第14話妹はいつまでも可愛いらしい

尊の車の助手席に乗り込んでから数十分が経過していた。

「何処向かっているんですか?」

「う〜ん…マリネも一緒にデートってなるとね…ドライブぐらいしか無いかなぁ〜」

「そうですか。ドライブ好きですよ」

「そうなの?暇じゃない?」

「全然。景色眺めているだけでも楽しいですし…その…星宮さんとの会話も楽しいですから…」

「そう…それは…嬉しいな…」

二人してぎこちない態度で居心地の悪い車内で身を小さくしていた。

だが折角のデートなため、このままではいけないと感じた僕らはお互いに話題を探していた。

「そう言えば…詠が早速動き出したみたいだよ」

尊は妹である詠の話題を持ち出す。

僕と尊にとっては共通の話題なため助かる話だった。

「そうですか。何を始めたんでしょうか?」

「何だかネットで撮影機材?とか色んな機材を買ったみたいだよ。今日中にそれが届くんだって。朝食の時に嬉しそうに話してた」

「それは何よりです。やっぱり妹は可愛いですか?」

「うん…心配だった分ね…それほど大事で可愛いって思ってるんだって再確認したよ」

「そうですよね。妹はやっぱり心配ですからね…」

「あ…うん…そうだね…」

尊は触れてはいけない話題を振ってしまったと思ったらしく口を噤んでしまう。

「気にしないで良いですよ。星宮さんに悪気がないことは理解していますから」

「うん…ありがとう…永瀬くんも妹が可愛かったよね…」

「そうですね…真悠まゆは手の掛かる妹でしたけど…可愛かったのは事実ですよ。何故か兄弟の中で僕に一番懐いていたので…そういうのもあって一番仲の良い兄弟でしたね。歳も一つしか離れてなかったですし…」

