やっぱりお風呂が好き(1)

 王都北に広がる貴族の邸宅と庭園。背の高い建物によって、雑多な平民街が全く見えないその中にあって、離宮は一際大きく存在感を示していた。

 壁の色は他と同じ白亜。しかし、柱には蔦が絡まり、植物と同居している。これは意図的だろう。

 庭園は華美であるというよりは、静寂と幽玄を感じる。どこか日本庭園的な空気というか、実際デザイナーは参考にしたんだろうなあ、などと考えてしまうのはこの世界を軽視していると言えるだろうか?


「ようこそ離宮へ!二人を歓迎するよ」


 サマナと二人で馬車を降りると、示し合わせたかのようにエイリルのすぐ後だった。

 門を潜ってすぐ、ヴィアナ王女直々の出迎えがある。広い庭園ゆえ、屋敷から門まで歩くのも大変だろうが、快活な彼女らしいことだ。


「使用人のみんなは先にどうぞ。うちのメイドの案内に従ってね。キンベリーとエイリルはこっち。せっかく離宮に来たんだから、池は絶対見てもらわないと!」


 サマナやエイリルの侍女と別れ、三人で庭園を巡る。バカ広いので、ピクニックにでも来た気分だな。さすが王族専用静養施設。


「昔から、王族が病にかかったり、過労で倒れたりしたら、この離宮で体を休めるって決まってるんだ。今の王家にはそういう人はいないから、使ってなかったんだけど……こんなに広くていいところを放っておくなんて、もったいないでしょ?」


「確かにそうね。さしずめ今は、ヴィー王女のお城ってところかしら?」


「そんな感じー。あ、でも私物化してると思われたら怒られちゃうから、秘密にしてね」


 淀みなく庭を案内する王女、それに従いながらぽつぽつ感想を言うわたくし、恐縮しっぱなしのエイリル。奇妙な一行は、やがて木造の建物へと辿り着いた。


「さ、上がって上がって」


「屋敷の建物じゃないわよね?ここを使って生活しているの?」


「ううん。ここはねー……お風呂なのさ!」


 ガラガラ、と殿下が扉を開けると、中はサロンのような作りになっていた。

 ゆったりした空間に、大きめのテーブルとゆったりした椅子。精緻な調度品に花が生けられている。普通のサロンと異なるのは、敷物がゴザ風なところ、並んでいるのが籐椅子なところ、そして奥の扉から湯気が入ってきているところだ。


 なるほど、銭湯の脱衣スペース超豪華版ってことね。

 使用人の姿が見えないけど、ヴィアナ殿下、一人でお風呂入れる系王女なんかな。エイリルといい、奇特だねー。私が言えたことじゃないが。


「まずはここで一週間の疲れを癒してよ。着替えの手伝いが必要だったら人を呼ぶけど?」


「不要ね」


「私も、一通り身の回りのことはできますわ」


「それじゃ、レッツ温泉だー!」


 脱いだ服を入れるかごまでちょっと豪華なの、さすが離宮だな。普通、服は使用人が脱いだ側から持っていくものだから、使わないだろうに。

 私は慣れた手つきでデイドレスを脱いでいく。イブニングドレスほどかしこまってないそれは、ちょっと脱ぎにくいワンピースみたいなものなので、練習したらすぐに一人で脱げるようになった。これがコルセットを締めているとか、レースがふんだんにあしらわれているとかだと、さすがにサマナの手助けが欲しくなる。


