第2話 ■秘密にしたい思い


 その日、家に帰ると、2階のバルコニーで母さんが不安そうに父に寄り添っているのを見かけた。

彼らは話し合うことがあると、そこにいる事が多い。


――ああ。


 きっと何かよくない夢を見たんだろう。

母さんはよく予知を含む『特別な夢』を見る。


 その夜、夕飯時に家族が揃った時、じぃじから、家族全員に『報』を渡された。

紙飛行機の形にして飛ばすと、宛先に届くというじぃじが作った手紙だ。


 宛名は全部じぃじになっていて、各自の名前が既に書き込まれていた。

何かあったら何も書かなくてもいいから、飛ばせ、とじぃじは言った。


……ギンコ?

ギンコも非常に厳しい顔している。


「なんでかって言うと、母さんを昔、監禁した人が、王都にいる夢を見たの」

不安そうな母さんが言った。

「なんでもない可能性があるが、皆しばらく警戒して、知らないヤツには近づくなよ……とくに金髪の男だ。

ひょっとしたら紫色の髪の男も一緒かもしれない」

父が家族を見回しながら言う。


「それって、ブルボンスのココリーネのことか? 古い記事で見たことあるけど」

父によく似たヴァレン兄さんが『報』を懐にしまいながら言う。


 ココリーネ…私もその記事は知ってる。でも、女の人だよね?

金髪の……男の人?

リンネさんが頭に思い浮かんだ。え、でもまさか。


ここのところ毎週会ってるけど、全然危ないことなんてなかった。


 でも、父が怖い。言うのが怖い。

父と目が合わないように私は『報』を点検するようにいじる。

父は、隠し事や嘘つくとすぐ見破ってくる。

……話をすることになれば、学校のこととか全部話さなきゃいけなくなってしまう。


「……まさか性転換してるとはな~」

じぃじが言う。

「性転換?」

ヴァレン兄さんが訝しげに言う。


 兄もやばい。父にそっくりだ。こういう時、兄と目を合わせてもいけない……。

そこへブラッド……末弟(茶髪)が膝にのってきた。


 かわいい。かわいいけど、こいつもやばい。

「(じー)」

「(はっ)」

「リアねぇね、何か隠してる?」


!!!


 ザッと息があったかのように、父と兄と弟が一斉に私を見る。


 いやあ!! 茶髪隊が怖い!! なんなのあなた達!!

特に父の顔が怖い!!


「茶髪ども、顔怖!!」

母とルクリア(妹)とノア(桃弟)とじぃじは自分が見られているわけでもないのに、怯えている顔をしている。

 じぃじはなんで自分の息子に怯えてるの!?


 針のむしろだ…怖い…。

『報』を持つ手が震える。

……こうなったら逃げ場はない、絶対に全部喋るまで逃げられない…。


「……お前たち、やめないか。リアが本気で怯えている」

その時、ギンコが割って入ってくれた。


「リア、大丈夫か?」

 じぃじが手を肩にぽんと置いてくれようとした時、私は弟を引き剥がし、勢いよく立ち上がって、その場から走って逃げた。

 そして自分の部屋に鍵をかけて引きこもった。


 怖い。

追いかけてきてドアを蹴破られたらどうしよう。


 父さん怖い。

好きだけど怖い。

怖いといいながら、すぐ立ち直る母さんやじぃじみたいに私はなれない。


 それにしてもこれじゃ、バレたも同じだ。

話はしないといけないだろう。


 幸い誰も追いかけてくる気配はなかった。

私はそのままベッドに隠れるように潜り込んだ。


 さっきの話しで、リンネさんが性転換したって言ってた。

つまりあのリンネさんは、母さんを昔さらったココリーネって元は女性、なんだろう。

 毎週図書館で会って話してたなんて言ったら……めちゃくちゃ怒られそう!!


 紫の髪の男の人は一緒じゃなかった。いつも彼一人だった。

 ……えっと彼がココリーネなら、紫の髪って……現国王の弟…?

 でも確か遠くの領地にいるはず。

 かと言って、王都に来ちゃいけない理由があるわけでもないよね。ただ、母さんが『特別な夢』で見たから、父さんも神経が尖ってるのかも。


 そういえば、学校のことだって。

私が黙っていても、もし母さんが夢で見ちゃったらバレちゃうんだな。

 本当に隠し事ができないな……この家庭。


 それにしても困ったな。

これじゃこれからブルボンスの図書館は通えない。


 ああ…もう学校にも行きたくない。合わない。


「みっ」

開けていた窓からマロが入ってきた。

「わ、マロ…」


 マロ、久しぶりに会った気がする。

マロをみたら少し心が癒やされた。マロは手紙を咥えている。


 父さんから手紙だ……。

『怖がらせてごめんな。

もしオレに話すのが難しいなら、じぃじでも母さんでもいい。

心配だから、ちゃんと話してくれ』


 心配。

 そうか、私も大事なことを忘れてた。父さんは、学校に行く前にどうしても合わなかったらやめていいって言ってた。


 私はマロにメモを持たせた。

しばらくすると、ノックが聞こえたから、部屋を開けた。


「よう、入っていいか」

 父さんはすぐ来てくれた。

私は頷いて父さんを部屋に入れた。


 ベッドに座って二人で話す。父さんと二人きりで話すなんてめったにないから緊張する。

「さっきは悪かったな」

 私は首を横にふる。


「誤解しないでほしいんだが、本当に心配なんだ」

私は黙って頷いた。


「……それで、どうした?」

「ごめんなさい、最近ブルボンスの図書館によく行ってたの。……そしてそこで、リンネさんって人に会ってずっと話しかけられて……金髪の、男の人。紫の……ライラック元殿下はいなかったとおもう」