そこで僕は妹である真悠のことを軽く思い出していた。

普段から自分勝手にも思える妹は僕にだけ懐いてくれていた。

旅行の日も…

「成兄が行けないなら私も行かない」

そんな言葉を投げかけてくれる優しい妹だった。

「こんな機会滅多にないし…父さんを労う機会だから僕が居なくてもいいだろ?行ってきなさい」

「う〜ん。まぁ…じゃあ行ってくる…」

仕方無さそうに渋々家を出ていった真悠ももうこの世には存在しない。

懐いてくれて可愛かった妹はもう何処にも居ないのだ。

「ちょっと戻ってもいいかな?海でも見ようよ」

「気を遣わせてしまいましたかね…?」

「うんん。そうじゃないの。マリネがいると決まった場所しか行けないから。海だったらすぐ近所だし。遅くまで一緒に居られるでしょ?」

「あ…はい…それは…今一人じゃないのは非常に助かります…」

「でしょ?遅くまで一緒にいよ?」

「はい…」

そうして車はUターンをすると家の方角へと戻っていくのであった。


星宮家のガレージに車を停めると僕らは揃って海へと向かった。

観光客はもう殆ど居ないビーチでは地元のサーファーが波に乗っていた。

僕らは砂浜に腰掛けると広く青い海を眺める。

マリネは僕の膝の上で海を眺めており時折吹いてくる風を気持ちよさそうに受け止めていた。

しばらく無言の状態で海を眺めているシュールな絵面が繰り広げられると二人してクスっと笑う。

「やっぱり変ですよね。折角のデートなのに…暗いのは無しにしましょう」

僕が自滅したようなものなのだが妹や家族のことを思い出して一人で落ち込んでいただけの話なのだ。

「ごめんね?私も話題を選ぶ必要があったよ…」

「いやいや。そんなこと無いですよ。いつでも自然と浮かんだ話をしてください。僕に遠慮する必要はないですから」

「そう…?でも私のせいで落ち込ませてしまったら…悪いし…」

「いえいえ。一人で勝手に落ち込んだだけですよ。星宮さんのせいではないです」

「それならいいんだけど…」

そんな他愛のない会話を広げて青い空の下で海を眺めていると…唐突に声を掛けられる。

「成兄…?」

突然、昔呼ばれていた名前を呼ばれて僕の胸はドキリと跳ねる。

その呼び名を使うのは妹だけだったはずだからだ。

声がする方へ顔を向けると…。

「えっと…誰だっけ?」

その相手は決して妹ではない。

もちろんそんなことは起こるわけ無いんだ。

妹は既に亡くなっていて目の前で成兄なんて呼び名を使うのは決して妹ではない。

「私…真悠の親友で…いつも話を聞いていたんです。成兄は私達の代でも有名人だったので…」

「有名人?それで?君は何さん?」

神室咲凪かむろさなぎって言います。一個下で同じ学校にも通っていたんですよ?」

「そうなんだ。悪いけど…成兄って呼び方はやめて欲しい…」

「あ…ごめんなさい。つい真悠が言っていた呼び方で呼んでしまいました…ごめんなさい…」

「いや、別に良いんだけど…こっちこそナイーブになっていて悪いね」

「いえ…そうなって当然だと思いますから…」

「それで?今日はどうしたのかな?うちに用があったの?」

「はい。お線香あげたくて…」

「わかった。じゃあついてきて」

そのまま神室咲凪を僕の家に連れて行くために歩き出した。

マリネは一鳴きして心配そうにこちらを眺めている。

「大丈夫。すぐ戻るよ」

マリネと尊にその様な言葉を口にすると尊は軽く微笑んで首を左右に振った。

「私は何も心配してないけど?」

そんな余裕な笑みを浮かべて微笑む尊が心強く思える。

対象的に少しだけ心配そうにしているマリネに苦笑すると口を開いた。

「信用してよ。ね?」

マリネはその言葉で仕方無さそうに海の方へと顔を向ける。

僕と神室は家まで向かうと仏間に彼女を通した。

神室はお線香をあげると手土産を仏壇へと備える。

「お兄さん。少しだけお話したいことがあって…」

そう言うと神室は涙ぐみながら重たい口を開いた。

「私…真悠と喧嘩別れみたいになってしまったんです…」

罪の告白をするように唇を噛みながら重苦しく言葉を口にする神室に僕は何と答えるべきか言葉が見つからない。

まずは冷蔵庫に向かい飲み物を用意した。

「アイスコーヒーでいいかな?」

話題を変えるわけではないのだが、まだ言葉が見つかっていないのだ。

「はい…ありがとうございます」

神室はリビングの方へと向かってくると居心地悪そうな表情を浮かべている。

「座りなよ。ゆっくり話そ」

神室は頷くと椅子に腰掛けた。

テーブルの前にアイスコーヒーの入ったコップを差し出すと対面の席に腰掛ける。

「うん。それで何だけど…喧嘩別れしたのにお線香あげに来てくれたの?」

「はい…ちゃんと仲直りできなくて…私のせいで真悠は…」

「それは決して違うよ。君のせいは微塵もないよ。それだけは断言する」

「でも…私が旅行なんて行かないで私と遊ぼうなんて無理を言ったから…真悠は反発するように旅行に行ったんだと思うんです…」

その言葉を聞いて僕は真悠が目の前の神室咲凪を親友だと思っていたのだろうと感じる。

その点と点が繋がり線になったことを思うと僕は自分を少しだけ責めた。

やはり自分は呪われているのだと感じざるを得ない。

「旅行当日のことなんだが…真悠は行かないって言い出したんだ…」

「え…?」

神室は驚いたような表情を浮かべていた。

「でも僕が行ってこいって背中を押してしまってね…それでこんな結果になってしまったんだ…」

「真悠はどうして行かないって言い出したんですか…?」

「うん。あの時は僕に仕事が入ってしまって…旅行に行けないから…私も行かないって言い出したんだと思っていたけど…多分違うな。真悠も君としっかり仲直りしたかったんだ。都合よく僕が旅行に行けないから…自分も親友のもとに行こうって思っていたんじゃないかな…僕が君たちの仲を永遠に裂いたようなものだよ…。恨むなら僕を恨んでくれ…申し訳ない」

目の前の女性である神室咲凪に深く頭を下げると彼女は涙ぐみながら口を開いた。

「いいえ。決してお兄さんのせいではないです…真悠はお兄さんが大好きでしたから…。いつも自慢してくるんですよ。もう耳タコで…分かったからって言っても聞いてくれなくて…それぐらい大好きなお兄さんと旅行に行けないのなら…自分も。そう思ったんでしょう。私のことはついでだったかもしれないです…」

彼女も悲観的な言葉を口にするので僕は首を左右に振った。

「きっと真悠はもう許してくれているよ。君も真悠を許したからお線香を上げに来てくれたんだろ?それでお愛顧ってことでいいじゃないか」

「真悠は許してくれていますかね?」

「あぁ。必ず最後は許してくれるやつだったから。器の小さな女性じゃなかったよ。大丈夫。君のことも大事に思っていたはずだ。兄の僕が言うんだから。きっとそうだよ」

「はい…ありがとうございます。あの…また来てもいいですか?」

「お線香を上げに来るのであれば…いつでも来てね」

「ありがとうございます。それでは失礼しますね。デートの途中に申し訳ないです」

「問題ないよ。またね」

神室に別れを告げると彼女は街の方へと歩いていく。

二十分程、家で話をしてビーチに戻っていくと尊の隣に腰掛けた。

「すみません。おまたせしました」

「うんん。大丈夫だよ。マリネはこの通り不機嫌だけど…」

尊の隣で海を眺めているマリネの横顔は何処か他人行儀に映った。

「マリネちゃん…ごめんね…?折角のデートだったのに…」

話しかけてもマリネは聞く耳を持ってくれない。

「そうだ。今日は一日中一緒にいようよ。あの台風の夜みたいに一日中。ダメかな?」

そんな甘い言葉を掛けてやっとマリネは機嫌を直したらしく僕の膝に黙って乗り丸くなった。

「機嫌直してくれてありがとうね?」

軽く喉元を撫でるとマリネはゴロゴロと喉を鳴らす。

「ちょっと待ってよ…マリネと一日中一緒にいるの?」

隣の尊は何処か焦っている様に映る。

「はい。問題有りましたか?」

「え…じゃなくて…私は!?」

「あ…あぁ〜…そうですね…星宮さんもどうですか?」

「私はついでなの?マリネが本命?」

「いや…そうじゃないですよ…。誘い慣れてないだけです…」

「じゃあ私も誘っていたの?」

「もちろんです…」

僕らはそこまで会話をしてまるで恋人同士の会話にも思えておかしく感じる。

「じゃあ今日はお泊まりね。準備してくるから先に帰っていてくれる?」

「はい…」

準備とは…?

そんな言葉が口を吐く所だったが野暮に感じて僕はマリネを抱いて家に戻るのであった。


次話予告。

ついにお泊り…。

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