 ホストであるヴィアナ王女は、最初からチュニックのようなカジュアルな服装で、今見れば風呂に入る気満々であったことが知れる。制服よりも脱ぐのが簡単そうだ。

 エイリルは私と同じデイドレスだが、一通りできるとは言っても慣れているわけではないのだろう。背中のボタンに苦戦している。


「エイリー、手伝ってあげましょうか?」


「ん……もう少し、もう少し待ってくださいまし」


 美少女の脱衣シーン、ガン見してるけど合法です。

 いやー、性的興奮じゃなくて微笑ましさを感じるあたり今の私って感じ。ちょっとくらい湧け、下心。


「できましたわ!」


 純白の下着姿でやりきった、という顔をするエイリル。かわいい。そしておっぱいがデカすぎる。

 ブリギートの砦の共用浴場は兵士向けなので、彼女と一緒に入浴をするのは初めてだ。つまり、ナマでアレを目にするのも初めて、というわけだ。


「あっ、私としたことが……もう、あまり見ないでくださいまし、ベル」


「減るもんじゃないんだからいいじゃない」


 ちなみに私の下着は青地に白レース、王女殿下は大人っぽく紫のそれだった。

 ヴィアナ王女のお体の成長具合はといえば、全体的に引き締まっていて、アスリートのような印象を受けた。彫刻じみた美しさっていうの?あ、おっぱいのサイズは勝ちました。ふっ。


 体を守る最後の布を取り払い、私たちはタオルを手に浴場へと向かう。

 果たしてその造りは、前世で見た露天風呂と、結構似通っていた。入り口右手には洗い場があり、まさかのシャワーはお湯出しっぱだ。庭園を臨む浴槽は、大理石と木枠でできており、張られたお湯は軽く濁っている。

 もちろん、お金はかかってそうなのだが、やっぱりどこかワビサビ的なところを意識しているようで、元日本人としては非常に落ち着く空間である。


「それじゃ、まずは体を洗ってねー」


 鏡を前に、改めて見る自分の身体。転生してすぐの頃はすごくドキドキしたものだが、今はまあ慣れたものだ。

 一年間で胸はちょっと成長し、お菓子の食べ過ぎかもしれないが、お尻の肉つきもよくなった気がする。しかし、日頃の努力の甲斐あってか、全体的な肉体のバランスは欠いておらず、お腹のくびれや細い脚はむしろ目立つようになったと思う。

 自分光源氏計画の成果は上場だ。問題はこの身体には興奮しないことだけ(致命的)。


 長い金髪を軽くシャワーで流し、毛先を洗っていく。ぶっちゃけ治癒魔法がある限り、風呂に入らなくても老廃物とかはなんとかなるのだが、サマナがうるさいので自分でも髪は丁寧に洗える。

 寮にもあるシャワー。電気がないのにどうやってお湯を出してるんだ?と思っていたが、建物全体で一括管理しているらしい、魔法で。なんでもありかよ。

 男だった頃は、女の子って自分の身体を洗いながら感じたり興奮したりしないのかな、としょーもないことを考えていたものだが、冷静に考えて風呂に入るたびにいちいち敏感になったら疲れが取れないだろ。というわけで泡を立てる私の心は無だ。


「キンベリー、背中洗ってあげよっか?」


「お構いなく。私にはエイリーを隅々まで綺麗にするという外せないミッションがあるから」


「ベ、ベル!?」


 隣を見れば、おっかなびっくり髪を洗う親友の姿。公爵令嬢は普通誰かに洗ってもらうもんだからな。それが私でもいいよね!


「失礼するわよ」


「ひゃんっ!?」


 おい、やましいところ触ってないんだから悩ましい声を出すな!

 サマナ直伝の頭皮マッサージのコーナーだよ。ほんのり治癒魔法使うから、テクニックで本家に劣っていても、効果は折り紙付きだぜ。


「んっ、んっ……はぁ……」


「痛かったら言ってちょうだい」


「すごく……気持ちいですわ。んんっ」


「……キンベリー、なんか」


「ヴィー王女も後でやってあげてもいいわよ」


「え、遠慮しとくよ」


 そのあと背中を洗って、前を洗おうとしたら赤い顔で断られて、お返しにと背中を流されたあとに抱きつかれて感触が、感触が!!


 とにかく極楽だった。またエイリルと洗いっこしたいです。

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