俺が恋する聖女になったワケ

 客間に、二人きり。

 お父様は最後まで強硬に反対していたが、お母様とサマナに抵抗を封じられ、エイリーが複雑そうな顔だったけれど、背を押してくれた。


 そういうわけで、二人きりだ。もちろん、グラウ──グラスノウと。


「えーっと、身体は、大丈夫……なんですよね?」


「問題ないわ」


「そう、ですか」


 か、会話が続かねえ……。

 こっちとしては、まあ、死ぬ前だからと思って気持ちを打ち明けたわけで。生きてまた再会できたのはもちろん嬉しいのだが、ちょっと気まずい。

 向こうとしても、わたくしの胸に大穴開けた負い目みたいなものを、感じているように見える。


「その」


「あの!」


 被った。あるんだなこういうの。

 視線で譲り合う。ああめんどくさいな!私から話すが??


「あの時言ったこと、取り消さないから。おまえの心が女性で、私の中身が男でとか、関係ないわ」


「…………」


「でも、あの時は咄嗟のことだったし、もう一回、言い直すから」


 顔が熱い気がする。はー、ふー、落ち着け。答えは一度、もらってる。

 だからこれは仕切り直しだけど、八百長試合。なにも、気に病むことはない。


「私はおまえが……」


「待っった!」


「はあ?」


 手のひらを突き出して顔を背けるグラスノウ。整った顔立ちは、たぶん私より赤くなっている。

 てか、不安になるからそういうのやめて?やっぱナシ、無理って言われたら泣くぞ。


「僕は……いや、ボクはさ、ドラスノの煉獄ちゃんが推しだったんだよ」


「知ってる」


「だから、君に近づいたのは、生で推しに会えたことに感動して、冷静じゃなくて」


「知ってる」


「だからボク、君のこと、ずっとまっすぐ見てなかったから、そんなこと言われる資格……」


「知ってるって言ってんの!」


 どん、とテーブルに手をついて、身を乗り出す。

 あの雪原で会ったも、こんな気持ちだったんだろうか。だとしたら、イライラしただろうな。

 答えはもう出てるのに、うじうじ悩むな、って。


「私はそれでも、おまえに惹かれたの」


「でも……」


「でもじゃない!ほら、言うわよ。言うからね!」


「ちょ、待って、心の準備い!?」


「キンベリー・ブリギートはグラスノウのことが好き。外身も中身も愛してる」


 うぐ、と言葉に詰まるグラウ。耳まで赤くなって、こっちが恥ずかしくなってくるくらいテンパっている。だが、逃がさない。一度縦に振った首で、私を拒絶できると思うなよ。


「貴族と平民だからどうこうとかは言わせない。原作ゲームじゃ、エイリーと結婚してるものね?」


「それはまあ、そうだけど」


「おまえは竜の勇者なのだから、身分なんて好きにできるわ」


 ここまで勢いのままに捲し立ててから、やっぱり少しだけ不安がもたげてくる。性別に折り合いを付けられたのは私だけだとか。自由な彼を、縛ることになるんじゃないか、とか。

 でも、この気持ちはもう抑えきれない。今はもういない、彼女わたくしから始まった恋でも、今はじぶんのものだから。


「煉獄の魔法を失ったキンベリーでは、おまえの最推しにはなれない?」


 代償のために半身を失った私に、もう火の魔法は使えない。前世でグラスノウが愛した「煉獄ちゃん」は、本当に消えてしまったのだ。

 でも、今の私にしかできないこともある。

 この身体に転生して、もう一年半。ダイヤの原石をずっと、磨き続けてきた。最初は不純な動機だったけれど、いつの間にか好きな人のために、綺麗になりたいと思っていた。


 今この瞬間の上目遣いに、私は自分光源氏計画の全成果を賭けるっ!!


「ねえ。私じゃ、ダメかしら……?」


 あざとさ上等!月光の聖女は清らかさが売りじゃないんでね!

 私の魅力は、圧倒的顔の良さ。そしてそれを自覚していること。惚れた男を落とすために、全霊で挑まなくてどうする。


 未だ視線を合わせないグラウの手を取って、身体を引き寄せる。客間のテーブルを挟んでいる関係上、彼の体勢は少しだけ不自然になる。普段なら、鍛えられた体幹でもって、前へ倒れることを防げるはずだが、余裕がないことを分かって仕掛けた不意打ちだ。傾いた身体は、私の肩に頭を乗せる。


「好きよ」


 彼の後頭部に腕を回して、耳元で囁く。


「大好き」


 洒落た言い回しも、考え抜かれたシチュエーションもない。ただ、直球勝負。それが、キンベリーの生き方だから。


「愛してるわ」


 おまえが降参するまで、絶対、やめてやらない。もう一回でいい、なんて言わない。何度でも応えてほしい。これから、ずっと、ずっと。


 不意に、腕が解かれた。ようやく、真っ赤な顔と、精一杯作られたしかつめらしい顔と、目が合った。


「ああもう、そんなに欲しい言葉ばっかりもらっちゃったら、耐えられないって……うん、ボクも……すき、だよ」


「私の方がおまえより、ずっと好きよ」


「あははっ!それ、言ってみたかったセリフでしょ!」


 黙れ、って言う代わりに、唇を重ねた。



 ────ある国に、月光の聖女、と呼ばれた少女がいました。

 少女は貴族の令嬢にも関わらず、自ら戦場を駆け回り、傷ついた兵士を魔法で治しました。誰にでも分け隔てない、さっぱりした態度で、性別を問わず、多くの人に愛されました。


 やがて聖女は、勇者と結婚しました。


 勇者は、白竜に認められた、黒い髪の少年でした。平民の生まれながら、聖女を娶るために、公爵家の養子に入ったのです。

 二人は、子供ができても、歳をとっても、気安い友人関係のようでありながら、誰よりも仲睦まじく、幸せに暮らしました。



 パタン、と読み終えた本を閉じた。

 何度も読んで、ページの端が擦り切れた絵本。ある公爵令嬢が、実在の人物をモデルに描いた、ベストセラー。そのタイトルは──


「恋する聖女さま」



fin.

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俺が恋する聖女になったワケ りあ @hiyokoriakyo

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