こいつが犯人ってことにならねえ?

 週末はあっと言う間にやってくる。

 軽く荷物をまとめたり、サマナと作るお菓子を相談したり、グラスノウと連絡をとっているうちに、平日は終わっていた。

 エイリルには、叔父さんの部下をある程度グラスノウの下に置いてくれるようお願いしておいた。複雑そうな顔はされたけど、受けてもらえたのでよかったよ、マジで。


「キンベリー・ブリギート辺境伯令嬢」


 明日を楽しみにしつつ、寮へ帰ろうとしていたわたくしに、誰かが声をかけてきた。

 エイリルは情報収集の進捗確認のため、先に教室を去っていたため、今はサマナと二人。侯爵格の人間が私に話しかけるには、確かに絶好の機会だなア?


「ええと、どなただったかしら?」


「失礼。自分はケイル・デロンゾという。君の領地から数日のところにある、デロザニアの領主、デロンゾ侯爵家に連なる者さ。幼い頃に顔を合わせたはずだが……覚えてもらえていなかったかな?」


 覚えてたけど知らんぷりしただけです。学園に入ってから声をかけられたの初めてだったので。

 ケイルという男は、一言でいえばキザだった。

 ツーブロっぽい感じの金髪に、濃い青の瞳。顔立ちは整っているのだが、どことなくイヤミな雰囲気があるのは、制服に施された華美な装飾のせいだろうか?

 デロザニアはブリギート辺境伯領都から一番近い都会で、王都に社交に出ていない私が、唯一貴族令嬢・令息と交流を持った場でもある。


 そういうわけでケイルくんにも会ったことはあるけれど、昔はもうちょっと、純朴な少年だった気がするんだけどなあ。


「ご存知のようだけれど、キンベリー・ブリギート辺境伯令嬢よ」


 私の名乗りを聞いて、片眉を露骨に吊り上げるキザ男。

 侯爵と辺境伯では、侯爵の方が若干序列が高い。そもそも、辺境伯は国境を守っているために侯爵クラスの扱いを受けている伯爵、という爵位なので、同格ではないわけだ。

 不機嫌ですよアピールは、私の口調のせいだな。直さないけどね。ガハハ。


「……貴殿は最近、マナリア公爵令嬢に加えて、ヴィアナ王女殿下とも親交があるようだね」


「そうね。友人として、仲良くさせてもらっているわ」


「一方で、あのいけ好かない平民にもご執心だ」


 十中八九グラスノウだな。ケイルくんはあいつにも絡んだようだが、どんな撃退方法を選べば、このキザ男に嫌な顔でいけ好かない、などと言わせられるんだか。

 ご執心、という言い方には当然物申したいが、まあ惚れてるしな。仲良くしてる程度に捉えておこう。


「それで?デロンゾ侯爵令息は何を言いたいのかしら」


「困るんだよ。君が好き放題に振る舞われると、うちの品位まで疑われるんだ」


 は?

 キッショ。何言ってんだこいつ。

 やべ、お嬢様フェイスお嬢様フェイス。いや確かにおまえのところとうちは領地近いよ?家同士の付き合いもそこそこある。けどさあ、うちはおまえのところの派閥じゃないし、おまえの付属物じゃないが?


「君は将来、俺の伴侶になるのだ。マナリア公爵家のような有力者はともかく、薄汚い平民や、無能王女と付き合うのはやめてくれたまえ」


「は?私がいつおまえと婚約したの?」


 やべ、声に出た。

 でも我慢できなかったんだわ。私、そもそも男と結婚したくないのに、こいつみたいなイヤミなやつとなんて死んでも無理よ。

 ていうか無能王女ってヴィアナ殿下のことだよな。あー、あの人魔法使えないんだっけ。そんなものがない世界から来た身からすると些事だけど、そこらへんも暗殺が黙認される理由なんかな。

 ケイルくん、さすがにびっくりしたみたいだな。徐々に顔が赤くなってる。


「なっ、き、君は俺を侮辱しているのか!?」


「それはおまえの方でしょう?レディに向かって、正式に婚約を申し込んでもいないのに婚約者面とか、無礼にも程があるわよ気持ち悪い」


「ブリギートのようなド田舎は、我がデロンゾ家に導かれるのが当然だろう!娘の君が、跡取りの俺に嫁ぐのは当然のはずだ!」


「馬鹿言わないで。おまえの妻なんて死んでも御免よ」


 あーあーあー、まだ帰ってなかったクラスメイトたちの注目が集まってきてる。

 めんどくさいなあ。グラスノウと交友がある限り、貴族主義のやつらと一波乱あるだろうとは思ってたけど、このタイミングかよ。これで王女暗殺に関わってきやがったら事態がややこしくなるんだが。


