第12話残暑の厳しい九月の夜に…

夕方が過ぎて夜の帳が降りる頃。

僕と詠とマリネは家を出る。

そのままお隣さんである星宮家の庭に入っていくと残暑の厳しい九月にはうってつけな催し物が行われている。

「おかえり。永瀬くんに迷惑かけてない?」

庭では尊が炭に火を起こしている所だった。

何処からどう見てもBBQの準備をしているようだ。

「かけてないよ。お父さんとお母さんは?」

「ホントに?お父さんはビール飲みながら野球観てると思うよ。お母さんはキッチンで下準備している」

「分かった。私もそっち手伝ってくる。成哉はお姉ちゃんの手伝いしてくれる?」

「わかった。ご両親には後で挨拶するから」

「何その言い方…なんかいやらしいわね…」

詠は僕を誂うような表情を浮かべてジョークを口にするとそのまま家の中に入っていく。

「お仕事お疲れ様です。朝のチャットに返事できなくてごめんなさい」

「………。別に良いけど…詠の相手をしてくれていたんだろうし…別に拗ねてなんかいないもん…」

明らかに拗ねている態度を取った尊は僕に目を合わせるわけでもなく炭に火を起こし続ける。

マリネが僕の胸に軽く爪を立てたような気がした。

だがそれはマリネの嫉妬心からくる行動とは思えなかった。

マリネは僕の背中を押してくれているのかもしれない。

「ここで何か声を掛けてあげないとダメだよ」

そう姉から女心を諭されている弟の気分に陥る。

「ごめんなさい。明日…ちゃんと埋め合わせするんで…機嫌直してくださいよ…」

僕がどうにかその様な言葉を口にするとマリネは爪を引っ込める。

「それでいいのよ。やれば出来るじゃない」

そんなことを言っているような表情に思えてならなかった。

「埋め合わせって?どんなことしてくれるの?」

少しの期待を込めて僕の方をちらっと伺うように覗いた尊の顔は少しだけ赤いようにも思える。

それはただ火を起こしているため顔が熱いだけかもしれない。

「えっと…デートしましょう。もちろん。マリネちゃんも一緒に…どうですか?」

「マリネも一緒なの?」

「そうじゃないと後が怖いですから…星宮さんと同じぐらいマリネちゃんにも嫌われたくないんです…駄目ですか?」

再び伺うように問いかける僕に尊はやっと機嫌を直したのかこちらを向いてくれる。

「わかった。別に怒ってないよ。ちょっと誂っただけ」

美しい笑顔を僕に向けてくる尊に軽く嘆息するとそこから二人で火を起こすのであった。


火起こしが終わりBBQの準備が完了すると家の中から詠と星宮家の母親がやってくる。

「あぁ〜成哉くん。久しぶりね」

「お久しぶりです。勝手にお邪魔してすみません」

「何言ってるのよ。娘を助けてもらったんだから。ちゃんとお礼がしたいのは私達の方なんだから…」

星宮母はその様な言葉を口にしてお肉の乗ったバットを置いて再び家の中に入っていく。

「お父さ〜ん!成哉くん来てるよ〜!」

「は〜い」

家の中の会話が軽く漏れてきて星宮父は缶ビールを二本持って庭にやってきた。

その内、一本を僕に手渡すと言葉少なめに感謝を伝えてくる。

「何から何まで本当にありがとう」

そう言うと缶のプルタブを開ける。

僕もそれに倣ってプルタブを開けるとお互いの缶をコツンとあわせた。

「これからも娘たちをよろしく頼む」

そう言うと豪快に缶ビールの中身を口に運んでいった。

同じ様に缶ビールを口に運んで一口飲むと会釈した。

「こちらこそ。本当にお世話になりっぱなしで…感謝したいのは僕の方です」

そんな世辞のような言葉を口にすると星宮父は僕の背中を軽く叩いてトングを手にする。

「じゃあどんどん焼いていくからな。沢山食えよ〜」

星宮母も庭にやってきて尊と詠に缶ビールを渡している。

「じゃあ各々好きにやっちゃって〜」

星宮母の音頭で僕らは、お酒を飲みながら星宮父の焼いたお肉をたらふく食べていく。

「何言われた?」

詠は僕のもとにやってくると内緒話を聞き出そうとする子供のような表情を浮かべていた。

「内緒」

そんな簡単な言葉で秘密にすると縁側で腰掛けている尊の元へ向かう。

もちろん直ぐ側にはマリネの姿もある。

マリネはご飯を貰っており一緒に食事を楽しんでいた。

僕と詠は揃って尊とマリネのもとまで向かうと話を始めた。

「詠はまた美容師始めるの?」

尊は悪気もなく何気なくその様な言葉を口にした。

「うんん。別にやりたいことあるんだ」

「へぇ〜。もうあるんだ?」

「うん。引きこもっている間も考えていた事なんだ」

「どんなことするの?」

「ん?動画配信系。かな」

「動画配信?何系のことを配信するの?」

「もちろん美容系と…それとこっちは淡い希望でしか無いんだけど…」

「ん?他にもなにかあるの?」

「うん…。美容の方は録画して編集して動画として出したいんだけど…もう一つの方は本当にライブで配信したいんだ」

「ふぅ〜ん。どんな配信にするの?」

「う〜ん。歌とかお絵かきとかかな」

「バーチャル系になるとか?」

「それも考えている。動画の方では素顔を出して。ライブの方ではバーチャルって変かな?」

「その世界の事は詳しくないからわからないけれど…好きにやってみなよ。きっと楽しければ上手くいくよ」

「そう思う?」

「思うよ。永瀬くんもそう思うでしょ?」

急に話を振られた僕はお肉を急いで飲み込む。

「思うよ。詠なら何でも出来るって信じてる」

「そう…ありがとうね。話してよかった…」

詠は少しだけ照れくさそうに微笑むと縁側に腰掛けた。

そして照れ隠しのようにしてマリネにちょっかいを掛けている。

明らかに鬱陶しそうな表情を浮かべているマリネは嫌なことを隠そうともしなかった。

軽く鳴いたマリネは僕の足元までやってきてくるぶし辺りに顔を擦り付けていた。

「休日は永瀬くんを渡さないからね?」

急に好戦的な態度を妹に向ける尊に詠は苦笑していた。

「いいよ。私は平日遊んでもらうから」

詠は詠で好戦的に応じる。

姉妹喧嘩と言うよりも、ただのじゃれ合いが行われており僕の心は浄化されていくようだった。

僕の兄弟が生きていたら…。

そんなことを想像してしまうほど、二人は仲の良い姉妹に映ったのであった。


夕食が終わると片付けを手伝ってその場で解散となった。

星宮母にも感謝の言葉を何度も言われて少しだけ困ったのは内緒の話だ。

僕の家の前まで送ってくれた尊は軽くもじもじして口を開いた。

「じゃあ明日ね?」

「はい。また明日。楽しみにしています」

「うん。じゃあね」

「はい。じゃあまた」

玄関先で別れると尊が家の中に入っていくまで手を振って見送る。

尊が家に入ったのを確認すると僕は風呂場に向かい全身を洗う。

その後は明日に備えてすぐに眠るのであった。

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