王女暗殺(3)
「っと、そう簡単には行かせてくれないわよね。わかってた」
埋もれたメイドに魔法を使って、崩れた天井を乗り越えようとした
今日初めて会ったわけではない人物。明日も会うつもりだった人物。そして、私がヴィアナ王女の食事に仕掛けをしてまで、釣り上げたかった人物。
「ベル!!」
「エイリー、ナイスアシスト。でも、次から背中を撃つ時は、もっとわかりやすい符号を決めてちょうだい」
「あなたなら絶対防げると信じていただけですわ……それで、あの人は」
合流した私とエイリルは、その人物を暗闇の中で睨みつける。
しかし、王女だけは違った。
「どうして君がここにいるの!?一緒に逃げよう、ノーマン!!」
果たして、私の炎に照らされた男の顔は、ヴィアナ王女お気に入りの料理人のものだった。
コック帽を外し、ネクタイを緩め、この場の緊張感に似つかわしくない穏やかな微笑みを浮かべて、彼は口を開く。
「おや、おかしいですねエ。そろそろ、苦痛にのたうち回っているものだと思っていましたが……もしや適合を?いえ、それならばこの程度の賊、即座に消滅しているはず……」
「な、なにを言ってるの?ノーマン……いや、違う。君は誰!?ノーマンをどこにやったの!?」
返答を待つことなく、私は背後に浮かべた炎の矢を、マシンガンの如く男に向かって放つ。それを見たエイリルも、意図を聞くことなく廊下を光で埋め尽くした。
「随分ご挨拶じゃアないですか、ブリギート辺境伯令嬢に、マナリア公爵令嬢?」
しかし、私たちの攻撃が奴に届くことはなく、いつの間にか背後を取られている。
影移動。砦攻防戦で私たちを追い詰めたカマキリ──確か、シャドウマンティスだったか?あの魔物と、同じ能力。
「正体を見せなさい、人間もどき」
「いやはや、心外ですなア。人間のようなか弱い生物のもどきとして扱われるなど」
私の射撃を前に、男の姿がブレる。揺らめく。やがて、顔に炎が命中したかと思うと、そこにはトカゲの目を複眼にした、気色の悪い顔が据えられていた。
「うーむ、どういうことでしょう?確かに、料理には活性薬を混ぜたのですがア……」
「何の話をしてるのかわからない!それより、本物のノーマンはどこにやったんだ、バケモノ!」
「あゝ……この体の持ち主ですか。丸のままいただきましたとも。確か……半年ほど前でしたかねエ」
「う、そだ……」
料理人ノーマンそのものの声で、正体不明の魔物は喋り続ける。半年ということは、私たちが知り合った時にはすでに、彼は彼ではなかったということだ。胸糞悪ィ。
「ん、んんん?ヴィアナ殿下、足の傷はどうなされたのかな」
「君みたいなバケモノに教える義理なんてない。ノーマンの仇め……!」
「ふウむ、いけませんなア。ワタシはどうにも人間の感情や状態に疎い……痛みを誤魔化しているのかと思っていましたが、完治していますねエ?」
魔物の視線がこちらに向く。私が治癒魔法を使えることは承知済み。だが、呪いの類までなんとかできるのは予想外ってとこか?そりゃ、私も予想できてなかったからな!
グラスノウの原作解説を要約すると、ノーマンになりかわったこの魔物は、竜の噛み痕に籠った呪詛を活性化させる薬物を、ヴィアナ王女に盛ったらしい。その目的は、古き黒竜復活のための贄だか巫女だか、詳しくは話が長すぎてうろ覚えだが、とにかくろくでもねえことのために利用したかったみたいだ。
しかし、この現実においては、キンベリー・ブリギート──私が、原作では出会うはずのない生前の王女と友誼を結び、治癒魔法で怪我ごと呪詛を取っ払ってしまった。そういうわけで、薬盛られようが何されようが、王女殿下の体で呪詛が活性化することはなくなったのだ。
薬の効果が全く出ないとなると、こいつが姿を現さない可能性があったので、私が仕掛けをして、ヴィアナ王女はお腹を壊した。グラスノウとの計画では、ノコノコ出てきたところをみんなで叩くはずだったんだが、正体不明の暗殺者集団のせいで、おじゃんだ。
っていうかあのイケメンはどこでなにしてるんですかねー?あいつの話通りなら、目の前の気色悪い魔物はラスボスで、バカみたいに強いグラスノウでさえ、事件に首を突っ込むことを躊躇う力があるらしい。
今のところ私の炎もエイリルの魔法も全然当たってねえし、あいつがいないと無理ゲー感すごいんだが!
「興味深い。実に興味深い!月光の聖女、キンベリー・ブリギート!あなたの仕業ですねエ!」
「だったら何?」
「もちろん、あなたを
踏み込み!こちらをおちょくるための影渡りではなく、本気の攻撃が飛んでくる。
しなる腕、追随する魔法はなんだ?わからねえ、とりあえず燃えてくれ!
「くっ、この……!」
迎撃の火魔法は、わずかに相手の服を燃やすのみ。何発叩き込んでも効果が出ているように見えない。
はー、自信無くすぜ。こちとら代償で髪の毛ボロボロなんだけどなあ!
「エイリーっ!!殿下を連れて逃げてっ!!」
後退、後退、後退、クソ!!避けて逃れることしかできねえのに、全然防ぎきれてない。人間の形をやめた手の鉤爪は弾けても、タイミングをずらしてくる魔法、腐食をどうにもできない。
ダメージは受けたそばから治癒、治癒!そろそろ腹減ってきそうで怖い。体が動かなくなったらおしまいだよ。
「キンベリー!私は逃げたくない!そいつを、ノーマンの仇を殺さないと!」
「ヴィー王女。私たちにできることはありませんわ!サマナさん、先導してくださいましっ!」
暴れるヴィアナ殿下を二人で掴み、逃げていくエイリルとサマナ。
この場で最も優先すべき王女はもちろん、光魔法を連発したサマナの髪の白い部分は明らかに増えており、有効打がないのに消耗させるわけにはいかないから逃した。
サマナはそこらの騎士より強い。賊共から逃げるくらいはできるだろう。
「まだヴィアナ殿下には用事があるんだよ。逃せないねエ!」
「逃して見せるわよ!!」
私にも熱が降りかかるほど近く、青い炎で魔物と自分を囲み、両の手が腐ることも厭わずに奴の腕を掴む。
この火、絶やすものか。この手、離すものか。
「ぐ、う、ううう、ああああ!!」
長く美しい、自慢の髪をうなじより下で焼き落とし、全て代償として炉にくべる。腐乱臭を発する手のひらは、痛みを感じる間もなく再生し続ける。
「こっち見なさい、バケモノがっ!!」
「これは少々、骨が折れるっ!」
炎をものともしなかった怪物は、極限まで高めた温度によってようやく、皮膚を焦がした。
さらに、嬉しい誤算が一つ。治癒魔法をかけ続けながら触れた腕が、相手の腐食魔法を越えて奴の体を灼き始めたのだ。
「おまえの相手は、私よ……っ!」
最強の盾である治癒魔法が、鉾にもなった。相性は悪くない。時間は稼げる。
だから。
──さっさと来なさいよ、グラウ。
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