第13話外にデートへ行こうよ

翌朝のこと。

アラームを掛けることもなく朝早くに目を覚ました僕は今日のデートを心待ちにしていたことを理解する。

ベッドから這い出るとエアコンを切って階下へ降りていく。

代わるようにリビングのエアコンを付けると冷蔵庫の中に入っているエナジードリンクに手を伸ばした。

それほど眠気があるわけではないのだが、手っ取り早く全身のだるさや眠気のような感覚を吹き飛ばすにはカフェインが一番に思われたからだ。

缶のプルタブを開けると氷の入ったコップに流し込んだ。

炭酸のシュワシュワとした心地の良い音に身を委ねながら、それを喉の奥に流し込んでいく。

ふぅ〜っと息を吐くとコップの中身を一気に飲み干して二杯目を注いでいた。

コップをテーブルの上に置くと洗面所に向かう。

顔を洗って歯を磨くと鏡で自分の顔を確認する。

問題ないと判断した所でインターホンが鳴り響いた。

現在時刻は午前十時を過ぎた頃だった。

こんな早くに尊が来るとは思えない。

宅配便か何かかと思って無防備の状態で玄関を開ける。

「おはよう。宣言通りまた来たわよ」

外玄関に立っていたのは尊でも詠でもなく、兄の元彼女である獅子戸波だった。

「波ちゃん。おはよう。今日はどうしたの?」

「ん?何となく様子見に来たよ」

「そう。寝起きで悪いけど…中入る?」

「うん。まだ暑いからお邪魔します」

そのまま玄関の中に入ってくる波は靴を脱いで家の中に上がってくる。

リビングに通してアイスコーヒーをコップに注ぐと波に渡した。

「ありがとう。それにしてもこの間、来たときよりもキレイになっているわね」

「うん。星宮姉妹と掃除したり片付けしてもらったり。色々お世話になっているんだ」

「そう!今日はそれも聞きたかったのよ!」

波はそんな言葉を吐きながら仏間へと向かって歩き出す。

お仏壇に線香を上げると波はリビングに戻ってくる。

「何で成哉が星宮さんと仲良いのよ。あの娘ってここら辺じゃ一番の美女だって有名だよ?どうやってお近付きになれたの?」

「あぁ〜それは…」

そうして僕はある台風の夜の話とマリネの話などを言って聞かせる。

「へぇ〜。それだけで一番の美女と仲良くなったの?変じゃない?」

「僕もそう思うよ。何で僕なんかに良くしてくれるのか…未だに理解できなくて…頭が追いつかないんだ」

「僕なんか…そんな言葉使ったらダメよ。成哉には成哉の人間としての魅力や価値がちゃんとあるんだから。自分を貶めるような言葉を使ったらダメ」

「うん。そうだね。ごめん…」

年の離れた姉に説教されている様な気分に陥ると少しだけ俯いて謝罪の言葉を口にする。

「自分を大事にね。ちゃんと成哉が生きている意味はあるんだから」

「そうかな…」

「そうよ。成哉だけ生き残った意味はきっとあるわ。神様が成哉は今じゃないって言っているのよ」

「家族は…その時だったのかな…」

「それは私にもわからない。無理矢理に連れて行かれたのかもしれない。でも成哉だけは確実に今じゃなかったのよ。それだけは信じてほしいな」

「うん。ありがとうね」

波からの励ましの言葉に頷くと少しだけ心の靄のようなものが晴れていく気分だった。

「そう言えば…今日はなにか予定でもあるの?」

「あ…うん。あるね」

「そっか。じゃあお邪魔だったかな?」

「そんなことないよ。正午辺りからだから。まだ時間はあるけど。何かあった?」

「そうじゃないんだけどね。ここに来るのは二年ぶりみたいなものだから。懐かしくて…」

「この間も来たでしょ?まだ懐かしい?」

「懐かしいよ。前は毎日のようにお邪魔していたけど…この二年間は一回も来てなかったんだから。もう少し居たかっただけだよ」

波の言葉を耳にして時計を確認する。

時刻は十一時になる辺りだったが波は帰りの支度を整えていた。

「十二時辺りに家を出るけど…それまでだったら居ても大丈夫だよ?」

「うんん。もう帰るよ。適当にドライブでもしながらリフレッシュするから」

「わかった。じゃあまた来てね。いつでもいるから」

「うん。じゃあまた」

波は僕に別れを告げると庭先に停めてある車に乗り込んだ。

そのままエンジンを掛けると帰路に就く。

見送って家の中に入ると身支度を完全に整える。

庭に出て本日の晴天を眺めながら軽く微笑んだ。

僕と尊のデートを祝福してくれているような空模様に感謝すると縁側に腰掛ける。

少しだけぼぉ〜っとして過ごしているとお隣から尊とマリネがやってくる。

「おはよう。来客があったみたいだね…」

少しだけ僕の事情を伺うように尋ねてくる尊に正直に答える。

「はい。ペットショップの獅子戸さんですよ。兄の元彼女です。今日もお線香を上げに来たみたいで…それと僕の様子を見に来たって言っていました」

「へぇ〜。永瀬くんは年上に好かれやすいのかな?」

「どうでしょう。兄の元彼女なので…家にいることも多かったんですよ。普通に夕食時とか一緒だったので…本当の姉っぽいところはありました。未だに僕の将来とかが気になっても変じゃないかなって…姉を気取っているわけでもなく。本当の姉のように感じているのかもしれないです」

「ふぅ〜ん。恋愛感情はないの?」

「え?あるわけ無いじゃないですか。兄の元彼女と付き合いたい弟が居ますか?」

「いるかもしれないじゃん。だから一応確認…」

「いやいや。僕には全くその気は無いです。もちろん波ちゃんにもその気が無いのは分かっています。兄弟のような関係ですよ」

「それなら良いんだけどね…」

「何か引っかかりますか?」

「う〜ん。永瀬くんは皆に優しいんだね…」

尊はそう言うと少しだけ俯いて見せる。

腕に抱かれていたマリネは僕のことを鋭い眼光で見つめている。

まるで何かを訴えているようだ。

「ここで優しい言葉を掛けてあげないとダメよ」

そんな風に言われている気がしてならなかった。

マリネに従うように一つ頷くと僕は尊に声をかける。

「星宮さんには特別優しくしているつもりなんですけどね…伝わってないですか?」

そんな情けない言葉に尊は目を輝かせてこちらを向く。

「ホントに?」

「はい。伝わってないのであれば今後はもっと特別に優しく接します」

「うんん。無理に優しくしないで大丈夫だよ。自然体で私にも接して?」

「はい。自然体で特別扱いするのは星宮さんだけですから…」

「そう…なんだ…」

何処か嬉しそうで、でも戸惑いも見て取れる尊を微笑ましく思うと縁側から立ち上がった。

「デート行きますか?」

「うん。私の車で行こう?運転は任せてよ」

「良いんですか?」

「もちろん良いよ。マリネの相手を任せても良い?」

「はい。それはもちろん。喜んで」

そう口にするとマリネを尊から受け取って助手席に乗り込んだ。

そして本日、何度目かのデートは始まろうとしているのであった。

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