第5話懐かしい人物は幸福を連れてくる…かもしれない
「
外玄関に立っている懐かしい人物を目にして若干言葉に詰まってしまう。
「
郷というのは僕の兄のことである。
秋は三学年上の姉であり、郷は五学年上の兄であった。
つまりは星宮尊も三学年上であり現在は二十八歳だ。
閑話休題。
「わざわざありがとうございます。入ってください」
「お邪魔します」
一礼して玄関の中に入ってくる波は慣れた足取りで仏間へと向かう。
仏壇の前で正座した波はお線香数本に火を付けて手を合わせた。
数分間、天国にいる僕の家族へと言葉を届けると波の目には涙が溢れている。
「だから…私と別れるなって言ったのに…」
波と兄の郷は亡くなるニ年ほど前まで恋人関係にあった。
だが何かしらの不和があったのか二人は疎遠になってしまう。
そうして悲惨な事故が起きて家族が亡くなって…。
現在、二人は再開を果たしたのかもしれない。
「波ちゃん。わざわざありがとうね。でも何処で知ったの?」
「わざわざだなんて言わないで…」
波はそう言って目元の涙を拭い鼻を軽く啜るとこちらに向き直った。
「この間、同窓会があったの。皆、三十歳になるでしょ?だから区切りっていうか…そういうので同級生が集まったんだけど…そこで事情を知っている人達に聞いたよ。大変だったんだってね。何か手伝えることは無い?」
波は僕に同情するように優しい笑みを浮かべて温かい言葉を掛けてくれる。
けれど、もう僕の心は整理がついており自分一人で殆のことが出来るようになってしまっていた。
波からの優しさを無償で受け入れる程、今は傷心中ってわけでもなかった。
「大丈夫だよ。最近は吹っ切れるようになったし。波ちゃんこそ大丈夫?郷兄が居なくなった世界で。変なこと考えてないよね?」
僕自身がそんな思考に陥ったことがあるため、一応訪ねてみると波は少しだけ俯いた。
「考えなくはなかったよ。郷はもう居ないんだもん。どうしたって…もう戻ってこない。嫌な想像ばかりが脳内で思考されて…でも私に出来ることは何もない。それが歯痒くて…ただもしかしたら…残された成哉の助けにはなれるかもしれないって。だから今日は様子を見に来たのもあるんだよ?ちゃんと生活してる?」
波の優しさに触れて僕の心は今一度浄化されていく。
「ありがとうね。でも大丈夫だから心配しないで。もし良かったらまたお線香でも上げに来てよ。郷兄も喜ぶよ。僕も波ちゃんに会えると懐かしくなって嬉しいから」
「そう…。必ずまた来るからね。今日はこれで失礼するけど…今度は心を整えて時間に余裕がある時に来るから…」
「うん。今日は平日だし仕事中だった?」
「そうなの。休憩中に抜けてきたんだ」
「今は何処に勤めているんだっけ?」
「ん?この先の大通りにあるペットショップだよ」
「あぁ〜。そうなんだ…」
「じゃあ行くから。またね」
お互いに手を振って別れを告げると波は玄関を出て外に向かう。
車に乗って庭を出ていく波を見送った所で、お隣さんである星宮家からマリネがトコトコと歩いてこちらに向かってくる。
僕の姿を確認したマリネは甘えたような鳴き声でナァ〜と鳴いて真っ直ぐにこちらに向かってくる。
「マリネちゃん。おはよう」
軽く声を掛けてしゃがむとマリネは嬉しそうに僕のもとに向かってくる。
僕のもとまでやってきたマリネの頭を撫でたり喉元を軽く擦ってあげると嬉しそうにゴロゴロと唸った。
「もう!マリネ〜!外出たらダメだってば!」
星宮家から部屋着姿のまま姿を現した尊は完全にオフの姿であった。
「おはようございます。マリネちゃんならここに居ますよ」
尊の姿を確認した僕は挨拶を口にする。
「おはよう…って今は見ないで!」
オフの姿を見られて恥ずかしがっている尊も完全に美女と言って差し支えなかった。
「ごめんなさい…!」
目をそらすように後ろを向くとマリネは、その隙に開かれていた玄関を通り過ぎていく。
家の中に入っていくマリネを眺めたであろう尊は諦めたように嘆息した。
「ごめん。またマリネがお邪魔しちゃって…」
「良いですよ。どうせ一人で暇なので」
「そう?支度してくるからマリネのこと任せても良い?」
「支度?今日はお出かけですか?」
そんな何気ない世間話を繰り広げようとしていると尊はクスッと微笑んだ。
「いやいや。今日はオフだよ」
「そうなんですね…えっと…じゃあ支度って…?」
「ん?マリネがお邪魔しちゃったから…支度が整ったら…そっち行っても良い?」
「あぁ〜…是非…どうぞ…」
「ありがとう。じゃあすぐに行くね」
「お待ちしています」
そうして僕らは庭先で別れると各々の家に戻っていく。
リビングのソファで丸くなっていたマリネの頭を軽く撫でると僕は感謝のような言葉を口にした。
「マリネちゃんのおかげだね。ありがとう」
そんな意味深な言葉にマリネは一鳴きして応えるだけだった。
次回。
星宮尊とお家デート?
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