「君は……俺より、あの平民を選ぶのか」


「そうも言ってないわ。貴族令嬢として、平民と結婚できないことくらい理解してるもの」


 ん、この言い方、身分差がなければあいつと結婚したいみたいだな。

 そんなことな、くはないのか?わからん。体はあいつを求めてるけど心は拒否ってるからなあ。


「貴様……っ!」


 本性現したね。

 激昂し、私に手をあげようとしたケイル。その間に割って入る者が一人。それは、これまで話題に上がっていながら、介入を避けていた男だった。


「はいはいそこまでー。僕のために争わないでよ」


「話聞いてたかしら?誰がおまえのために争ったのよ」


「平民……!!」


 ていうかエイリルが暗殺阻止のために情報集めてるんだからおまえもそっちいけよ。割り込まれなかったら頭頂部だけ綺麗に燃やしてやろうと思ってたのに。


「デロンゾ侯爵令息殿。先日も申した通り、僕は剣の腕を買われてブリギート辺境伯に、学園受験への推薦をいただいたんです。キンベリー嬢とは関係ありませんよ」


「平民風情が、少し剣を上手く振れたくらいで辺境伯の目に留まるものか!貴様はどうせ、キンベリーの……」


 ギリギリギリ、グラスノウが掴んだ腕を締め上げる。骨が軋む音が聞こえるとか、大丈夫かな?どうでもいいけど。


「試してみます?僕の剣の腕がどのくらいなのか」


「ぐ、うううう……離せえ……!」


「こいつが私のなのかしら?詳しく聞かせてくれる?ケイル・デロンゾ侯爵令息」


 何言おうとしたかはだいたい想像つくけどよオ。うら若き美少女捕まえて、随分と不躾なんじゃねーの?こちとら正真正銘の生娘だぞ。


「くっ、タダで済むと思うな、貴様ら!」


 手を離されたケイルは、脱兎の如く教室から出ていった。

 はっ、最後までモブ悪役しぐさが板についてて笑えるよ。たぶん私、目が全然笑ってねーけど。


「キンベリー様」


「なによ」


「僕のこと、好きなんですか?」


 は????????????????????????????

 おまえ、お、おまえ、おまえ!!おまえ!?!?!?

 私はこれにどう答えろというのだ???べ、べつにおまえのことなんか好きじゃない?ツンデレ路線を行くつもりはない!じゃあ普通に肯定する?キモすぎるだろこちとら中身三十路サラリーマンだぞ舐めんな。向こう中身JKだし!

 ふざけるな。ふざけんな!!明日は新月だぞ。今集中すべきはヴィー王女のこと!私の頭をかき乱すなあああああああああ!!!!


「……どうかしらね」


「あははっ、百面相」


「燃やすわよ」


「あ、それ煉獄ちゃんっぽい。僕は好きなのにな」


 はー、はー、はー、落ち着け。こいつは私と同じ顔をした美少女を推してるだけ。それだけね。

 ぱしん、と頬を張って、軽く睨んだ。


「……私は明日、殿下のところに泊まるけど。そっちはどうなのよ」


「問題は起きてませんよ。実際勝てるかの確証はないですけど、仕掛けはほぼ完成してます」


「さっきのあいつ、向こうの計画に噛んでるとかないでしょうね」


「んー、原作だとケイルは途中まで意地悪キャラだけど、煉獄ちゃんの闇堕ちを知って追いかけるんだよね。だから今の段階では、敵方じゃないはずですけど」


「あっそ。まあ、敵だったら燃やすからそれはそれでいいけどね」


 大義名分があれば容赦しない程度に、私はあの男に嫌悪感を抱いているらしかった。こいつが暗殺犯なら楽なんだけどな(根回しが楽じゃない)。

 しかし、原作では敵方に堕ちた私を追っかけてくるのか。なにがそこまでさせるのかねえ。


 さ、気を取り直してお泊まり会だ。暗殺云々はともかく、美少女とキャッキャウフフのチャンスは楽しみでしかない。


「あなたはあなたが思っている以上に、身の回りの人を惹きつけているんですよ」


「その言葉、そっくり返すわよ、主人公」

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