父さんは黙って聞いてた。


「リンネさんは……父さんと母さんの事、結構知ってて。でも平民っていうから、ただの知り合いの人かなって……ごめんなさい」

父さんは私の頭をなでた。


「謝らなくて良い。何も悪いことはしてない。……ただ、それなら食事時にでも話ししても良さそうなもんだが、何故言わなかった?」

「それは…」

 私は、学校の事を父さんに話した。


「……そんな事になってたのか。いや、気づいてやれなくて悪かった」


 父さんはぎゅっと私の肩を抱いた。

父さんにこんな風にしてもらったの、いつぶりだろう。


 小さい頃はよくあった。

まだ兄さんと私だけだったし。

 そのうち下の子たちが増えて、なんだか父さんと母さんが遠かった。


 私は父さんにギュッと抱きついた。

「私が、言わなかっただけ」

「……学校やめていい。もう明日から家にいていい。しばらく休んでまたじぃじに勉強教えてもらえ。

また一緒にダンジョンへ行ってきて良い。お前はもう十分がんばった」

「……っ」

私は、涙が溢れた。


「ごめんな、怖い親父で。でも、お前のことを愛しているし、心配してる。とても」

私は泣きながら頷いた。怖くても、結局甘いと思うよ。父さん。……ありがとう。


「……でも、ダンジョンは行かない…」

「? どうしてだ? あんなに好きだったじゃないか」

「何か違う事を探したいの……」

「……? まあ、それもいいが……。じぃじとギンコが残念がるんじゃないかな。実は二人共、お前が学校に行き始めてから寂しいって言ってたからな」

……そうなんだ。


 私だって前みたいに行きたい。

行きたいけど、ギンコと長時間、顔を合わせて平気でいられる自信がない。


「……なにか隠し」

と言いかけて、父さんは、あ、いけねって顔した。

気を使ってくれてる。


「……もし黙っている事があるとして、危ない目にあったりするようなやばい話しじゃないんだろ?」

「……え、うん。そうだけど」

 私はちょっとびっくりした。父さんが、聞き出さない事があるなんて。


「そんなにビックリするなよ。大丈夫だ、リア。お前ももう大きいから、親に言えない秘密だってできるだろ」

「……ホントは、母さんになら話してもいいんだけど、母さんすぐ顔にでるから…。それにもう結論がでている話しで、しばらく立ち直る時間が必要なの」

 これは本当。

ギンコが好きだなんて、自分でもよくわからないんだけど、母さんにしか言う気にならない。


 だいたい、ギンコが番(つがい)を探してるのは私も知っているし……そもそもその番(つがい)っていうのは見たらわかるらしいので、私は最初からその選択肢には入らない。

そうでなくても子供にしか見えないだろうし。


 所詮、結果が見えている話しだから、気持ちを吐露したい…という事を除けば話す必要性は感じない。

私の片思いは所詮、生まれる事のできない物語だ。


 母さんが顔にでる、というところで父さんは笑った。

「はは。なるほど。わかった。プラムに話ししたいような事なら言わなくていい」

母さん。父さんにナメなられてるよー。

この場にいたらガーン!って音がしそうな顔になりそうだなって思った。

私もフフって笑った。


「そうだ、ヒースに図書館でも建てるか」

「え」

「外国からも取り寄せたり新作もガンガンいれてやる。他のきょうだいも使えるしな。……だからしばらく読書は我慢しろな」

デコピンされた。

「たっ」


「落書きみたいなのでいいから、おまえがどんな図書館建てたいか絵で描いてみろよ。こまかい設計やら清書はアドルフさんにやってもらうから。学校行かない、ダンジョンも行かないお前に父さんからの宿題だ」

父さんが優しい笑顔だ。そうだ、本当はこんな風に笑う人だった。


「……ありがとう、父さん、大好き」

父さんは立ち上がりながら私の頬にキスをした。

「おう。オレもお前が大好きだぞ。……それじゃおやすみ。マロ置いってってやろうか?」

「み」

「ううん、大丈夫。マロもおやすみ」

「みっ」(手ぱたぱた)


 父さんとマロは出ていった。私はバルコニーにでて、少し星を眺めた。

 ――胸が楽になった。 明日からもう学校行かなくていいんだ。


 そう思うと急に頭が冴えて元気になってきた。

まだ寝るには少し早い時間だし……画材ってどこに片付けていたっけ。

 スケッチブックとかも確かどこかに……。


 ダンジョンに連れて行ってもらってた時は、隙間時間に色々スケッチしてた。

楽しかったな。


「どんな建物にしよう」

創作意欲がわいてきた。


 バルコニーのテーブルにランタンを置いて、その灯りと月明かりの中、スケッチする。

楽しい。


「相変わらず、お前はスケッチが上手だな」

「!?」


 気が付かなかった。

いつの間にか背後にギンコが立っていて、スケッチをにゅ、と覗き込んでいる。


 背の高いギンコがこうやって覗き込む姿は……男性のこと、そう思うのはどうかな、と思いつつ可愛いって思ってしまう。

でも、今は…やめてほしい!

