王女暗殺(1)

 湯冷めしないようにしっかり着込んで、わたくしたちは露天風呂の建物から、離宮の屋敷へと移動した。

 頭が冷えて平謝りするエイリルと、全く気にした様子なく冗談を言ってくるヴィアナ王女。私は二人に返事をしつつも、どこかうわの空でいた。


 日はすでに傾きかけているが、藍色の空を照らす夜の女王の姿はない。なぜなら、今日こそが新月だから。

 グラスノウの原作ゲーム知識によって、王女が暗殺されることを知ってから三週間あまり。使える手段を使って情報を集めたり、秘密裏に護衛を増やしたりしてきたが、私自身がなにかをしたわけではない。達成感、活動の実感がないからこそ、焦りが募る。


 本当に今日、暗殺計画は実行されるのだろうか?

 グラスノウの見立ては間違っていないだろうか?

 私はちゃんと、ヴィアナ王女を守れるのだろうか?


 そんなことばかり考えているうちに、食卓へと案内されていた。


「お菓子作りは明日にして、今日はノーマンの料理を存分に味わってもらおうと思ってるんだ」


「それはとても楽しみですわね。ノーマンさんのお弁当は何度かいただきましたけれど、本格的なディナーは初めてですもの」


「そうね。私も楽しみ」


 いかんいかん。不安が顔に出ては、二人に心配されてしまうし、そこから犯人に勘付かれるかもしれない。

 いつも通りに振る舞う。それは、王女殿下に求めたことであるが、自分に言い聞かせることでもあるのだ。

 私の出番は、まだ来ていない。その時になってしくじらないように、落ち着かないと。


 食事は、コースではなく大皿の形式をとるらしい。

 離宮の使用人たちによって、三人ではちょっと食べ切れなさそうな量の肉、魚、野菜に果物が運ばれてくる。どれも調理法には工夫が凝らされており、焼き、煮、揚げ、蒸し、なんでもござれだ。

 座る席は、王女が一番奥のお誕生日席。私とエイリルが料理に近い場所で、対面。

 料理人であるノーマンが最後に部屋に入ってきて、一皿一皿解説を始めた。


「こちらは揚げ魚をあんかけ風に。こちらは鴨肉のローストにりんごをベースに作りましたソースをかけたものでございます。こちらは……」


 柔和な笑みを浮かべ、自身の腕を振るった料理の数々を紹介していくノーマン。ヴィアナ王女だけでなく、私たちまで王族になったような気分だよ。


「これこれ、私、この蒸し鶏が小さい頃から大好きなんだ」


 王女が指し示す料理は、棒棒鶏っぽいものだった。私はすかさず、サマナにそれを取り分けるように頼む。


「キンベリーもそんなに気になる?」


「ええ。見たことのない料理なものだから」


 サマナがヴィアナ王女やエイリルの分の料理まで取り分けるのは、越権行為と捉えられかねない賭けではある。けれど、どうしても計画に必要だったため、無理をしてもらう。

 私は王女の元へ運ばれる蒸し鶏にさっ、と手をかざした。


「それじゃ、私たちの友情に」


「「乾杯」」


 テーブルが大きいので、グラスを当てる音は響かない。ただ、気持ちばかりタイミングを合わせて、私たちは琥珀色の炭酸を口に含んだ。

 りんごサイダー。体に不調はないから、毒はない。わかっていたことだが。

 続いて切り分けた蒸し鶏を一口。

 少しぴりっとする味噌系の味付け。マジで棒棒鶏だなこれ。めっちゃうまい──けど。


 私は美味しそうに顔を綻ばせるエイリル、ではなく、今まさに鶏肉を口に入れたヴィアナ王女に視線を向けた。

 彼女は咀嚼しつつ、首を傾げる。どうやら仕掛けは上手くいったようだ。あとは、犯人の動向を探るだけ。


「どうなさいましたか、王女殿下。なにか、味付けにお気に召さない点でも?」


 彼女の表情を見て、不安そうな顔をするノーマン。料理人なら当然か。


「……ううん。大丈夫、美味しいよ」


 ディナーはその後、なごやかに進んでいき、やがて三人とも満腹が近づいたところで、デザートをいただいてお開きとなった。

 王女に変わった様子はなく、それに対して誰かがアクションをかけることもない。読みを外したか、あるいは私の仕掛けの効きが悪かったか、と思ったのだが。


「二人は先に部屋に行っててよ。私はちょっとお手洗いに行ってくるから」


 食卓を出る頃にそう言い出したヴィアナ王女の顔色が、かすかに悪くなっていた。

 どうやら、勝負はこれかららしいな。


「わかりましたわ。では、お先に」


「私もお手洗いに案内してもらってもいいかしら?」


「うん……じゃあ、ついてきて」


 廊下を歩きながら、お腹の辺りをさする彼女を見て、申し訳なくなってくる。それ、私のせいなんです。ごめんね、あとちょっと我慢してね。

 さて、あとは王女の体調不良に気づいた下手人が、自分の仕掛けだと思ってノコノコ出てくるところを待つばかり。トイレに行く道中で仕掛けてきてくれたら楽なんだけどなあ。


 大きな離宮を少し歩きながら、緊張に身構えていると、耳馴染みのない音が聞こえることに気づいた。

 ひゅー、ひゅー、というそれは、口笛に近いのだが、サマナたちメイドはもちろん、私もヴィアナ王女も口笛なんて吹いていない。

 それにこの音、屋敷の中ではなく外から聞こえてきているような──。


 一際長い廊下に差し掛かった、その時。

 パリィィン!!という耳障りな破壊音が、離宮に響き渡った。


 え?

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