王女暗殺(2)
こーれ、だいじょぶそ?
「ヴィー殿下、角へ!」
窓を破り、夜闇から続々と現れる襲撃者たち。揃いも揃って黒装束だが、うちの砦で戦ったカマキリ野郎と違って、こいつらは人間のようだ。
「メイドたちはバリケードになりなさい!サマナ、応援を呼んで!」
「かしこまりました!」
通ってきた道へ向かって炎弾を連射し、サマナが抜けられるように襲撃者を牽制する。
王女を同じように逃すことも考えたが、追い縋る暗殺者を削ぎ落とすより、襲ってくる奴らをまとめて焼くほうが
それでもここを食い止めて通路の先へ進みたいところだが、状況がわからない以上、私とヴィアナ王女が離れるのは危険だ。
「燃えろ、下郎共」
スリーマンセルで連携をとる暗殺者たちに、本職の護衛ではないメイドでは手も足も出ない。そもそも二人では、数の上でも劣勢だ。彼女たちを守るために私の火魔法は行使され、攻め手を繰り出せない。
「キンベリー……!」
「大丈夫。こう見えて私、戦に立った経験もあるの」
キィン!ギャリィン!繰り出される得物は、ナイフ、曲刀、鎖鎌と言った具合に、三人組の中で間合いをわざとずらされており、こちらがプロであろうとも対応は難しかっただろう。
炎弾でカバーするのにも限界がある。
「殿下、廊下の調度品が灰になっても怒らない!?」
「絶対弁償もさせないって約束する!」
よーし、それじゃあ最大火力でぶっ飛ばすぜ!!
艶めく金髪を一房、火の粉に変える。イメージを補完するために指差した先は、前線に立つメイドたちの数十センチ奥。壁や天井を伝ってこちらへ来ようとしている黒装束ごと、通路全体を塞ぎきる。
「炎の壁っ!」
轟轟と燃え盛る火は、私の制御によってこちら側に熱をもたらさない。しかし、触れれば火傷では済まない、青く輝く殺意の塊だ。
「今のうちに向こうへ!メイドの二人、表の庭園から最も遠い門へ案内なさい!」
「は、はい!」
離宮を正面から襲撃とか、頭おかしいだろ。国家権力舐めすぎじゃね?っていうか、グラスノウの言ってたヴィアナ王女暗殺事件と、全然話違うんだけども!
私のせい?そうなんかねえ!?
「うぐうっ!?」
最大限素早く決断したつもりだったが、びゅう!と飛んできた矢に、メイドの一人が足をやられた。
即座に治癒魔法を施し、呆けるまもなく立ち上がらせる。さっき食事をしたばかりだからしばらくは問題ないが、おまえらに使ってたせいで王女の怪我を治せませんでした、じゃ済まないんだよ。三回目以降の被弾は治さねえからな!
「早く!!」
そこらの矢じゃ、私の炎を越えられない。わざわざ射程距離の短い鉄矢を持ち込んでるってことは、私がここにいることをわかっていたってことか?
クソが!こんなはずじゃねえんだけどなあ!!
廊下を駆ける、駆ける。メイドが先頭と後方を走り、私がヴィアナ王女の手を取る。
早くも壁を越えてきた連中に炎弾を叩き込むが、効いている様子がねえ。防火装備ですかあ!?カスが!!
「キンベリー、ごめん、巻き込んじゃって……」
「守るっていったでしょ!?それに、向こうは私が離宮にいることを織り込み済みで攻めてきてるみたいだから、お互い様よ!」
直線を抜け、角へ滑り込む。引っ掛けた壺が耳障りな音を立てて破れた。
ちりっ、と嫌な感覚が全身を走ったかと思うと、最後尾の侍女を壁に引き寄せた左手に猛烈な痺れが走る。
「あぐっ、いったいわねええっ!!」
恐らくは敵魔法使いによる電撃。一瞬で治癒を施すが、皮膚の表面を走った電流のせいで痺れが取れねえ。相性悪いな。
走るのに邪魔でしかないドレスの裾を、自分のものとヴィアナ殿下の分、合わせてナイフでビリビリに割く。布は有効活用。袖をたくし上げる襷としてな!
「ここから門まで、距離はどれくらい?」
「全速力で走っても、屋敷を出るのに五分、庭を走ってさらに五分ほどかかります」
角からノールックで炎弾を撃ちまくっているが、有効かどうかは正直わからん。脱出までの道のりが長いのはやべえが、別方向から攻撃をされたり、挟まれたりしてないのは不幸中の幸いってとこか。
「キ、キンベリー、こんなときに本当に、悪いとは思うんだけど……!」
「なに?手短に」
「おなかがすっっっっっごく痛いの。ちょっと走れるか不安なくらい」
「あーーーーーーーーー」
それ私のせいだわ!!すまん、鶏に細工したの忘れてた。別に変なもの入れてないよ?チート治癒魔法くん、調理済みの食材を生に戻せるんだワ。
というわけで全力謝罪の治癒!消化不良が原因だから完璧には効かないけど、腹痛抑えてリミット延長するくらいならやらせていただきますわーーー(五体投地)。
「これでどう?」
「少し楽になったよ……」
「じゃあ、走るわよ」
もう一度角に分厚い炎の壁を作ってから、私たちは駆け出す。髪に治癒魔法回してらんないので、右側だけ髪の密度が異常に低いおかしなヘアスタイルになりつつあるぞ。
走る、走る。さっきまでは火魔法を盾に直線を行っていたが、どうせ時間がかかるならと、曲がり角を多用するルートを指示した。
これによって迎撃に使う魔法が最小限になり、陽炎を使ったミスディレクションまで使えている。
行ける!なにがなんだかまだわかんねえが、とりあえず王女を逃すことはできる!
思えばその時、荒い息に加えて戦闘音でうるさい中、ひゅー、ひゅー、という、襲撃前に聞こえた音をキャッチできたのは、極限状態で感覚が研ぎ澄まされていたからだな。
ドゴン!バキバキメキ!!
突如として正面で奏でられた破壊の音は、ヴィアナ王女を引っ掴んで飛び退いてから、耳に届いた。
先を行っていたメイドは下敷き。すぐに治せば助かるだろうが、崩落した天井の中から探してる余裕がねえ。
二階から飛び込んできたのは、スリーマンセルの暗殺者が、三組。合計九人だ。
どいつもこいつも黒装束にギラつく得物を持っており、牽制の炎には半歩も引きやしない。炎剣を生み出し、なんとか連続攻撃を振り払えているものの──こりゃあ、いよいよまずいな。
「光在れ!」
その時聞こえた声に、王女を抱えて伏せられたのは八割反射だった。
私たちの後ろから次々と放たれた光弾が、襲撃者共を吹っ飛ばしていく。瓦礫はあるが、通路は開けた。逃走再開っ!!
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