第7話お家デート。後編

マリネのわがままにより二人はもうしばらく僕の家に滞在することが決まった。

「マリネちゃんの食べ物はどうしましょう。普段はどうしているんですか?」

「あぁ〜。大丈夫。すぐ用意しちゃうから。ちょっとだけ余った食材借りても良い?」

「どうぞどうぞ。好きに使ってください」

キッチンへと再び足を踏み入れた尊はマリネの夕食の準備へと取り掛かっていた。

マリネは本当に賢い猫らしく、自分の食事の準備をしてくれていることを理解しているようだった。

何故かと言うと再びキッチンに立った尊を確認するとマリネは急に尊の足元でくるくると回って甘えた声を出した。

「こんな時だけ…調子いいんだから…」

尊は唇を尖らせるとマリネに文句のようなものを口にしていた。

だがその姿が酷く美しく尊い光景に思えてならなかった。

いつもじゃれ合うように仲の良い二人を目にして僕の心も癒やされていく。

尊の足に顔を擦り付けているマリネの姿がおかしくて僕はクスっと笑ってしまう。

「おかしいでしょ?自分の食事のことだって分かってるから媚び売ってくるの…嫌になっちゃう」

尊も軽く微笑んでいたが苦笑していると言っても過言ではなかった。

「マリネちゃんはグルメなんですかね?」

「ん?どうして?」

「普段から猫の餌とかじゃないんですか?」

「あぁ〜。小さい時から野菜とか上げてたから…マリネは自分が猫だって思ってないんだよ。猫の餌を差し出しても無視するからね」

「それでも。どうしようもなくお腹空いたら食べるんじゃないんですか?」

「うんん。絶対に食べないよ。人間で猫の餌を主食にしている人なんて…居るかもしれないけど…まぁ居ないでしょ?」

「それほど自分を人間だって思っているんですか?」

「そうだと思うよ。猫扱いすると機嫌悪くなるし」

「猫扱い?」

疑問に思った言葉を口にすると尊は苦笑するようにして口を開いた。

「私の友達が家に遊びに来たことがあるんだけどね。その娘も猫を飼っているんだ。だから同じ様に猫の遊び道具とかで相手しようとしたら…めっちゃ不機嫌そうな顔して逃げていったことがあるんだ。それとか…赤ちゃん言葉みたいなの使うと不機嫌になる。変にプライド高いんだよ」

「なるほど。それほど自信があるんですね。自分は猫じゃないって…」

「そうそう。だから食べるものも人間と同じものじゃないと食べない。面倒な猫だよね」

尊は苦笑していたがマリネは何処か誇らしげな表情を浮かべて未だに尊の足元でくるくると回っていた。

数十分でマリネの食事を用意した尊はお皿にそれを乗せてあげていた。

マリネは嬉しそうに飛びついて食事を始める。

残された僕と尊はマリネに苦笑の表情を浮かべて眺めている。

「私達も食べようか」

尊の言葉により夕食は始まろうとしていた。

「星宮さんの手料理を食べれるなんて…光栄です」

「なにそれ。いつでも作りに来るよ?」

「え…?」

「ん?変なこと言った?」

「あ…いえ…なんでも…それじゃあいただきます」

テーブルの上に用意された食事に手を付けると、どれも一級品の料理ばかりで舌鼓をうった。

「美味しいです!何でこんなに料理上手なんですか!?」

目を見開いて驚くほどの態度を取った僕に尊は苦笑する。

「え?一応料理人だから…」

「そうなんですね。何処のレストランで働いているんですか?」

「レストランじゃないんだけどね…」

「えっと…じゃあ何処で?」

「通っていた近所の小学校あるでしょ?あそこの給食を作っているんだ」

「あぁ〜。なるほど。今日は平日ですけど…」

「うん。小学校は夏休み明けでまだ午前授業なの。だから私も休みってわけ」

それに頷いて応えると給食という懐かしい響きを思い出して過去を振り返る。

「星宮さんは三つ上ですよね?秋姉と同い年ですから。あまり小学生の頃の記憶は無いんですが…登校班とかで一緒でしたよね?お隣さんですし…」

「うん。一緒だったよ。永瀬家は兄弟が多かったから…よく覚えているな」

「そうですか…懐かしいですね」

「うん…本当ね…」

少しだけ気まずい雰囲気が流れたことを察知した尊は話を切り替えるように別の話題を口にする。

「永瀬くんは休職中?」

「はい。もう働かなくても生きていけるお金を手に入れてしまったので…」

「それでも…社会から切り離されたら…」

「良いんですよ。どうせ最期は独りですから…」

そんな投げやりにも思える言葉を耳にした尊は僕の手をぎゅっと握る。

「そんなこと言っちゃダメだよ?言霊ってあるからね?そんな寂しい未来。本当は望んでいないでしょ?だからそんな言葉が出てきちゃんだよ。心から望んでいる人は口にしたりしないよ。知らない間に消えてしまう。猫が死期を悟ったときのように…」

