おはよう

 ──暖かい。


 ついさっきまで、酷く寒い場所にいたような気がする。

 でも、今はとても、暖かい。安心する。

 もう少しこの暖かさに身を委ねて、微睡んでいたい。けれど、なにかやることがあったような気がする。そろそろ、起きないと。


「ん……」


 眩しい。誰だカーテン開けたの。サマナか?最近はわたくしの方が早く起きることが多かったんだが、寝坊したか。


 身体を起こして、自分が身に纏っているものが目に入る。

 真っ白な服だ。一応貴族なので、寝巻きもそれなりに派手なものを着せられる私だが、これは一切の装飾がついていない。

 生地はサラサラしていて、病人が着る服って感じがする。


 違和感。なんだ?

 あー、なんか髪短いな。肩につかないくらいのショートになってる。

 ふわふわの金髪が好きなので、伸びてくれんか?治癒魔法、効かないな。火魔法の代償なら治せたはず──って。


「代償、って」


 意識がクリアになってきた。

 ヴィアナ王女の暗殺を阻止するため、離宮に滞在していたんだった。ラスボスだけ引っ掛ける予定が、黒装束の連中の襲撃を受けて、混乱の中でトカゲ怪人の野郎と交戦する羽目になって、それで。


 それで──私は、死んだんじゃ。


「生きて、る……?」


 胸に穴は空いてない。脇腹も痛くない。包帯は巻いてあるけど、たぶん傷は綺麗さっぱり元通りだ。

 おかしい。確かに治癒魔法の代償でガス欠になって、致命傷を治せなくなったはずなのに。


 ばた、と。不意に、なにかが床に落ちる音がした。

 目を向ければ、入り口近くに転がったバスケットから、果物が転がっている。

 そそっかしいなまったく、私が代わりに──。


「お、おおおおお……お嬢様ああああああああ!!」


 ベッドから立ちあがろうとしたら、押し倒された。

 赤毛が頬をくすぐる。お揃いの石鹸の匂い。おいおい、痛いって、サマナ。


「夢じゃ、夢じゃありませんよね?お嬢様、お嬢様!!生きて、いらっしゃいますよね!?」


「ええ。私はここにいるわ、現実よ。……おはよう、サマナ」


「ううう……うわああああああああん!!奥様あああああああ!!お嬢様がああああああああああ!!!!」


 み、耳元で泣き叫ぶな!ってかなんかデジャヴ!?

 パタパタパタ、扉の外から誰かが駆けてくる。


「どうしたの、サマナ。ベルになにか……ベル!?」


 現れたのは、豪奢な金髪の美女。最後に見た時と比べて、目の下に少し隈が出来ていて、心なしか肌艶があまりないように思えるけど、確かに、お母様だ。


「ベル……!!もう、目を覚さないのかと思っていたわ。本当に、本当に……!」


 サマナごと私をぎゅっと抱きしめるお母様。ぼろぼろ泣きながら、ベル、ベルと私の名前を呼ぶ姿を見ていると、こっちまで涙が出てくる。


「申し訳ありません、心配をかけて」


「いいの、いいのよ。こうしてわたくしたちのところへ、あなたが帰ってきてくれたのだから、それでいいの……!」


「お母様……ただいま、戻りました」


「ええ、ええ!おかえり、わたくしのキンベリー」


 三人で抱き合って、ひとしきり泣いた。二人の体温を感じて、自分が生きている実感を、少しずつ得ていく。


「私、どのくらい眠っていたのですか?」


「領地であなたの危篤を聞いて、バンロッサと早馬で王都へ来たのが二週間前だから……もう、二ヶ月ほどになるわ」


 二ヶ月か……衰弱死しなくてよかったな、私。

 というかお父様も来てるのか。大丈夫なの?領地。


「砦や領内のことはジェフに任せてあるわ。安心して」


 先回りしてお母様に答えられてしまった。読心術?

 いや、いや、今はそんなことよりも、事の顛末を聞かないと。


「ヴィアナ王女殿下はご無事ですか?エイリーとグラウは……そもそも、離宮を襲ってきた黒装束は何者だったのですか?それに、私はどうして」


「あなたの疑問は最もだけど、先に食事をしてちょうだい。眠るあなたに、どうにかお粥を飲ませ続けてきたけど、栄養を取らずにまた倒れられたら、今度こそ死んでしまうわ、わたくし」


「すぐにご用意します、お嬢様」


 そりゃそうか、仕方ない。意識したらお腹も空いてきた。

 私は再びベッドに戻されて、サマナの手で豆粥とすりおろした果物を口に入れた。豆粥は相変わらずあんまり美味しくなくて、なのに、とても嬉しい。


「ヴィアナ王女は、離宮脱出後すぐに保護されたそうよ。その後、襲撃もなくなって、つい数日前からまた学園に通い始められたと聞いているわ」


 これだけやって、救えていませんでしたじゃ、死んでも死にきれない。彼女が無事で、ひとまずはほっとする。


「エイリル・マナリア公爵令嬢も、王女と一緒に保護されて、先に学園へ復帰していたわ」


「エイリル様、登校前と下校後は、必ずお嬢様のお見舞いにいらっしゃっていたんですよ。今日もそろそろ、来られると思います」


 そうか。エイリーにも、心配かけちゃったな。二ヶ月ずっと一日二回来てくれたなんて、あとでなにかお礼をしないと。


「黒装束の処分は、陛下に願い出て、バルバロッサが指揮を取ることになったから、あとで直接聞くといいわ」


「お父様が……わかりました」


 奴らの乱入がなくても、たぶん私はトカゲ野郎に負けていただろう。だがそれはそれとして、本命の前に消耗させられたのは事実だし、指示した者は一発ぶん殴ってもいいんじゃないか?


「それで、グラスノウのことだけど」


 急に、声を固くするお母様。

 そりゃそうか、あいつがどこまで話したのかわからないけど、辺境伯令嬢である私が、平民の男に愛を告白したんだ。お母様には叱られるだろう。

 でも、別にいい。許されないんだったら、それでも。恋人とか、結婚とか、そんなのは関係に名前をつけてるだけだから。


「お母様のお怒りはもっともと思いますが、私は自分の気持ちを偽るつもりはございません。辺境伯家は、養子に継いでもらうつもりです」


「……何を言っているの?ベル」


「はい?」


 訝しまれてしまった。なんで?

 え、あいつ、私に告られた話してないの?いやまあ確かに、言いふらすことではないかもしれないけどさあ、こう、大事な話じゃん。言っとけよ。

 いや待てじゃあなんだ。お母様が怒ってる理由。


「彼はあなたの胸を、敵ごと貫いたと言っていました。あなたが目を覚さなかったら、それは自分の罪だと」


「……ああ、そういえば」


「そういえば、ではないでしょう!」


 穴の空いていた胸に手を当てるが、ちゃんと心臓の音は聞こえる。

 ちゃんと治ったんだから、いいじゃん。


「私が彼に、自分ごと刺すように言ったのです。グラウは悪くありません」


「そうは言ってもね」


「彼は今どこに?囚われているのなら、すぐに解放してあげてください」


「捕えてはいないけど……」


 歯切れが悪いな。あいつ、どこでなにされてるんだ?

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