輝きの王都
ブリギート辺境伯領都より、馬車で一ヶ月あまり。
公爵令嬢と辺境伯令嬢が乗る馬車とあって、乗り心地は他の馬車と比べれば格段に良かったが、一ヶ月もその中ではエコノミークラス症候群まっしぐらだ。護衛と一緒に歩くグラスノウに倣って、たまに徒歩も交えつつ、気長な旅であった。
「これはまあずいぶんと……壮観な眺めね」
王都は、緩やかな斜面を描くすり鉢状の地形の中にあった。中央、幼い頃に一度だけ行ったような気がする王城と、それを囲う城壁。その周囲は区画整備がされているようだが、私たちがいる場所に程近い外縁部は、雑多で無秩序な街並みが広がっている。
すでに家屋は斜面から周囲の平原へ伸び始めており、王国の安寧が続く限り、この街はすり鉢を出て広がり続けることだろう。
美しい、という形容は似合わない。感じるのは、逞しさ、そして活気。
いつか魔物に襲われるかもしれない、という想定に則り、頑丈で堅固に造られたブリギート辺境伯領都で育った身からすると、華美で繊細な街より好感が持てる。
それに、このごみごみとした煩雑な街並みは──。
「画面の中よりずっと大きく見えるなあ……ちょっと、東京に似てるかも」
呑気に独り言を呟くグラスノウを小突くが、まあ概ね私の印象も同じだ。ゲームはプレイしてないから、差はわかんねえけど。
「ベル、まずはマナリア公爵家の王都別邸に向かう予定ですが、よろしいかしら?」
「ええ。旅程はあなたに任せてあるもの。異存はないわ」
街道を進めば、道沿いはあっという間に街の中だ。
馬車や人が行き交い、露天商が店を並べる大通り。王城まで繋がる、王都北のメインストリートってとこだろう。うーん、異国情緒。
すり鉢の内側へ進むほど、道を挟む建物は高層化していく。柱に麻布をかけただけのテントのようなものから、木を組んだ民家に変わり、煉瓦造りの建物へと。
土埃を立てていた馬車は、今はガラガラと石の上を走っている時特有の硬質な音を立てているし、心なしか道ゆく人の服装も立派な気がしてくる。
王都に入って一時間あまり。立ち並ぶ家の敷地にでかい庭が付属し始めたあたりで、私たちを乗せた馬車は横道へと入った。
訂正しよう、私、こういう華美な街並みもそれはそれで好き。
なんというか、圧倒される。
壁も柱も、汚れを一切気づかせぬほどの純白。いくつも取り付けられた窓は、この世界では高級品に部類される薄いガラスが貼られている。
庭はさっきまで見てきた民家が十軒は余裕で入るくらいにはでかい。隅々まで手入れが行き届いている様子で、季節の花が色とりどりに目を楽しませてくれる。
観光地みたいなもんだな。住みたいとは思わんかも。
「ようこそ、ベル。ここが、マナリア公爵家の王都別邸ですわ」
エイリルに示されるまま、車窓を見れば、一際広い庭園がそこにはあった。
噴水に彫刻はもちろん、遠目に薔薇のアーチなんかも見える。それらを囲う柵にまで細かい意匠が凝られており、贅が尽くされていることはすぐにわかる。
やがて視界に入ってきた邸宅は、まさに宮殿といった趣で、純白の館に加えて、尖塔やらドームやら、とにかく『家』というものにはおおよそ考えられない建物までくっついていた。
しかも、それらが全然、イヤミじゃないのだ。溶け合ってるっていうか、調和してる?みたいな。
権力と金、ですかねえ……。
「圧倒されたわ。ここが王族の住まう場所だと言われても、信じてしまうくらい」
「うふふ、それはどうもありがとうございますわ」
まあ公爵って言えば王族の親戚だし、有事の際には王家に養子を出すような家なのだから、当然っちゃ当然だ。
しかし、改めてこれがエイリルの実家、それも別邸とか言われると、気後れしちゃうな。
「お父様はマナリア領都にいらっしゃると聞いています。挨拶などは不要ですので、受験が終わるまで自分の家と思ってお寛ぎくださいませ」
「受験が終わるまでって、結果待ちまで含めたら一ヶ月かかるじゃない。悪いわよ」
「ベルなら一ヶ月でも一年でも、一生いてくれてもいいですわ」
ヤダ奥さん、プロポーズかしら。
ちげえよな。ってかガチだったら断らなきゃいけないし辛いからやめてくれ。
「……まあ、試験中はお世話になるわね。全科目終わったらどこかに宿をとるから」
エイリルは不満そうにジト目だが、私は豪華すぎる邸宅に一ヶ月も泊まったら息が詰まりそうでならないのだ。ここほどの規模ではない実家でも、落ち着く前に砦生活になっちゃったし。
小市民?そうだよ悪いかあ???
「僕はー……」
「ああ、グラスノウさんはどうぞ、使用人の部屋を空けておりますので」
「ありがとうございまっす!」
明らかに私と彼で扱いに差があるエイリルと、全然気にした様子がないグラスノウ。
一ヶ月も共に旅をしていたのだ、遠慮がなくなったと考えるべきだろう、うん。
通された客間は、それはもう広々としていて、仕切りをしたら四人家族でも住めるんじゃね?っていうレベルだった。
調度品はいくらするのか想像もつかないシロモノばかり。ベッドには天蓋がついているし、部屋の中のミニキッチンには公爵家のメイドさんが直立不動で控えている。
これでどうやって寛げばいいんだ……。
「サマナ」
「はい」
「とりあえず、一週間はここでお世話になるから、この部屋の使い方を教わってきて。一通りできるようになったら、あなた以外のメイドは下がってもらいなさい」
「かしこまりました」
サマナとも一年の付き合い。それも、起きている時間のほとんどを共にしているからか、結構私のことを理解してくれている気がする。さすがに中身が変わったことはバレてないと思うが、趣味嗜好が変わったな、くらいは思っているだろう。
私が華美な部屋や、大仰な身の回りの世話を好まないことを察して、何も言わないでくれるのはすごくありがたかった。
いいお嫁さんになるよ、君。
しまった、なんでも察してもらえるからってコミュニケーションを放棄するのは古い価値観だった。
「……さて」
腰掛けた高級ソファは、私の体を柔らかく沈ませつつも、確かな反発感で座り心地を保証してくれる。
すぐさま部屋付きメイドさんが淹れてくれたお茶を、一口いただいて、バカでかい窓から見た景色は、まさに圧巻だった。
さっきすり鉢の外から見た王都を、今度は中から見るとか、そういう話じゃない。
眼前に広がるのは、公爵邸の広すぎる庭園。その先に見える貴族たちの邸宅。
街の外へ向かってゆるやかな坂を形作る王都であるから、理論上円の真ん中に立てば、遠い家屋ほど上に見えて、ビルのような景色になるはずだ。
しかし、そこからは輝かしい王都の姿しか見えなかった。
なるほど、考えたな。上背のある中心部の建物だけが見えて、奥に広がる平民たちが住まう区画は目に入らない。
エイリルが嫌になるわけだ。この屋敷の設計に口を出したやつは、生粋の貴族主義者であることが窺える。平民なんぞ見る価値もないってか?まあ、邸宅の完成から何代進んだかはわからないので、現マナリア公爵がそういう人物かどうかまではわからないが。
とにかく、貴族至上主義の旗頭として担がれてきたことは想像に難くない。
そんな家の娘が、派閥に平民を抱えたと知れたら?
「合格してから、一波乱ありそうね」
ま、とりあえずは試験をパスしないと話になんねえけどな。
めんど……。
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