第5話 〈アリウム〉と〈リウム〉

 地球に、元の世界に帰れないかもしれない。この荒廃した世界に骨を埋める覚悟も決めなければならない――悲壮な決意がまさか十分足らずで粉砕されるとは。早すぎないか展開。

「……ここ、もしかして地球のどこかだったりします?」

「いや」

 ですよねー。

 冷静に否定され綾女の頭も一気にクールダウンした。というよりもし地球だったら特撮映画内の化け物が跋扈する地獄地帯が綾女の世界に存在する事になるためむしろ即ノーと答えてくれたのは有難い。

 綾女が落ち着いたのを察したのか青年は一度喉を潤してから続きを紡ぎ始めた。

「まず貴女がいた世界が地球と呼ばれるように、ここにも〈アリウム〉という名前がある。この荒れ地の事だ」


   †


 まずこの世界――アリウムに存在する国とは巨大なドーム型の建造物の事で国境は文字通り建物の壁。国と国は通路で結ばれており連結数は優に百を超えており、各国は平和の理念を基に強力な不戦協定を締結しより良い政治と技術の進歩を目指して切磋琢磨していた。特に科学技術の粋が集約する超大規模国家・ティザリは国々の文化文明を積極的に解析または昇華させる随一の研究設備を有しており、研究や留学目的の学者やその卵達が、また安定した治世と仕事・生活基盤が整っている事で一般市民が、発展する文化と多種多様な財の源が集まる故に富裕層が、繁栄に欠かせない人々が集う世界一の大国だったという。

 しかし衰えを知らぬ世界にも影がちらつき始めた。豊かすぎる故に生まれた問題――人口増加だ。

 進んだ医療技術で死亡率が低まり、争いが無く貧困にも陥らないなら出生率は安定もしくは増加する。これは国の構造上昔から続く懸念課題で、各国で議論はされていたがティザリを筆頭にいよいよ深刻化してきたのだ。もちろん居住地のは常に並行していたが国を作れば土地は減る。しかし作れなくなったらお終い。結局は問題の先送りにしかならないと専門家達の頭を依然悩ませる事には変わりなかった。

 そんな時、ある若手科学者が国家の上層部に新設の論文を叩きつけた。論題は――『多次元宇宙論に基づいた国土化計画』。


 ――多元宇宙論は複数の宇宙が存在する仮定の説であるとされてきた。しかしこれは仮説ではなく定説になる。私は既に一つ、我らが居住地になり得る新天地を発見した。


 科学が発展したアリウムでもその科学者の主張はあまりに突飛且つ妄言的でその場にいた者達は皆一笑に付して相手にしなかったが、打開策を見出せぬまま解決を迫られる関係者は藁にも縋る思いで彼をチームに引き込み、提示された〝新天地〟を調査し――科学者の言は真実であり、環境はそれぞれ異なれどアリウムの人間が住める世界は数多くあると認められると、パイオニアとなった若手科学者をリーダーに据え彼の指導の下大規模な国造り――『〈リウム〉計画プロジェクト』が発足した。


   †


「ここで貴女の話に戻る」

 ぱちりと弾けた火花が地面に落ちる。

「計画のために多くのリウムを発見する事になったチームが見つけた世界の中に貴女が暮らす星、地球があった。アリウムほど科学は進んでなかったがこちらも知らない独自の技術や文化を築く惑星は興味と関心を抱くには充分だ。だから『〈リウム〉計画』の参考のために調査研究ができるよう地球と行き来できる手筈を整え、こうして地球の物資を調達を可能にしている」

「ちょっ、ちょっと待ってください。つまり貴方達の世界の人がこっそりこっちに来て買い物してたってことですか? 日本とかアメリカとかヨーロッパとかで?」

「正確な場所は知らないがそう聞いている」

『速報! 異世界人、スーパーで買い物をしていた!』――現実と非現実のどつき合いテロップが綾女の脳内で爆誕、「いやいや……いやいやいや」青年が買い物籠片手に棚からココアを取り出す図を慌てて掻き消す。

