第7話 プレッセント家のパーティに潜入

 “愚かな私”は、ワイセラがプレッセント家のパーティにやって来ることを知らない。

 ワイセラは“私”が来ることを掴んでいるはず。どんな手を使ってでも来るに違いない。


 面識さえ得られれば、こっちのものだと過信しているはず。まあ、実際そうだったんだけど。

 思い出しても恥ずかしい。本当に世間知らずで、人を見る目がなかったわ。



 アトモントンがくれた包みには、このパーティで”私”が着るドレスが入っていた。


 私がこのパーティに潜入するために、“私”と同じドレスを作らせて持たせてくれた――違う。私が彼にそうするように頼んだのね。


 確か、このパーティで、私が無茶苦茶なことを頼んだって言っていたわ。


 だとすれば、今日、アトモントンに会って、何が何でも頼んでおかなきゃいけない訳ね。

 あの泉で毎日一滴ずつ集めることと、このドレスを作ることを。


 でも、本当に無茶苦茶よ。こんな願い事……。よく一年もの間、毎日、夜明け前にあそこまで足を運んだものだわ。


 ……アトモントン。もう、なんてお馬鹿さんなの。


 熱い雫が頬を伝ってきた。

 ……いけない。

 “私”は笑って楽しんでいるはずよ。泣いちゃ駄目!

 万が一知り合いに呼び止められたときに、うまく誤魔化さなきゃいけないんだから。


 それよりも用心して、この会場では、ワイセラとも“私”とも、出会わないようにしなくっちゃ。

 そして何より、ワイセラと“私”が出会わないよう、邪魔をしなくては。

 “愚かな私“は、彼を一目見た瞬間にのぼせ上がるはず。


 まずはアトモントンね。どこにいるのかしら。もう来ているといいんだけど。


 おおっぴらに聞いて回ることができないため、人を縫うようにあちこち探し回った。


 いた!

 従姉妹の令嬢たちに囲まれている。


 人の波をかき分けて彼らに近付いた。



「皆様。ご機嫌よろしゅうございます」

「あら、ご機嫌よう」


 令嬢たちは、明らかに邪魔者を見る目で、冷ややかな態度だわ。



「あれ? 君が一人でいるなんて珍しいね」


 アトモントンは、記憶の中にある通りの、穏やかで温かみのある笑顔を見せてくれた。



「セラフィネ。ボーッとしちゃって、どうしたんだい?」

「お願い。私についてきてほしいの」


 そう言って、アトモントンの腕を掴んで、無理やり引っ張っていった。

 悠長にしている時間はないの。





 ここにいる人たちは、勝手に二階へ上がるような無作法な真似はしないはず。

 階段を上がると、アトモントンが「駄目だよ」と抵抗する素振りを見せた。


 それでも私の手を振り解こうとはしない。


 結局、階段を上がってすぐの部屋にアトモントンを押し込んだ。



「セラフィネ。今日はどうしたんだい? なんだかおかしいよ」


 ……幸せな未来のために。

 私はここで、真剣に、丁寧に、彼にお願いをしないといけない。



「アトモントン。これから私が言うことをよく聞いて。真面目な話なの。とても真面目なお願いなの」

「な、なんだい? そんな、急に改まって……」


「昔、子どもの頃、うちの近くの森に、願いを叶える伝説の泉があるって話したの、覚えている?」

「ん? ああ、そういえばそんなこと言ってたっけ」

「お花畑の奥にある大岩から、毎日一滴、夜明けと共に、不思議な雫が流れるの。あなたには、これから毎日、その雫を集めてほしいの」


「……へ? ええ! 毎朝、夜明け前に、あの森の奥へ行けって言っているのかい? そんな伝説より、僕が叶えてあげるよ。何が望みなの?」


 ああ、そうできたらどんなにいいか。



「ねえ。伝説の泉の話を信じてくれなくてもいいの。でも、どうしても雫を集めて欲しいの。誰にも言わず、あなた自身の手で。必要なことなの。お願い。あなたにしか頼めないの。一生のお願いだから、『うん』って言って!」


 鬼気迫る私に、「なんだか怖いよ」と言いながらも、しっかり私の目を見て言ってくれた。



「分かった。約束する。やるよ」


「よかった! 本当にありがとう。あなたはきっとやり遂げてくれるわ。信じてる! あ、そうだ。この後、私がこの部屋を出たら、今言ったことは、“私”自身忘れるから、そのつもりで。この話は、“私”にも秘密にするのよ。万が一、あなたに聞かれても、“私”は知らんぷりをするわ。でも冗談や意地悪じゃないの。心の底からのお願だから、どんなことが起きても、やり遂げてね。私が豹変して、あなたを無視するようになってもよ」


「ちょっと待ってくれ――」

「『やる』って言った以上、やってね」


 あともう一つ。



「それと一年後、泉に来るときに、雫の他に、今私が着ている、この白いドレスも持ってきてほしいの。“私”に相談したりしないで、内緒で似たようなデザインのドレスを作っておいて。それっぽいデザインなら大丈夫だから。お願いね」


「え? それならもう一着仕立てればいいじゃないか」

「質問はなしよ。私を信じて言う通りにして。お願い」

「わ、分かった」


 おっとりしたアトモントンの返事は、社交辞令のようにも聞こえるけど、この人は、自分の言葉に責任を持って、やり遂げてくれた。


 ああ、駄目だわ。あの泉での彼を思い出すと、涙が出てきちゃう。



「じゃ、この後は、かくれんぼをしましょう」

「は? なんだって?」


「とにかく、ここで三十数えたら、“私”を探しに下りてきて。“私”にどんなに反対されても、有無を言わさず引っ張ってでも、この部屋に連れてきてね」

「へ? あ、ああ。それで?」


「それで? あなたの思いの丈を全部、“私”にぶつけて」

「え? ええっ? な、な、何を――」


「ほら、いーち、にーい。続けて」

「え? さーん……」

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