キンベリーの在り方

 エイリルと一緒にヴィアナ王女に昼食に招かれてから、二週間。履修登録やオリエンテーションが終わり、学園は本格的に授業を始動している。

 キンベリーの地頭の良さは相変わらずだが、それに胡座をかいていると、そのうち自由な生き方を制限されることは、前世会社員にはよくわかっていたため、予習復習は欠かしていない。今のところ勉強は大丈夫そうだ。


 王女周りに異変はない。三日に一度くらいのペースで、一緒にご飯を食べたり(わたくしがノーマンに主張して、ちゃんとしたお昼ご飯を出してもらっている)、お茶会をしたりしているため、変わったことがあればすぐにわかると思う。


 エイリルに対しては、私が一方的に気まずくなっていたけれど、ニーベルン殿との交渉が上手くいって、調査の進捗を共有しなければいけないので、普通に会話はできている。

 今のところ王女を狙う勢力も動機も見つからないんだけども。


「で、痺れを切らして僕に協力を求めに来たってこと」


「悪い?」


「いやー?推しに頼られるのは幸せですよ」


 クラスが一緒でも、私とグラスノウが授業や休み時間で会話をすることは少ない。彼が貴族に絡まれている際は、所属する派閥のナンバーツーとして出張るけれど、基本的にこいつは自分一人で問題を解決できる。具体的にいうとその場はやり過ごして、あとで犯人が特定されないような嫌がらせを仕掛けてる。

 そんな彼でも、何人かの男子生徒とは知り合い以上友人未満くらいの関係を築いているようなので、雑談をするでもないのだ。


 そんな彼をサロンの一角にある個室に呼び出したのは、誰かに見られて噂されるリスクよりも、手詰まりの状況を打開するリターンを取ったからだ。


「王女殿下にそれとなくおまえのことを教えておいたのだけど、嗅ぎ回られていないの?」


「陰湿だなー。一時は尾行されてるかな?と思ったけど、大人しくしてましたから、今は全然」


 アテが外れたか。ヴィアナ王女に、グラスノウがなんか怪しいやつだという情報を掴んでもらえれば、煩わしい視線を掻い潜るために直接知り合って誤解を解くか、私にやめてもらうように頼んでくると思っていたのだが。王女の諜報屋は、なんの変哲もない平民より、月光の聖女なんて大層な名前で呼ばれている辺境伯令嬢を情報筋と考えたらしい。


「……助けて」


「どうして?言いましたよね、あなたを守れないかもしれないから、首を突っ込まないで欲しいって。命より優先するものが王女にあるんですか?」


 そう言われると正直、弱い。

 自分でもなんでこんなに人助けにこだわっているのかわからない部分があるのだ。

 助ける力があるなら、助けたい。救える命があるなら、救いたい。そんなもの当たり前だという自分がいる一方で、それは自身の安全が担保されているからこそだと、冷静に分析できてもいる。

 決して、魔物の群れに単身で突っ込んでまで、誰かを治療する必要なんてないし、勝てない可能性が高い相手を敵に回してまで、誰かを守る必要なんてない。


 私のこの、「誰かを守りたい」という欲求はどこから来ているのだろう。

 貴族だから?この国が好きだから?いいや。元を辿れば、私は階段から落ちかけた妊婦を助けようとして死んだんだ。

 一番やりたいことは、美味しいものと綺麗な服、可愛い女の子に囲まれて自由気ままに暮らすこと。なのに、人助けのために危険に飛び込んで、男に惚れている。

 一貫性がないと言われたら、その通りだ。


「ねえ、あなたは自分の心と体の乖離を感じたことはある?」


「ないよ。私は僕で、僕は私」


 即答か、羨ましいな。

 もしかすると、プレイアブルキャラクターたる主人公だからこそ、なのかもしれない。でも、私は違う。

 ドラスノという、やったこともないゲーム。ゲームの中でのキンベリーは、多くを明かされない中ボスで、悪役令嬢だったと聞いている。

 そんな少女に、おっさんが転生してしまって、齟齬が出ない方がおかしな話だ。


「私はね、自分のやりたいことと、キンベリーがやりたいことが、ぐちゃぐちゃに絡まり合って、わからない時があるの」


「…………」


「王女を助けたいのは、私の偽善で、日本人の道徳観からくる楽観的な人助けへの欲求かもしれない。キンベリー・ブリギートがこの国の貴族として持っている責任、矜持からくる使命感かもしれない。それはね、とっくの昔に混ざり合ってどちらがどちらかわからなくなっているのに、ふとした瞬間に分離して、私を苦しめるの」


