やっぱりお風呂が好き(2)

「はふう……」


「これは……すごいですわね……」


「でしょー?私、小さい頃に初めて入って感動しちゃったんだ」


 薄く濁った湯に揺蕩う三人の美少女。外は幽玄な庭園。よきかなよきかな。

 それにしても、ここまで本気の温泉に、異世界で入れるとは。今日ほどこの世界が日本製のゲームを原作にしている(どっちが先かはわからんけど)ことに感謝した日はないわ。


「……ねーえ、キンベリー」


「なにかしらー?」


 あったかくてふわふわしているので、語尾も伸びてるな。いやー、学生寮もシャワーじゃなくて温泉にならんか?


「なんで急に、お泊まり会なんて企画したの?」


「別に。お菓子作りと、親睦を深めるためだけよ」


「私、元気だけが取り柄の末娘で、魔法使えないからさ、無能って言われてるんだけどね。でもねー、その分周りの空気とかには敏感なんだ」


 ──成程。誤魔化す意味はないか、これ。

 ここ最近、ヴィアナ王女の周りをわたくしたちは嗅ぎ回っていた。エイリルが叔父さんから借りた部下たちに関しては、叔父さんに言い訳した通りの受け取り方をしてもらえたと仮定しても、グラスノウの独自調査に、そもそも彼女の周囲がきな臭かったということは、私たち以外にも探っていた者がいるだろう。

 それら全てに勘付いていたのなら、自分の周りを取り巻く陰謀や計画に気づいていてもおかしくない。


 ならば、暗殺のことを明かすべきか?

 いいや。さすがに本人が知ってしまうと、向こうが実行を取りやめる可能性が高すぎる。


「まあ、別の目的があることは否定しないわ」


「でも、教えてくれないんだね」


「残念ながら。ヴィー殿下本人に伝えることで、起こりうる不確定要素が多すぎるのよね」


 エイリルは黙っている。まあ私、彼女にも黙っていること割とあるしな。感情的にはワンチャン王女側が近いかもしれん。


「ん、そっか」


 思いの外あっさりした返事の後、ヴィアナ殿下はぱしゃ、とお湯を肩にかけた。

 彼女の表情は立ち上る湯気で見えない。私は絶対に裏切らないと宣言したけれど、それを信じてもらえているかはわからない。信じてくれていると、信じるしかないのだ。


「じゃー、私はどうしてればいい?」


「いつも通り、元気な王女殿下でいてくれれば、それで十分よ。怖い思いをするかもしれないけれど……私たちが、守るから」


 今度は口をお湯につけてぶくぶくやったかと思うと、急にこちらへ飛びついてきた。全く、忙しない人だ。

 右腕に触れる肌が、温泉効果もあってめちゃめちゃ滑滑で気持ちいい。


「あっ……」


「りょーかい。お姫様の私は、全力で守られることにするよ」


「そうしてちょうだい。王女様」


 安心してもらいたくて、精一杯微笑んで見せれば、彼女はさらに密着度合いを上げてきた。な、なんか背徳感。

 すると、細波のように静かに移動してきたもう一人の友人が、負けじと空いた左腕を包んでくる。うおおお、この感触、もはや凶器だろ。


「ベ、ベル……」


「なあに、エイリー」


 彼女の告白を断って以来、なんとなく開けていた距離を、急激に縮められて、少しドギマギしてしまう。

 蕩けるような甘い声。こちらを見上げる瞳は潤んでいるし、我が親友の破壊的しぐさは、男だったら鼻血の出し過ぎで失血死一直線だっただろうな。


「あ、あなたのお姫様は……その、私、ですわよね……?」


 なにこの可愛い生き物ーーー!?え、好き。かわいい。

 あれだよな、私がエイリルの派閥の右腕として、主たる彼女を姫、と表現したから、今ヴィアナ王女をお姫様扱いしてるところを見て妬けたんだよね?そうだよな?

 かわよ。うちの公爵令嬢が世界一可愛いことは古事記にも載ってる。間違いない。


 今すぐぎゅーってしてあげたい(下心なし)んだが、残念ながら右腕が件の王女に占拠されているので厳しい。

 その代わりに、たわわな果実に挟まれていた左腕をなんとか引き抜いて、頬に這わせた。

 キスはしてあげられない。私たちは恋人ではないから。でも、最大限の信頼と友愛が伝わるよう祈りながら、額をこつん、と合わせる。


「大丈夫。あなたが一番よ」


「うう……ベルは、ずるいですわね……」


「君たちは仲良しで羨ましいなー。私も混ぜてくれないと寂しいぞー?」


 右腕にかかる力が増し、対抗するように左腕は再びエイリルの元へ。

 りょ、両手に花はとても嬉しいんだが。嬉しいんだが!タイプの違う二人の美少女を前に、友情と使命感以上の気持ちが全くもたげてこない。泣きそう。


 まあでも、そうだな。

 美少女に生まれ変わって、女の子同士でイチャイチャしたりキャッキャウフフしたい。ずっと抱いていた夢は、願望は、今この時をもって叶ったと言って差し支えないだろうよ。

 温泉大好き!露天風呂サイコー!!


「ヴィー殿下、ベルの腕を強く掴みすぎですわ」


「えー?エイリルこそ、そーんなおっきいもので挟んだら、キンベリーが苦しいんじゃない?」


「そんなことありませんわ。ベルは私の胸が大好きなんですのよ?」


「エイリー、語弊」


「ほら!」


「ちょ、すごく心地よい感覚だけど無理やり揉ませないで!?」


「うーん、持ってるものじゃ敵わないからなー……そうだ。えいっ!」


「ヴィー王女、く、くすぐった……んっ」


「ほれほれ〜。ここがいいんじゃろ〜?」


「ふ、んん……ただくすぐったいだけよ……んぁ……っ」


「殿下!?!?どこを触っていらっしゃるの!?」


「どこって、ねえ?エイリルも触ってあげたら?」


 やめろおまえら!!!!

 私の体は!!おもちゃじゃない!!

 ちょっと気持ちよくなりかけてたけど!!やめて!!


「……出るわよ。のぼせそう」


 これ以上は色々まずい。二人に邪な感情は抱いていないけれど、度重なる自己開発活動によって敏感になった私の体は、くすぐりやいたずらボディータッチにめちゃめちゃ弱いのだ。


「む、残念だなー」


「ま、待ってくださいまし」


 私は振り返らない女。

 そそくさと浴槽から上がり、いつの間にか脱衣所で待ち構えていたサマナに、どでかいタオルで全身を包まれた。


 ──今度は一人でゆっくり入りてえな、風呂。

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