この一年の振り返り

 さて。さて、だ。

 グラスノウから、この世界がゲームの舞台だったことを聞いたわたくしキンベリーだが。


「本当にいいの?煉獄ちゃんの死因とか、煉獄ちゃんを操ってた存在のこと、聞かなくて」


「必要ないわ。闇堕ちの原因は回避したんでしょう?それなら、IFを聞いても仕方ないもの」


 原作知識を彼から聞き出すことはやめた。

 今の意識が私になってから、一年あまり。好き放題やってきた自覚はあるけど、その結果救えたものがあると知ることができた。

 私にとってはそれで十分だし、これからも好きなことのために生きていったほうが、あれこれ考えて空回りするよりいい気がする。


「OK。じゃあさ、僕が君を守るよ」


「…………は!?」


 おいおいおい何言い出してんだコイツ?鎮まれ私の心臓!顔に必要以上の熱を集めるな!


「中身がおじさんとはいえ、キンベリーが僕の推しであることに変わりはないから。せっかく運命変えられたんだから、もっといろんな表情を、誰よりも近くで見たい」


「お、おじさんだとは言ってないけど!?」


「僕、前世女子高生だよ?」


「おじさんです……」


 話題逸らそうと思ったのに逸せなかったが!あーー、頬が紅潮するのを止められない。女子高生に迫られて赤面するおじさんと考えろ。気持ち悪さでスンってなる作戦で行こう。

 気持ち悪……。


「あ、今の表情は原作の煉獄ちゃんに近いかも。その調子その調子」


 両手の親指と人差し指をくっつけて、写真を撮るかのように私の顔を見ながらウィンクするグラスノウ。

 顔がいい。好き。

 じゃない!おじさんに好かれてもJKは嬉しくないだろ、でもない!この恋は気の迷い気の迷い気の迷い。私は女の子とイチャイチャしたいんだ。

 ──いや待て。前世女の子はセーフか?


「あははっ!百面相だね!うんうん、感情豊かなキンベリー様、僕は大好きだよ」


「だいすっ……!?」


「ダイス?」


 キレそう。キレてる。

 コイツ、コイツううううう!!


「こ、こほん。ふう……そろそろ戻るわよ」


「ん、了解。あんまり二人きりだと、メイドさんや辺境伯閣下に誤解されるしね」


「そうね。……おまえ、いや君」


「おまえでいいよ、キンベリー様」


「発言には気をつけなさい。戦いの最中だったことと、私が同じ日本からの転生者だったからこそ、見逃された節はあるけど、これから学園に通うなら、不用意にゲームとかスキルとか、よくわからないことを口にすると、誰に目をつけられるかわからないわ」


「忠告ありがとう。でも、そうなったら君が守ってくれるんでしょ?」


「……一方的に守られるのは腹立たしいからね」


 どちらからともなく、手を差し出す。

 腹に一物どころか二物三物抱えている私たち。けれど、だからこそ協力できることがたくさんあるはずだ。

 固く握手した瞬間だけは、一目惚れも恋も忘れて、仲間を得られた気がした。



 一年。非常に濃厚だった。

 私に前世の意識が覚醒して、治癒魔法が突然使えるようになった。自領の砦で兵士たちを助けていたら、聖女だなんだと呼ばれるようになってしまった。公爵令嬢が訪ねてきたと思ったら、もろもろあって意気投合して、魔物の大群を退けたらイケメンを好きにな……なりかけ、いや認めるしかないか……。


 とにかく、一年。十五歳を目前とした私は、挑まなければならないものがある。

 それは、王都にある学園に入るための試験。エイリルと共に学科対策は相当がんばったが、受験なんて久々すぎて、緊張する。


「お父様、参りました」


「おお、ベル。よく来たな」


 私が砦に住むようになったことで、執務室にずっと寝泊まりしていたお父様。分厚い体に相変わらずの優しい笑みを浮かべているが、心なしか少し疲れの色が見える。

 まあ無理もないだろう。先日のラッシュは前代未聞の規模、初見の魔物までいた。事後処理、報告なんかに追われているようだ。


「おまえが砦に来てくれてから、もうまもなく一年だな」


「はい」


「本当に、世話になった。ベルがいなければ、どれほどの犠牲が出ていたことか」


「……兵士たちの奮闘の賜物でしょう」


 胸を張って成果を主張してもいいんだが、あの日は独断専行も結構やっちゃったからな。しおらしくしとくに越したことはない。

 王都に行った後まで騎士が四六時中監視!みたいなのは勘弁願いたいからな。私の側付きはサマナだけで十分。


「治癒魔法がこの砦にとってなくてはならないものにならないよう、私たちも気をつけてきたが、今までのやり方ではやはり難しい」


「ポーションは優秀なようですが」


「マナリア公爵の支援は手厚いが、前線を抑え続けるのにはやはり数が足りない。我らが抱える国境線は、この砦だけではない故な」


 私が学園に入学するまでに、治癒魔法に代わる兵士のケア手段を確立するために、お父様は尽力していた。

 薬草の研究から人工栽培への挑戦や、やられる前にやるの精神で新しい兵器の開発などだ。その中でも、エイリルの実家であるマナリア公爵家から質の良いポーションを安値で譲ってもらうというのは、解決策としていい線行ってると思ってたんだが。


「では……私はこれからも変わらず、この砦にいた方がよろしいのでしょうか」


 スイーツから遠のくのは辛いし、今更親友エイリルになんと説明していいのかという問題もあるけれど、別に王都の学園に通うのは必須じゃない。

 そもそも、試験がある時点で全ての貴族子女が通えるわけではないのだ。行くと世間的な評価が上がって、行かないと貴族社会での立場が悪くなるから、どこの家も教育に力を入れているだけで。


 ぶっちゃけ王都に子女が集められるっていうのは、人質的な意味合いもありそうだし、それ相応の教育水準がないと、聡い貴族は子を通わせなくなるだろうが、そこら辺も含めて上手いシステムだよ。

 うちは辺境伯だから、国境防衛のためと言えば、陰口叩かれようがナメられようが跳ね返せるので、学園に通わないという選択肢も現実的なのだ。


「いいや、ベルは学園に通った方がいい。おまえの貴重な才は、高度な教育を受けることでさらに磨かれるはずだ」


「では、どうするおつもりなのですか?」


「……森に入ろうと思う」


 ほーう?お父様、思い切ったな。

 無限とも言えるほどうじゃうじゃ魔物が湧いてくる北の森。専守防衛に努めていたのは、その余裕がなかったからだ。

 大地をV字に走る亀裂のおかげで、森から出てくる魔物は皆、南にあるこの砦に集中する。そのお陰で、一箇所に戦力を集中できているわけだが、同時にここの負担はバカでかいものになる。


「先日のようなラッシュには、必ず前兆がある。夜でも動く日中型の魔物や、未確認の魔物の発生などだな」


「それを偵察によって察知する、と?」


「ああ。前線を抑えるのには足りなくとも、偵察隊の安全を保証できるくらいのポーションはある。結果的に、安全性が増すだろう」


 リスクは大きいが、これは英断な気がする。異変を察知した兵士が素早く砦に戻り、迎撃体制を整えつつ、他の砦に物資の応援を求める。これなら、私がいなくてもある程度は持ちそうだ。


「我が領は私と私の兵士が守る。キンベリー、おまえは安心して、学びなさい」


 ──ホント、このお父様はさ。

 そんな慈愛に満ちた笑顔を浮かべられたら、こっちも頑張るしかねえよな!


「お任せください。ブリギートの名を、王都の民たちに刻みつけて見せましょう」


 いざ、王都!

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