「それ、そっち的には単なる買い出し認識でも私達側からしたらかなりの大事だと思いますが……!?」

「だろうな」

「だろうなって」

 うっかり軽い口当たりの語句をチョイスしてしまったが、地球視点では未知の宇宙人ならぬ異世界人が知らぬ間に自分達の生活圏に入り込んでいるに他ならない。それに日用品や食料の買い物はまだしも研究・調査となると内容によっては地球侵略の準備を秘密裏に行っていると言っても過言ではなくなる。しかし青年は狼狽える綾女と反対に泰然とした態度を崩さない。

「言っただろう、アリウムでは不戦協定を結んでいると。この協定はリウムはもちろん他の異世界でも適用すると最初に義務付けられた。それにアリウムが欲しているのは火種を埋め込んだ地ではなく永遠の安住の地だ。禍根を作った地に移住など利点が無い」

「それは、そうですけど……?」

「俺も末端の者だから悪いがこれ以上言える事は無い。すまないが一旦納得してくれ」

「……それもそうですね。すみません、話の腰を折って。続けてください」

「ああ。といっても要はその物資調達手段を応用したら貴女を元の世界に帰せるんだ。ただアリウムの者ではなく地球人を転送となると大規模な調整作業が必要になるらしく、手配はしているが数日……長くても十日はかかる上こちらの事情でここで過ごしてもらわなければいけなくなった。不便を強いる生活をさせてしまう、申し訳ない」

「えっ? ちょ、頭上げてください! いいですよ別に貴方が原因って訳じゃないんですよね? 帰れるならそれで充分ですからっ」

 わざわざ跪いて深く頭を下げられてしまい待って待ってと自分も腰を上げて相手と同じように膝をつく。フィクションでも土下座シーンには何とも言えない感情を刺激されて直視できないのに、一介の大学生でしかない身でここまで丁寧すぎる謝罪を、しかも年上の成人男性にされても困るだけである。真面目な性格付けの男性キャラが女子キャラと絡む創作物は大好物だが実際にやられたい訳ではない。

(この人ちょっと、良くも悪くも誠実すぎる……!)

 綾女の説得に青年は椅子に座り直してくれたが心苦しさを隠せない面持ちで視線を逸らしている。初めて青年の表情らしい表情を見られたが新鮮だと眺める気分には当然ならず綾女も気まずい。侵略疑惑には思わず詰め寄ってしまったが、それこそ救出直前から今まで徹底して綾女を気遣ってくれている彼を叱責する気は無いのだ。

 話に聞き入って温くなったココアを舐めながら何か話題をあてどなく視線をうろつかせる。煌々と燃え盛る焚き火、火影の踊りを映す石畳、感嘆の吐息が零れるほどの満天の星、しずかに佇む古めかしそうな建物。

(あれ?)

 ぱちりと瞬きをしてから青年の話を頭から振り返、るまでもなく冒頭で早々と引っかかった。

「……あの、ここってアリウムなんですか? 未開拓のリウムじゃなくて」

「そうだ。正確にはアリウム内の大国、ティザリだな」

「で、外は私が目覚めた荒野」

「ああ」

「……ここアリウムなんですよね?」

 夜闇を纏っても判る荘厳な外観の建築物が主張するのはそこに己が建っているという点だけで内部に人がいる気配や物音は全く感じられず、柱廊や中庭の石畳に積もる砂埃の量からしても手入れされているとも考えにくい。否、廃墟だけならまだ説明できる。青年ははっきりとここを栄華を極める都市が集まるアリウムで、しかも話題に上がったアリウム一の大国だと言った。しかしこの敷地外は例の鉄屑が溢れ返る荒れ地が広がっており、おまけに人を襲い食らう怪物も闊歩している。青年の話、綾女の体験、現在の状況が何一つ噛み合っていない。

 綾女の疑問を理解したのか青年は少し考える素振りを見せ(気を逸らせた事に内心ほっとした)、「少し話が長くなるが構わないか」と問われてもちろん首肯した。ここまで来たら今更止める必要も無い、全部聞こうではないかと姿勢を正す。

「ここからは先程話した『〈リウム〉計画』と俺の任務に関係する」

「人口増加の解決策ですね。それと貴方の任務……仕事? 新世界の開拓ですか?」

「結果的にはそうなる」

 青年が一つ、ゆっくりと息を吐いた。

「俺の任務は破壊されたリウムに残る《神》の殺処分、並びに弔いだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る