暗殺阻止のために

 授業開始時刻が迫ってきたため、わたくしたちは密談を切り上げた。

 危急の要件ではあるし、一コマくらいサボっても問題はないのだが、私がヴィアナ王女の傷を治したことで、事態がどう動くか全く読めなくなってしまったため、いくつか計画を共有してすぐに動くことを優先したのだ。


「暗殺……それは確かなお話ですの?」


「与太話と片付けるのは難しい、ってところね。杞憂であるならばそれに越したことはないけれど、警戒はしておきたいの」


 教室の一番後ろの席に陣取った私は、板書を取りながらエイリルと話していた。

 他の生徒には聞かせられない話だが、この二週間、私がわらわらとついてくる生徒ムシたちを睨みっぱなしだったので、今は少し距離を置かれている。授業中ということもあって、声量を落とせば聞かれる心配はない。

 エイリルとはあの夜以降、少し気まずい間柄だったが、新月まで一週間を切り、そうも言っていられない状況だ。


「叔父上からお借りした方々の調べで、王女殿下の周りでなにやら不穏な動きがあることは、私も把握しておりましたわ。けれど、そのような……」


「ヴィー王女は権力争いからは遠いところにいるものね。私も最初は動機がないと思って信じてなかったわ」


「その口ぶりでは、殿下を暗殺する動機が判明しているように聞こえますわ」


「…………」


 自分の口からは言えないからと、言葉を切る。卑怯だけど、こうするしかない。

 あの傷が竜の噛み痕とやらであることを知っているのは、グラスノウがゲームをプレイしていたからだ。やっていなかった私が不確かな情報を口にすべきではないし、言ったところで出所を問われれば黙るしかない。今でも十分怪しい彼に、決定的な疑いが向かないように。


 けれど、エイリルなら辿り着くという期待もある。今まで私が彼女に伝えてきた情報、彼女自身で調べた情報、それらはきっともう、つながり始めているはずだから。

 だって、私の親友は可愛くて賢い、最強令嬢だし。


「……わかりましたわ。部下たちの配置をそれとなく変えて、王女殿下に何かあった際にすぐに駆けつけられる体制を整えておきます」


「ありがとう」


「私の調べた情報も共有いたしますわ。まず、殿下の側仕えに人員の出入りはなし。最も親交の浅い料理人のノーマンさんでも、三年以上のお付き合いがあるそうです」


 原作ゲーオタクを爆発させて、暗殺犯の名前を聞いているのにドラスノの背景から話し始めるグラスノウから、私はなんとか下手人を聞き出している。なので、その情報は古いまである。


「続いて、ベルの治療した傷についてなのですが……」


「何かわかったの?」


「当時の状況を記した調書が見つかりましたので、それをもとに聞き込みを行いましたの。ですので、件の傷ができた経緯はわかりましたわ。けれど、原因についてはわからず……これは叔父上の部下の能力不足ではなく、当時から不明だったようなんですわ」


「ただの怪我ではないわけね」


「はい。なんでも、幼き殿下の入浴の折に発見されたそうなのですが、前日、野外より戻られた際にはなかったらしいのです」


「ヴィー王女は傷を庇って姿勢を崩していたわ。幼児の頃なら、痛みで泣きださなかったの?」


「殿下に直接伺ったわけではないのですけれど、最初は全く痛みを感じなかったのに、年々痛むことが増えていって、ベルに治療される前などは、日がな一日痛みが取れなかったようなのですわ」


「……参考になったわ。ありがとう」


 この世界についてわかっていないことはたくさんあるけれど、ジャパニーズファンタジー知識的に推測すれば、呪いとかそっち系なんだろう。

 傷を治すだけの治癒魔法で、呪術的なあれそれを本当になんとかできたのかはわからないけど、王女はすっかり痛みがなくなって、姿勢もまっすぐだからなあ。治癒魔法、壊れてる。


「それで、当面はどう対策するのですか?」


「週末、王女殿下の部屋に泊めてもらおうかと思ってるわ」


「……本気ですの?」


「うん。エイリーも一緒にどう?」


 新月の日は学園が休み。普通にしているとヴィー王女を近くで守ることができない。学生寮は学年ごとなので、建物も違うし。

 そこで、今からお泊まりの提案に行こうと思っていたのだ。間取りが私の部屋と同じならば、二人や三人で泊まっても余裕があるので。

 私たちが近くにいるからと仕掛けてこなかった場合は、骨折り損な上にいつまで警戒すればいいかわからない状況が待っているが、わざわざ新月を選んでくるあたり、なにかしらはあるんだろう。そう信じてる(逃避)。


 私の提案を受けたエイリルは、目を白黒させたかと思うと、少し思案し始めた。

 え、そんなに悩むことかな。悩むことだったわ。相手、王族。


「ベルが行くならば、私も泊めていただくことにいたしますわ」


「ありがとう、心強いわ。それじゃ、早速ヴィー王女のところに話を通しに行くわよ」


 ちょうど授業終わりのチャイム(日本風で笑える)が鳴り、私はいの一番に席を立つ。

 まだ戸惑う親友の手を引いて、いざ、二年教室へ!



