第2話数日後にインターホンが鳴り。訪れる一人と一匹

当然のことだが美女に連絡先を渡されて連絡をしないなどという選択肢は、まず無いだろう。

しかしながらそれが社交辞令だと完全に理解できた場合は除く。

今回のパターンは社交辞令だと理解している。

猫を助けただけだ。

それにあれ程の美女に恋人がいないわけがない。

恋人がいない期間など存在しないほどの美女である星宮尊に何かを期待するほど僕の外見や内面に自信はない。

過信すると酷い目に合うことは大人になれば理解できることである。

何でも出来ると完全に信じ切っていた少年ではない。

だから僕は星宮尊に連絡を取ることもなく、あの台風の日から数日が経過していた。


八月が終わり。

本日より九月に突入した所だった。

「八月も終わりましたが残暑の厳しい日々が続くでしょう。本日は洗濯日和で午前中の間で乾いてしまう地域もあるでしょう。紫外線にはご注意ください。加えて熱中症予防も怠らないように気を付けてください」

朝のニュースを眺めながらトーストとサラダと牛乳の朝食を取っていた。

クーラーでキンキンに冷えた室内でぼぉ〜っとそれを眺めていると不意にインターホンが鳴る。

最近、インターホンが鳴る回数が増えてきたな…などと軽く嘆息すると仕方なく椅子から立ち上がり玄関へと向かう。

玄関扉を開けると外玄関には星宮尊が猫を抱えて立っている。

「おはようございます。どうしたんですか?」

口元についているであろうパン屑を払って目を擦る。

現実の出来事ではない気がして夢の中にいるのかと勘違しそうだった。

「何で連絡くれないんですか…?ずっと待っていたのに…」

目の前の美女である星宮尊は本当に残念そうな表情を浮かべていた。

「あ…あぁ〜…社交辞令だと思っていました…申し訳ないです」

一つ謝罪をすると軽く頭を下げた。

「社交辞令で連絡先なんて渡しませんよ…。それにマリネも会いたがっていましたよ」

「マリネ?」

「この娘です」

星宮尊は抱えていた猫を僕に渡すと飼い猫であるマリネの頭を撫でていた。

「良かったね。マリネ。ずっと会いたかったんだよね?」

「ナァ〜」

マリネは飼い主の言葉に応えるように一つ可愛らしい鳴き声を上げると僕の耳たぶを舐めてくる。

前足を大胸筋の辺りでフミフミするとその流れで耳たぶを舐め続けた。

ザラザラとした猫の舌の感触が少しだけくすぐったかったが悪い気はしない。

「マリネ。永瀬くんのこと親だと思っているみたい…」

「え?どういうことですか?」

「お乳飲んでいるイメージ?耳たぶ舐めながら胸を押してるから」

「母親だと思っているんですか…僕は男ですけど…」

少しだけ気まずいような何とも言えない思いを抱くと苦笑する。

「父性とか母性が溢れているんじゃない?マリネは優しい人に存分に甘えるタイプだから」

「そうですか…光栄です…」

星宮尊のフォローに助けられて僕はぎこちない笑みを浮かべて頷いた。

「朝食の最中だった?お邪魔しちゃったかな…?」

「いえいえ。大丈夫ですよ」

「その…今日って暇ですか?」

伺うようにこちらを覗き込んでくる星宮尊の美貌にやられそうになりながら僕はどうにか返事をする。

「今日っていうか…毎日ほとんど暇ですよ」

自虐ではないが軽く苦笑して応えると星宮尊は重い口をどうにか開く。

「良かったらドライブしませんか?マリネも一緒に…」

「え…良いんですかね…僕なんかで…」

再び自虐のような言葉を口にすると星宮尊は目を開いて首を左右に振った。

「何言ってるんですか?お礼もしたいですし…それに…」

「それに…なんですか?」

「何でも無いけど…それで。どう?」

こんなチャンスは人生で一度きりかもしれない。

そんなことを思うと僕は星宮尊の誘いに乗ろうと思った。

「それでは是非。何時に集まりますか?」

「私は支度済んでいるから。永瀬くんが支度済み次第連絡欲しいな」

「わかりました。すぐに済ませます」

「じゃあ後でね」

そうして僕はマリネを星宮尊に返そうとするのだが…。

マリネは僕の腕からするりと抜けて家の中へと入っていく。

「どうしましょうか…」

情けない表情を浮かべてしまい失望されると思っていた。

だが星宮尊は笑顔を浮かべると嬉しそうに口を開く。

「マリネはここが気に入っているみたい。変なの…」

何がおかしいのか星宮尊はクスクスと笑っていた。

「家に入りますか?散らかっていますけど…」

「良いの?マリネも入っちゃったし…じゃあお邪魔します」

そうして僕が準備を整えている間、星宮尊と飼い猫であるマリネはリビングで寛いでいるのであった。


次話。

急展開で自宅からドライブデートへ…。

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