第6話 “愚かな私”への妨害工作

 まず始めにすることは、ワイセラにたらし込まれたこの屋敷の使用人を追い出すこと。

 この伯爵家と私に関する情報を売っていた人間。もちろん名前を聞いておいた。



「リーサ。ちょっといいかしら」


 彼女を見つけて思わせぶりな態度を取ると、ソワソワと落ち着きをなくした。

 使用人の変化に鈍感な“過去の愚かな私”を叱ってやりたいわね。



「今すぐこの屋敷を出て行きなさい。理由は分かっているでしょう。あなた、よく知りもしない男に、この屋敷で見聞きしたことをあれこれしゃべったわね」

「ひいっ。ど、どうして。も、申し訳ありません」


「言い訳はやめて。『実家の都合で帰らなきゃいけない』と、ケルビンに伝えて出て行きなさい。今すぐによ」

「は、はい」


 リーサは私の剣幕に驚きながらも、ことが露見した以上この屋敷にいられないことは理解したらしい。



 これで、リーサの部屋で隠れ住むことができる。なにせ来週のパーティまで一週間もあるんだから、衣食住を確保しておかなくては。


 “愚かな私”と顔を合わせる危険はあるけれど、この屋敷の人間たちの行動は熟知しているし、何よりも私は“私”なんだから、誤魔化しがきくというもの。



 朝食の最中に、私は“私”の部屋に忍び込んだ。

 あの頃ほとんど着ることのなかったドレスと靴を選んで持ち出す。




 リーサたち使用人の部屋は、一階の北側にある。起床後は誰も寄り付かないので安心だわ。

 とりあえずドレスと靴をしまって、家人たちに見つからないように様子を探る。



 廊下を歩いて、広間の様子をこっそり覗くと、コリーンが出かける支度をしていた。

 駄目よ! “私“を行かせては駄目。なんとか家に縛り付けておかないと。



 あの日、私は何をしていたかしら?

 そうだ。ピクニックに着ていくドレスを、コリーンと一緒に長いこと決めかねていたんだったわ。


 “私”がお母様をピクニックに誘う前に、手を打っておかなくっちゃ。

 お母様を悲しませることにはなるけれど、あんな未来よりはましなはずよね。





 お母様の部屋に入ると、優しく微笑みかけてくれた。

 ああ、駄目駄目。お願いだから涙は引っ込んで。



「あら、もう着替えたの?」

「え? ええ。試しに着てみただけよ。それよりもお母様。もし私がピクニックに行ったまま戻って来なかったら、どうなさる?」

「まあ! なんて事を! どうしてそんな悲しいことを言うの?」


 ああ、そんな辛そうなお顔をなさらないで。



「ただなんとなく。この家を出たらどうなるのかなって」

「家を出るですって? 何が不服なの? 誰かに唆されたの? どうなの? 何とか仰い」


「ちょっとお聞きしたかっただけよ」

「お待ちなさい!」


 私は返事もせずにそのまま部屋を飛び出して、お母様の部屋のすぐ隣の部屋に隠れた。

 今のような態度は、明らかにおかしい。“私”の異変を感じたに違いないわ。



 お母様が慌てて“私”を追いかけて、一階の広間へ下りて行かれた。

 廊下に誰もいないことを確認して、階段の上の方から耳を澄ますと、何も知らない自分の声が聞こえた。



「あら、お母様。やっぱり一緒にお出かけなさる?」

「いいえ。その逆よ。今日のピクニックは中止にしなさい。今日は家から一歩も出てはなりません」

「急にどうなさったの?」



 “私”がぐずつけばぐずつくほど、お母様は怪しんでくださるはず。

 とりあえず大丈夫だとは思うけど、念には念を入れて、馬も逃がしておこうかしら。




 表に出て、馬小屋に人気のないことを確認すると、柵を開け放した。

 すぐに駆け出すと思った馬たちは、のんびりと居座っている。



「もう! ほら! 出て行くのよ! 走って!」


 馬の尻を叩きながら、ついつい大声を出してしまった。

 馬たちは何のことかとキョトンとしながらも、ポクポクと歩き出した。



「ふう」


 今頃あの男はニヤニヤしながら、“私”がやってくるのを待っているはず……。


 見に行ってみようかしら?

 別に会いたい訳じゃない。ただ、本当に今日があの日で、あの男との出会いを避けることができたのかを確かめるためよ。




 でも、このまま真っ直ぐ北へ向かえば、姿が丸見えだわ。

 東に回り込んで、草むらの中を行こう。



 街道に近付くにつれ、どんどん緊張が高まってきた。

 幸いなことに、道沿いには木々が繁っているため、慎重に顔だけを覗かせれば、バレることはなさそう。


 T字路まで徐々に距離を詰めていくと、馬車が見えた。

 なかなかやってこない“私”に、痺れを切らせたのだろう、馬車の外で立ち話をしている人影がいる。


 ワイセラとヘレナだ。そうか、ヘレナも馬車に乗っていたのね……。


 あの男は、ああしてぬかるみにハマったふりをして、待ち伏せしていた訳ね。


 ……憎い。

 これほどまでに用意周到に準備された出会いだったなんて。


 でも安心したわ。あの男の顔を見ても、怒りしか湧いてこない。心臓もいつもと同じ鼓動――もう、ときめいたりしない。




 たっぷり一時間は待ったと思う。

 遠目にも、ワイセラがイライラして怒鳴り散らしているのが分かる。

 ヘレナも腰に手を当てて、石ころを蹴って八つ当たりしている。


 あの馬車はきっと借り物ね。ドレスも含め、お金をかけて準備したことが、全て無駄になってしまって、相当頭にきているわね。


 二人は諦めて馬車に乗り込むと、去って行った。

 今頃きっと、二人でリーサのことを、「能無し」だとか「役立たず」だとか、散々罵倒しているに違いないわ。

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