「ですかね…僕も孤独が怖いのかもしれないです。おかしいですね。もう二十五歳なのに…」

「二十五歳なんてまだまだ大人になりたてだよ。子供とそう変わらないんじゃない?子供扱いするわけじゃないけど…寂しい時はいつでも言ってほしいな。私もマリネもいつでも駆けつけるからね」

「ありがとうございます。でもどうして…そんなに良くしてくれるんですか?」

「家族を救ってもらったんだし…当然だよ」

「そんな…一晩泊めただけなんですけどね…」

「それだけのことを言ってるんじゃないけどね…」

二人の意味深な会話が続くと僕は首を傾げる。

ただ料理が美味しくて他のことが気にならない。

そんな不思議な錯覚すら覚えた。

「そう言えば…よみは元気ですか?」

詠というのは尊の妹のことである。

僕と同い年で幼馴染と言っても過言ではない。

そんな彼女の姿をここ最近は見ない。

僕が半引きこもりだったことも原因の一つであるはずだが、それにしても詠の姿を見ることは無かった。

「あぁ〜…妹ね…うん…なんだろう。遅れてきた反抗期的な感じだね…」

気まずい表情を浮かべる尊は食事を口に運びながら苦い表情を浮かべる。

「反抗期?グレてしまったとか?」

「いやいや。そんな度胸はないんだけどさ…引きこもっちゃって。理由を聞いても教えてくれなくてさ。家族もどう接すれば良いのかわからないんだ」

「仕事で嫌なことがあったとか?ですか?」

「まぁ…それもあるんじゃない」

「確か詠は美容師でしたよね?」

「そうだよ。街で一番有名な美容室に勤めてて…スタイリストになって稼ぐようになったのも同期では一番早いんだって自慢してたんだけどね…何かに躓いたのかな…」

尊は妹を思いやるような言葉を口にして軽く嘆息した。

「彼氏も居て順風満帆そうだったのにね…何があったのか…口を割ってはくれないんだ」

尊の困ったような表情を目にして僕はここ最近のことを思い出していた。

家族を失って不幸が続いていた僕にマリネと尊は心を支えるようにして寄り添ってくれた。

完全に何もかもが解決して救われた訳では無い。

けれど少しでも支えてもらい心が晴れてきているのは間違いない。

不幸が続いていた僕に一筋の光明が見えてきているのは言うまでもなかった。

だからではないが、感謝を表現したくて思い切った提案をする。

「詠とは仲が良かったんです。もしかしたら家族に言いにくいような内容なんじゃないですか?でも幼馴染の僕にならあっさりと話してくれるかもしれません。だから、明日にでも星宮家にお邪魔してもいいですか?」

僕の大胆にも思える発言に尊は少しだけ困ったような表情を浮かべた。

「無理だと思うけどな…」

「直接、顔を合わせて話すことは出来ないかもしれません。それでも部屋の扉越しに話したいことがあるんです。駄目ですか?」

「良いけど…返事がなくても気にしたりしないでね?家族にもそうなんだから」

「承知しました。ありがとうございます。じゃあ明日の正午辺りに向かっても良いですか?」

「うん。待ってるね」

「はい」

そうして僕らは夕食を食べ終えると片付けに取り掛かった。

片付けを終える頃にマリネは観念したのか尊のもとに向かう。

「もう満足した?」

マリネに問いかける尊。

仕方無さそうに一鳴きしたマリネ。

マリネを抱えて尊は玄関へと向かった。

「じゃあまた明日ね。明後日から小学校も給食が始まるんだ。そうしたら私も午前中から仕事に行く事になっちゃうけど…」

「そうですか。一度でどうにかなるとは思っていません。どうにか僕の家まででも良いから外に出れるようになるまでしつこく向かいますよ」

「詠の為にありがとうね…また恩が増えるね…」

「何言ってるんですか。友達を思うのは当然のことですよ」

「そう…だね。じゃあまた明日」

玄関で別れた僕らは尊とマリネがしっかりと家に入っていくまで見送るのであった。


そして、明日。

詠に何を言って聞かせるのか。

何を伝えるのか。

十二分に用意してから眠りにつくのであった。

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