 一年の教室がある棟から離れ、二年生の学舎へと移動する。といっても、雰囲気は全然変わらないな。休み時間特有のちょっと浮ついた空気がここにも流れている。


「こんにちは。ヴィアナ王女殿下の教室はこちら?」


「君は……」


「キンベリー・ブリギート辺境伯令嬢と申します」


 まあ、彼女の教室の場所は知っていたが、一年が先輩の教室にずかずか上がって行くのも印象が悪かろう。廊下の近くにいた男子生徒を捕まえて、私は王女への取り次ぎを頼んだ。


「や、キンベリーにエイリル。君たちから私のところに来てくれるなんて、どうしたの?」


 やがて現れた目的の人物は、相変わらず快活な笑みで私たちを迎えた。表面上、変わりはないようでなによりだ。


「ヴィー殿下。今週末の予定は空いているかしら?」


「うん?特に公務はないけど、どうしたの?」


「お菓子のことで相談兼実践がしたいの。殿下に不都合がなかったら、週末、寮の部屋でお泊まり会をさせてくれない?」


 王女と知り合って二週間ちょっと。まあまあ仲良くなったとは思うが、この提案が受理されるかどうかは不明だ。

 断られたら、影から暗殺を防がなきゃいけなくなって面倒なんだが、まあそん時はそん時って感じで。


 私の言葉を受けて、彼女は面食らったように見えたが、すぐに満面の笑みになった。


「ええー?どういう風の吹き回しかな?私のアピールをあんなにすげなくあしらったキンベリーが、私の部屋に泊まりたい、だなんて」


「言ったでしょ?お菓子のためだって。私の至上目的はね、甘味とおしゃれなの」


「じゃあ、あのパーティーの日に私を振ったのに手のひらを返して踊ったのも、至上目的のため?」


「そうよ」


 こういう時は全く悪びれもせず、堂々と言い切るのがコツだ。なんの?説得のね。

 思惑通り、私の返しの何が面白かったのか、ヴィー王女は呵呵大笑し始めた。だいじょうぶそ?クラスメイト見てるけど。


「あははははっ!君はわかりやすくて本当にいいねえ。で、エイリルは彼女の付き合い?」


「恐れ多いとは思ったのですけれど、ベルを一人で行かせる方が、何が起こるかわからなくて怖いという判断ですわ」


「私、信用なさすぎじゃない?」


「気のせいですわ」


 マイベストフレンドがつめたくてつらい。でも、美少女にぞんざいに扱われるのはご褒美なので、問題ないです。


「ふふ、仲良しだねえ。妬けちゃうよ」


「別に、私は殿下とも仲良くなりたいと思ってるわよ」


「そりゃ光栄だ。……こほん、申し出、ありがたく受け取るね。でも、寮の部屋には招待できない」


 ほう?好感触だと思ったんだが、目論見が外れたか。

 となると私もグラスノウと同じく、裏方に回ることになるんだが──。


「なぜなら、私は週末、離宮に帰るから!」


「王都北の離宮でございますか?」


「うんうん。あそこの温泉は格別でねー。というわけで、お泊まり会がしたいなら、離宮に来ること!」


「いいわよ」


「ベル!?」


 離宮といえば、王族の別荘みたいなものか。閉鎖空間だし、犯行にはもってこいだな。


「よく考えてくださいまし。離宮は、王家の方々が静養に使われる施設。臣下が気軽に入っていい場所ではないのですわよ?」


「友達の家に遊びに行くだけよ。ヴィー殿下がいいって言ってくれてるんだから、気にする方が嫌味じゃない?」


 言外に、エイリル自身が過剰に敬われることを疎んでいることを告げる。まあ別に、作戦に彼女は必須じゃないが、お泊まり会は楽しい方がいい。


「君も来てくれたら、私も嬉しいな。ノーマンや私のメイドたちも連れて行く予定だし、お菓子作りの環境としては完璧だよ」


「うう……わかりましたわ……」


 そういうわけで、今週末は離宮でお泊まり会に決定だ。

 防ぐ自信があるので、暗殺が決行されることを願うとかいう意味わからん心境になってるが、王女の命は絶対に守る。

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