第6話お家デート。前編

星宮家の飼い猫であるマリネが僕の家を訪れてから三十分程が経過していた。

僕とマリネは同じソファに腰掛けており彼女は僕の膝の上で丸くなっていた。

「何でこんなに懐かれているんだか…」

懐かれて嬉しくない訳はない。

ただし、一晩泊めてあげただけでこんなにも懐かれるとは想像もしていなかった。

膝の上で丸くなっているマリネを軽く撫でて、二人の空間にノイズが入るのを防ぐためにテレビの電源を消した。

静かで心地の良い空間に浸っていると窓の向こうで凪いでいる海を眺める。

観光客がもう殆ど存在しないビーチでは地元の人間がゴミ拾いに励んでいた。

それを眺めながら静かな空間に身を置いて過ごす。

少しの眠気のようなものが襲ってきた瞬間、不意にインターホンが鳴った。

時計を確認すると尊と別れてから一時間程が経過した所だった。

マリネをソファの上に乗せて玄関に急いで向かう。

玄関を開けると準備を整えた尊がそこには立っている。

「どうぞ。マリネちゃんはソファで休んでいます」

「お邪魔します。何だか…ここが居心地いいのかな…」

少しだけ照れるような仕草を取った尊は申し訳無さそうな態度で家の中に入ってくる。

「もう!マリネ!永瀬くんに迷惑かけないでよ!」

リビングに向かった尊はマリネを見るなり文句のような言葉を口にする。

マリネは素知らぬ顔で何処吹く風と言ったような態度でそっぽを向いた。

「都合悪いとすぐに知らないふりして!本当は理解しているんでしょ!?」

尊はソファで丸くなっているマリネに近付いていく。

「良いんですよ。僕もマリネちゃんに懐かれてて嫌な気分していないので…むしろ嬉しいぐらいですから…」

マリネを庇うような言葉を口にすると尊は少しだけ拗ねたような表情を浮かべて僕に向き直った。

「そう言ってくれるのは…嬉しいけど…それだけ?」

最後に意味深な言葉を残した尊に対して首を傾げると彼女は呆れたように嘆息した。

「はぁ…何でも無いよ。マリネを可愛がってくれてありがとうね?」

「いえ。実際可愛いので」

僕の正直な気持ちを耳にした尊は苦笑の表情を浮かべていた。

それとは対象的に褒められていることに気付いているマリネはナァ〜と嬉しそうに一鳴きして僕の目を見つめていた。

「永瀬くんが甘やかすから…マリネが調子に乗ってるよ…」

「良いじゃないですか。マリネちゃんのおかげで星宮さんともお近付きになれたわけですし…」

どうしてそんな言葉を口にしてしまったのか。

自分でも理解できない。

ただマリネが居ることにより油断している部分はお互いにある。

心にしまっておくべきだった本音がポロッと口から溢れてしまう。

僕の言葉を耳にした尊は少しだけ照れくさそうな表情を浮かべている。

照れているのは僕も同じで…

お互いに背を向けると赤い顔を必死に隠した。

「私と仲良くれて嬉しいってホント?」

そんな再確認の様な言葉を口にした尊に僕はどうにか返事をする。

「もちろんです…」

「そっか…私も嬉しいよ…」

ぎこちない二人の会話を遮るようにマリネは再び鳴く。

それによりふわふわとした世界から現実へと引き戻されていく。

「そうでした。今日は家のことをやるつもりだったんです」

話を逸らすように他愛のない言葉を投げかけると尊も正気を取り戻したようでこちらに向き直る。

「家のこと?私に手伝えるかな?」

「いえいえ。お客さんなんですから。ゆっくりしていてください」

「お客さんって…私達はまだそんな他人行儀な関係なの?」

「えっと…でも…」

「良いから。私も何か手伝いたい。永瀬くんの役に立ちたいな…」

「では…家事をする予定だったんです。掃除、洗濯、料理。今日は全部やっておきたくて」

申し訳無さそうに口を開いた僕に尊は当然のように頷く。

「全部一人でやると時間掛かるでしょ?買い物と料理は私がやるよ。買い物に行っている間、マリネを任せても良い?最近では私よりも永瀬くんが良いみたいで…」

「むしろ任せて良いんですか?」

「問題ないよ」

