第9話大通りのペットショップ。後…
詠への説得は上手に出来たかわからない。
僕はただ自分の主張を口にしただけだ。
この程度の話で引きこもるまでに至った詠を救えるとも思っていない。
それは傲慢って話だ。
閑話休題。
尊とマリネと共に彼女の車に乗り込むと定位置のようにしてマリネは僕の膝の上で丸くなった。
「もう定位置じゃん…」
尊は軽く苦笑するとエンジンを掛けて車を走らせる。
「ペットショップって大通りのですか?」
運転をしている尊の邪魔にならない程度に世間話を口にすると彼女は頷いて返事をする。
「うん。ここら辺じゃあ一番大きなペットショップだし。もう行きつけなんだ」
「そうですか。マリネちゃんを飼い出したのっていつ頃なんですか?」
「えっと。二年前だったかな?それぐらいだよ」
「そうですか。じゃあマリネちゃんは星宮家に来てまだ日が浅いんですね」
「そうだよ。新米のくせに態度だけは一丁前なんだから」
尊は軽く微笑みながら冗談のような言葉を口にしていた。
運転に集中している尊の横顔を眺めると膝の上のマリネは少しだけやきもちを焼くようにして爪を立てた。
「ごめんごめん」
そんな情けない僕を嘲笑うようにしてマリネは軽く喉を鳴らした。
「分かったって…」
言葉が通じているのか定かではないが、マリネは今のところ人間の言葉や感情を理解しているように思える。
「永瀬くんもマリネに振り回されてるね」
赤信号で停まった尊は僕らの様子を確認して苦笑する。
「そうですね。昔から美人に弱いんです…」
戯けたわけでもなく事実を口にしてハニカム。
それを見ていた尊は冗談のように口を開く。
「じゃあ私にも弱いの?」
そのストレートな言葉に僕は言葉に詰まって返事をすることが出来ずにいた。
「青ですよ」
前を向いて信号が変わったことを伝えると尊は拗ねるように唇を尖らせる。
「マリネには言うのに…私には何も言ってくれないんだね…」
ハンドルを握っているからか尊の性格は少しだけ変化しているように思える。
いつもより確実に大胆な言葉を口にする尊に振り回されると言うか、四苦八苦していると目的地のペットショップへと到着した。
目的地についてもマリネは僕の膝から決して動こうとしなかった。
その様子を見た尊は仕方無さそうに僕に提案する。
「マリネのこと抱っこしてあげてくれる?そのまま一緒に店内に入ってほしいな」
「わかりました。行くよ。マリネちゃん」
優しく抱っこしてあげるとマリネはグイッと伸びをするような格好を取る。
それでも包み込むようにして抱き上げるとそのままペットショップへと入店した。
受付に立っていた女性店員はマリネを見て毎度のお決まりのように声を掛けていた。
「いらっしゃいませ。マリネちゃん」
その女性店員の言葉を聞いたマリネは耳をピクピクっと動かして辺りを確認していた。
マリネは急に僕の元から離れて逃げようとする。
「離さずに捕まえといてね」
尊に言われて僕はマリネを離さずにガッチリと抱っこしていた。
ナァ〜と甘えたような声を上げるマリネが少しだけ可哀想に映ったが離すわけにはいかなかった。
「ごめんね。でも許してよ…」
お互いに情けのない言葉を口にしているのがおかしく思えてならなかった。
「は〜い。マリネちゃん〜おまたせ〜…」
ペットショップの中から出てきたその人物は、僕の事を見て声を失うように驚きの表情を隠せずにいた。
「何で成哉がマリネちゃんを抱いているのよ…」
その人物は僕の兄の元恋人である
「波ちゃんが働いているところってやっぱりここだったんだね」
僕は心の準備のようなものが出来ていたので波に笑顔で対応するのだが…。
彼女の方はそうでは無いようだった。
「いやいや。どういうこと?何で成哉が星宮さん家のマリネちゃんと仲良さそうにしているのよ…」
「あれ?波ちゃんは知らなかったっけ?星宮さんはお隣さんなんだよ」
「それは知ってるわよ。だからどうして星宮さんと仲良しなのかって聞いてるの」
「えっと…まぁ話すと長くなるからまた今度ね」
「まぁ別に良いんだけどね。じゃあマリネちゃん行きますよ〜」
マリネは明らかに不機嫌そうな表情を浮かべていたが動物に慣れている波には敵うわけもなく中へと連れ去られていくのであった。
中で予防接種を受けたであろうマリネはぐったりとした表情を浮かべて戻ってくる。
「今回も暴れようとしたんですけど…ちゃんと注射できました」
波は尊にそう告げるとマリネを返そうとする。
だがマリネは波の腕からするりと抜けて僕の足元まで向かってくる。
それを見てマリネを抱きかかえると彼女は甘えたように僕の耳たぶを舐めた。
いつかそうされた仕草を目にして僕は嬉しそうに微笑む。
「え…何でそんなに成哉に懐いてるのよ…マリネちゃんは星宮さんにしか懐いた所…見たこと無いんだけど…」
「そうですよね。何だか私も信じられない光景を見ているようで…おかしいです」
尊は僕の代わりに返事をして会計へと向かった。
後ろの控室のような場所で僕らは会計が終わるのを待っており尊が戻ってくると出口へと向かった。
「成哉。また今度行くから。元気でね」
波はそれだけ言い残すと中へと戻っていくのであった。
帰りの車内で尊は波との関係を何気なく聞いてきたのだが、僕は正直に事実を口にするだけだった。
「なるほど。お兄さんの元カノなのね。だから何処かで見た覚えがあったんだ…」
尊は点と点が線で繋がったかのように納得すると何度か頷いていた。
星宮家のガレージに到着するとマリネを抱いて車から降りる。
そのまま家の中まで連れて行ってあげるとその場で別れを告げようとする。
「では。明日からお仕事頑張ってください」
そんな別れの言葉を口にすると今日は尊でもマリネでもなく第三者に声を掛けられて足を止めることになった。
「成哉…!ちょ…待って…!話…たい!」
その人物はもちろん尊の妹である詠なのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。