったです」

そんな言葉を口にすると尊は苦笑して観念した言葉を口にする。

「実は…昨夜は試したんだ…ごめん」

そんな罪の告白をするような尊に僕は首を傾げた。

「どういうことでしょうか?いつの間にか僕は試されていたんですか?」

「うん…実は…一緒に寝たら本性を現すんじゃないかって…付き合っているんだから別に良いんだけどさ…初日にいきなりってなったら少しだけ幻滅していたかも…」

危ない所だった…。

僕は自分を律すると決めていなければ…

マリネの忠告のような邪魔が入らなければ…

もしかしたら僕は流れに身を任せて手を出していたかもしれない。

ヒヤッとした感覚を覚えると情けないような言葉を口にする。

「そういうことは事前に言ってくださいね。もう試すような真似はしないでください。僕だって尊さんに嫌われたくないんです…」

初めて恋人の名前をしっかりと呼ぶと彼女は少しだけ照れくさいような表情を浮かべていた。

「私だって…成哉くんを嫌いになりたくないよ…」

彼女も同じ様に僕の名前をぎこちなく呼ぶとお互いに苦笑した。

「はい。お互いに同じ気持ちですよね?それならば何かあれば対話で解決しましょう。相手を試すようなことは今後やめましょう」

「うん。少しだけ自信がなかったんだと思う」

「何にですか?」

「えっと…成哉くんにしっかりと愛されているか…分からなくて…」

「何を言っているんですか…僕らはまだ交際一日目ですよ?これからもっとお互いを知っていくんです。今自信が無いのはお互い様ですけど…きっと僕らなら大丈夫ですよ。ずっと仲の良い間柄でいられます」

「ちゃんと私を愛してくれる?友達みたいな関係で終わらないかな…」

「大丈夫です。僕は美人に弱いですから…」

「外見だけ?」

「そんなこと無いですよ。尊さんとマリネちゃんにはとことん弱いんです。きっと亡くなった家族と同じぐらいに大事に思うはずです」

「どうして?」

「尊さんが家族を救われて嬉しかったように…あの台風の夜に孤独な僕のもとにマリネちゃんが訪れて…それで尊さんともお近づきになれて…初めに僕の孤独を癒やしてくれたのは二人ですから。本当に感謝しているんです。この気持ちに嘘はないですよ」

「そっか…それを聞いて安心したな…でも私達は何かをしてあげようと思ったわけじゃないんだよ?」

「そうなんですか?」

「うん。一緒にいたいからいるだけなんだし」

「そうですか。それならば…きっとこれからも変わらないですよ」

「そうだね。私も成哉くんを信じるよ」

「はい。僕も尊さんを…マリネちゃんを信じます」

「ありがとうね」

「それはお互い様ですよ」

朝から二人のいちゃつくような会話を耳にしていたマリネは糖分過多とでも言うようにぐったりとした表情を浮かべている。

僕の腕からするりと抜けたマリネは定位置のソファで丸くなった。

「朝食の準備できたよ。食べたら今日はどうする?」

そこから僕と尊とマリネは朝食を食べながら本日の予定を決めていくのであった。

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