王女暗殺(5)
前世でゲームのボスを攻略する時は、とりあえずぶつかってみるタイプだった。
攻略適正レベルとか、弱点属性とか、殴ってみてから考えるスタイルでやってきた。
今、絶賛後悔中。
「あなたとのォ戦いが始まって、そこそこ、時間も経ちましたねェ」
シュウシュウと、トカゲ怪人の首を掴んだ
これまで、奴に対する最大のカウンターであった治癒魔法を、ありったけ込めたのだ。捩じ切れるまではいかなくとも、不可逆のダメージが通っていなければ困る。
しかし、実際はどうだろう。ノーマンに化けていたラスボスは、私に首を絞められながら、悠々と言葉を続けていた。
「この一手のためにィ、代償で魔法を使えないフリをしたようですがァ……ワタシに対しては、逆効果でした」
「けほっ」
時間経過で耐性獲得とか聞いてませんけどーーーーーーーーー?????????
と叫びたい気持ちは山々だが、身体が言うことを聞きやしない。脇腹に刺さったヤツの貫手。思惑通り行けば相打ち、それも治癒魔法がある私に七分の有利があるカウンターだったのだが、こうも完璧に外されると無理だ。
あー、無理にでも時間作ってグラスノウに対ラスボスの攻略法聞いときゃよかった。
前世で殴ってから対策を考えるスタイルだったせいで、今世でもなんだかんだ行けるんじゃないかと、甘い考えがあったのかもしれない。ここはゲームじゃねえって、わかってるつもりだったんだけどな。
指先から力が抜ける。掴んでいた奴の首から、左手がだらん、と落ちた。
そこにあるのは、無傷の鱗。
「今度こそォ、魔法は使えませんねェ?それどころか、手足も動かないと見える」
残念ながら図星だ。与えられるはずだったダメージが通らず、余分に治癒を追加したせいで、自分の身体に魔法を回せない。
恐れていた代償で、完全にガス欠だ。唐突に襲ってくる空腹が、これほどの苦痛と虚脱感を伴うものだとは、知らなかったし知りたくなかったよ。
「本当は生きたまま実験材料にしたかったのですがァ、こうも弱られては仕方ありませんね。王女も確保しなければなりませんしィ?死体で我慢するとしましょう」
「が……っ!?げほ、ごほっ」
異物感。腹の肉を裂かれ、爪に内臓を傷つけられる。
貫手が一ミリ進むごとに、私は血を吐き、強烈な熱さと身体中を包む寒さに喘いだ。
──死ぬ。
死ぬ?ここで?まだなにもできてない。せっかく女の子の身体に生まれ変わったのに、お菓子作りは中途半端で、世界一綺麗なドレスも仕立ててない。
前世は人を助けて死んだ。死ぬつもりで助けたわけじゃないけど、死んでいいとも思ってた。会社と家を往復するだけの人生。本当に欲しいものは、生きている限り絶対に手に入らない。だから、人を助けて死ねるならマシだって。
でも今世は違う。欲しかったものが手に入って、自分の身体という宝石を、これから時間をかけて磨き上げていくところだった。
やりたいことはたくさんある。ヴィアナ王女を守るために命を懸けても、本当に死んでたら本末転倒だ。
死にたくない。死ねない。サマナ。エイリー。痛いよ。怖い。死にたくない。
「ぁ、ぐ、う……ぅぅぅうううう」
「遺言というゥ文化が人間にはあるとか。聞いて差しあげますよォ?」
死にたくない。無理だ。嫌だ。動かない。痛い。
なんで私がこんな気持ち悪いトカゲに殺されなきゃならない?なんでこのトカゲは私を弄んで笑っている?
許せん。許せん。治せ。許せない。動け。殺せ。
殺せ!殺せ!こいつを今すぐ殺して!!その薄笑いを焼き尽くせ!!
「こいつを殺せ!!私ごとやれえええええええ!!」
すっかり短くなった金髪を、全て灰にする勢いで炎を燃やす。トカゲが耐性を得ていたら、カイロほどの暖かさも感じないのかもしれないが、少なくとも視界は奪える。
果たして、私の残火は私ごと奴を包み、縛り付けることに成功した。
確信があったわけじゃない。むしろ、疑いの方が強かった。
でも、でも。聞こえてるなら、この炎を貫いてみろ、グラスノウ。
「Gyaaaaaaaoooooo!!」
夜闇を切り裂く獣の咆哮。上空より舞い降りた一人の剣士。
そして私は、胸元に強烈な衝撃を感じて──。
「は……?」
「こんばんは、
「その剣、まさかァ……いや、空を舞うあの姿!そんな、そんなことがァ、ふざけるな!!」
そこからは、コマ送りで白黒映画を見ているような気分だった。
背中から貫通した白銀の剣を、トカゲ怪人はなんとか引き抜き、現れた男と対峙した。
男は、いつか見た構えで怒涛の攻めを展開し、次々に手傷を与えていく。無論、腐食魔法によって、自らもダメージを受けるが、まるで気にしないとばかりに、前へ前へと剣を振るう。
離宮の庭に雷が落ちた。
一発、二発、三発と、世界が白く染まるたびに、黒装束が宙を舞い、トカゲが焦ったように攻勢に出る。
白銀は紙一重のカウンターで、それら全てを捌き、そしてついに。
「シ……っ!」
ぼと、と。あまりにもあっけない音が、ボロボロの廊下に響いた。
転がった首、憎たらしいトカゲ顔の、気色悪い複眼と目が合って。
にい、と私は、思いっきり可憐な笑顔を、浮かべてやった。
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