 エイリルのこと、グラスノウのこともそう。は、私として生きることを決めた。キンベリー・ブリギートとして、自分が潰してしまったかもしれない、少女の一生に責任を持つと決めた。その時から、二つの心は一つになった。

 なのに、体と心は何度も何度も分裂して、その度に苦しくなる。美少女に転生することが生涯の夢じゃなかったら、逃げ出したくて自死していたかもしれない。


 でも、そんな私でも、確かに一つわかることがある。ぐちゃぐちゃの体と心を繋ぎ止めて、前に進んでいく方法が。


「だからね、考えるのをやめたの。なんで?とか、どうして?とか。やりたいものはやりたいんだ。好きに理由はなくて、体が動いてしまうから」


「全然理由になってないね」


「私もそう思う」


 額に手を当てた彼は、諦めたように笑った。

 月の光のように柔らかいその笑みがあまりにも魅力的で、エイリルには感じなかった胸の高鳴り、体の疼きを感じてまた苦しくなる。

 けど、それも仕方ない。私が私として生きる以上、求める相手はグラスノウなのだから。


「……そんな表情かおもできたんだね、煉獄ちゃん」


「私は月光の聖女よ」


「そうでした」


 ふう、大丈夫。悩みも苦しみも、私の歩みを止めるには弱い。高笑いして踏み越えてやるよ。

 いつの間にか聖女なんて仰々しいあだ名も、しっくり来てる自分がいる、我聖女ぞ?


「助けたいと思ったから、助けるの。グラスノウ、おまえの力と知識が必要なのよ」


「了解。やってもないのに勝負を捨てるなんて、ドラスノプレイヤーとしてあるまじき態度だったって反省してる」


「ここが現実リアルってことは忘れないでね。死んだらぶっ殺すわ」


「っはは!それ、言ってみたかったセリフでしょ!」


 図星だが!!

 仲直りの握手だ。恋焦がれる男とではなく、対等な同胞しょうじょとの。


「じゃあ、早速だけど聞きたいことが二つあるわ」


「ものによっては説明が長くなるんで、覚悟してくださいよ」


「承知の上よ。一つ目は、暗殺の実行現場と日時」


「ゲームでは一週間後の新月、寮の部屋で遺体が見つかるよ。でも、僕らが世界を変えて回ってるから、どうズレるかはわからない」


 危ない、ギリだったな。これ以上彼の協力を取り付けるのが遅れていたら、何もできないうちにヴィアナ王女が殺されてたかもしれん。


「二つ目はもちろん下手人、と言いたいところなんだけど、説明が長くなるでしょ?」


「そうだね。ドラスノのバックストーリーから共通メインのエンディングまで話さないといけないかも」


 聞いた方がいいけど、それはちょっと後回しだ。原作知識を知り過ぎたくないのもあるが、単純に時間がない。


「じゃあ質問は別にする。ヴィー殿下の右脚、太ももから膝にかけて走ってた古傷は、暗殺と関係ある?」


 私がそれを問うと、グラスノウは長いまつ毛の生えた形のいい瞳を、大きく見開いた。

 え、ビンゴかな。なんか核心に迫るネタバレ的な、そういう感じだった?


「それはだよ。王女が殺される原因の、そのまたきっかけ」


「……治しちゃったんだけど」


「え?」


「その傷、この間の入学祝いパーティーで、治癒魔法使って治しちゃったのよ」


「ええ……マジで言ってるんですか?完璧に?」


「ええ。私の魔法に仕損じはないわ」


 彼は天井を見上げた。

 えっとー、これ、不味いんですかね???

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