「じゃあお金だけ渡しておきます」

そうして僕は鞄の中から財布を取り出して一万円札を尊に渡した。

「車で行くんでしょうから。お釣りはガソリン代に充ててください。今買い物リスト送りますから」

スマホを操作して買い物リストを尊に送信すると彼女はお金を受け取って玄関へと向かった。

「じゃあ行ってきます。マリネ〜!良い子にしててよ〜!?」

リビングのソファで丸くなっているマリネに言葉を投げかけた尊は星宮家のガレージへと向かった。

そのままエンジンを掛けるとスーパーまで向かっていくのであった。


尊が買い物に行っている間に洗濯機を回して殆ど一週間分の洗濯物を洗っていた。

その間もマリネはソファで丸くなって目を瞑っているだけだった。

洗濯物を洗っている間に空き部屋になっている二階の部屋から掃除機を掛けていく。

マリネが眠っている為、掃除機の出力は弱に設定して念入りに掃除をする。

二階の全部屋を掃除してから廊下や階段にも掃除機を掛けていく。

そのまま階下に降りていき一階の掃除も全て済ませた所で尊の運転する車が星宮家のガレージに停まった。

僕は玄関を出ると荷物を運ぶために尊の車まで向かう。

「買い物を任せてしまって申し訳ないです。荷物持ちますから」

「良いよ。私も暇だし」

「暇だなんて…たまたまオフだっただけじゃないですか」

「それでも。暇なのは変わりないでしょ?」

「そうですかね…」

そんな世間話を繰り広げながら星宮家のガレージから荷物を持って僕の家まで向かう。

再び家を訪れた尊はキッチンへと向かった。

「じゃあ料理しちゃうね。これって一週間分の食材?」

「はい。何を作ってくださっても美味しくいただきます」

「なにそれ。私が料理できないと思ってる?」

「そうじゃないですよ。何でも美味しく頂きますから。何を作ってくださっても必ず感謝します」

「ははは。変なの…」

尊は照れくさそうに苦笑するとそこから料理へと向かうのであった。


尊が料理をしている最中に洗濯物が洗い終わり庭の物干し竿へと向かう。

たくさんの洗濯物を干しているとリビングから抜け出して再び外に訪れたマリネが僕の足元でくるくると回っていた。

「本当に甘え上手だな」

そんな言葉を投げかけるとマリネは嬉しそうに一つ鳴いた。

洗濯物を干し終えた僕らはリビングに戻っていく。

「何か手伝いますか?」

「うんん。大丈夫。料理は慣れているから」

「そうなんですね…以外にも家庭的なんですか?」

確実に失礼な言葉を口にしてしまい、一度口を掌で塞いだ。

「やっぱりそう思う?私が料理上手ってキャラじゃないよね…」

僕の言葉がショックだったのか尊は少しだけ自虐のような言葉を口にする。

「そういうわけじゃないんですよ。星宮さんほどの美女が料理まで上手だと…ほら…その…高嶺の花に青い鳥まで付いてきた。みたいな…何言ってるんですかね…とにかく…反則級です。そう言いたいんです…」

僕のどうにかして発言を取り消して訂正するような姿勢を目にした尊は照れくさそうに微笑んだ。

「とにかく…そう言ってくれてありがとう」

短い言葉ではあったが尊が本当に感謝しているのは伝わってきた。

そこから僕はただ尊が料理を終えるまでその姿を眺めているだけなのであった。


全ての家事が終わったのは十七時過ぎのことだった。

「じゃあそろそろ…」

片付けまで済ませてくれた尊はタオルで手を拭くとマリネの方へと歩いていき口を開く。

だがその言葉を否定するようにマリネは尊から距離を取り逃げていく。

「こら!マリネ!わがまま言わない!」

まだ帰りたく無さそうなマリネを見た僕は尊に提案する。

「もう少し居ても良いんじゃないですか?夕食をご一緒しましょう」

「いいのかな…?私達が居て迷惑じゃない?」

「何が迷惑なんですか?助かることしか無いですよ」

「そう。じゃあもう少し居るね」

ということで僕と尊とマリネのお家デートはまだ続きそうだった…。

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