心臓がしんどい。


「ぎ、ギンコ…」

「ブラウニーとは話しがついたのか?」

 私は、コクコク、と頷いた。

心臓が早くなってるのバレているだろうか。


「少し、驚かせてしまったか? 急に来てすまない。心配だった」

「だ、大丈夫。ありがとう」

 月明かりに照らされたギンコの顔はとても美しい。エルフの容姿レベルやばい。

……何を話せばいいのだろう。

 思えば二人になるのも久しぶりだ。前はこんなに緊張しなかったのに。


「私にも話してもらえる内容はあるか?」

「えっと……」

 私はさっきの父さんとの会話をギンコに伝えた。

リンネさんの話をすると、ギンコが苦痛を抱えているかのような表情になった。


「……話してもらったから、私も少し昔の話をしよう。単刀直入に言うと、私は昔、ココリーネに懸想していた」


 カラン。

私は鉛筆を手から落としてしまった。

え…、えええ!?


「驚くのも当たり前だ。私も自分があのような状態だった事は、実は口にもしたくない過去だ。ブラウニー達に許可をとっていないから、詳細は省くが、お前の母親をこのヒースから攫ってココリーネのもとへ連れて行ったのも……私だ」

ギンコは鉛筆を拾ってテーブルの上に置く。


「そんな事をしてしまうくらい、私はココリーネを番(つがい)と勘違いして愛していた」

「勘違い…? 勘違いで番(つがい)なんて、あるの? ……だって前、見たらわかるようなものだって」


「私も本物の番(つがい)に会ったことがないから正確な事は言えない。ココリーネは少し特殊な生まれで、私が彼女を番(つがい)だと思わせることができる情報を持っていた」

「ようは、騙されたんだね」


 そんな人と私はずっと喋ってたのか。

関係がもっと続いてたら、何かされた可能性もある。

 父さんにちゃんと喋って良かった。


「騙された私も未熟だった。もし今度そういう相手が現れたらちゃんと見極めたい」

……。

「今はリンネ、と名乗っているのか。そうか、男性になることに成功したのか」

「男の人にしか見えなかったよ。どうして男の人になったんだろう」


「一つだけ秘密を教えよう。彼は、前世を憶えている。その記憶が男性で、女性に生まれ変わった事に不満を抱えている。……当時から将来男性になる計画を立てていた」

「前世ってあるんだ……」


 私にもあるのかな。

例えば前世が男だった事を思い出したら、このギンコへの気持ちは今以上に苦しくなりそうだ。

 興味は惹かれるけれど。前世は思い出さなくていいのかもしれない。


 ひょっとしたら前世で大好きだった人がいて思い出したら、今の自分の事情をほっぽりだして、探しはじめるかもしれない。

 それはもう、今の自分ではなく、前世の自分の続き、と言って良いんじゃないだろうか。


 今の自分を大切にできなくなる……そんな風に考えると、この今抱えている、ギンコへの苦しい気持ちが非常に大切なものに思えてきた。


「ところで、私はおまえに何かしてしまっただろうか?」

「え?」

「このところ、おまえに避けられている気がする」


……ギンコが、しゅん、とした顔をして言う。

耳が垂れてる……。

迂闊にも可愛いって思ってしまう!

や、やめて。そんな顔しないでよ、大人のくせに!


「あ、いや、そんな事ないよ。学校に行くのがつらくて、ちょっと塞ぎ込んでたから、そのせいかも。心配させてごめんね」

本当はそんな事あるけど、とても言えない……ごめんなさい。


「そうか? 最近、お前が私達と行動しなくなって、少し寂しく感じていた。以前はもっと話をしていたように思うのだが……その気持が癒えたら、私達は以前のように戻れるだろうか? 私はそれを願っている」

 そ、そんなのわからない…!!

でも、有り難い言葉で嬉しく思う。


「ありがとう。そのうち……また二人のお仕事についていかせてね」

行きたいのは本当だから、これは嘘にはならないだろう……多分。

「もちろんだ」

ギンコが私の頭をなでた。


 ギンコが帰った後、私はスケッチした。

ギンコの横顔を描いた。


 届かない思いというのは、苦しいものだ。現在進行系だからよくわかる。

苦しいからどうしていいかわからなくて、慌てふためいて逃げ回っていた気がする。

言えないし、恥ずかしくなるけれど、そういえば失くしたいとは思わなかった。

 叶わなくとも、これは大切な私の気持ちなんだ。


 いつか、自然に消えてなくなる日まで、大事にしたい。

私は、スケッチブックをぎゅ、と抱きしめた。


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