百年の恋も冷めてほしかった

 なぜとは言わないけど疲れて寝落ちした翌日。

 わたくしは朝日が昇るころには身だしなみを整え始め、サマナに手伝ってもらってデイドレスに着替えた。

 そして、反対を押し切って人払いをした応接室に一人。彼がやってくるのを黙って待ち続ける。


「おはようございまーす。あ、待たせちゃいました?」


「そうでもないわ。座ってちょうだい」


 軽い調子で入ってきたかと思えば、申し訳なさそうに身を縮こまらせるグラスノウ。フレンドリーながら気遣いを忘れない様は好感が、じゃなくて。

 辺境伯令嬢と平民と考えれば、私たちの身分差は歴然としている。しかし、今日の二人の立場は違う。おそらくは同じ世界から転生してきたもの同士、わかることは共有したいし、聞きたいこともたくさんある。


「楽にして。お茶は私が淹れるから」


 なので、無礼講というか、堅苦しくならないように、自分の手で二人分のお茶を用意することにした。

 お茶なんて飲めりゃあなんだっていい、なんて思っていた前世とは違う。甘味にうるさいキンベリーとして、私はサマナとおいしいお茶の研究もしているのだ。


「えーっと……ありがとう、でいいのかな」


「話が早くて助かる。この部屋にいる間、敬語はいらない」


「わかった。あ、これマドレーヌ?」


 用意していたお菓子を頬張る彼を横目に、深呼吸。さて、どっから切り出したもんかね。


「ね、キンベリー……ちゃん?は、僕と同じ日本の生まれなんだよね」


「ええ。前世は会社員やってたわ」


「じゃあOLから転生ってヤツ?仕事に疲れてー、的な」


 あーー、どうしたもんか。話題に迷っていたら、先手を取られた挙句、私にとって最も大きな秘密に初っ端から触れられてしまった。

 無礼講なんて言っておきながら、なんだかんだキンベリーとしての口調が抜けないこっちも悪いし、っていうか美少女の中身がおっさんとか、普通は思わないだろうから真っ当な考えなんだろうけど。

 いや、隠したほうがいいかなあ。グラスノウという少年に対しては、隠したがっている自分がいる。惚れた弱み?そうかも(半ギレ)。


 でも隠すべきじゃないな。私は彼から、この世界について教えを乞う側だ。隠し事はないほうが誠実だろ。

 ふー。よし、大丈夫。告白できる。


「実は私……いや、俺、前世は男だったんだ」


「え?」


 目を見開くグラスノウ。そら驚くわな。今の私は天下無双の美少女だし。

 しかし、急にもたげてきた不安がムカつくな。彼に嫌われたくない、なんてことを本気で思ってる。


「マジか……」


「マジだよ。めっちゃ大変だったんだぞ、女性の体」


 本望だったけど、それはそれとして。

 私の告白を聞いたグラスノウは、事実を飲み込むためか、しばらく唸っていた。かと思うと、なにかを決心したように口を開いた。


「……実は僕も、前世は女だったんだ。信じてもらえないだろうし、黙ってようと思ったんだけど」


「はい?そんなことある?」


「それはこっちのセリフでもあるんだけど。まあ、なんだろ。真逆だけど、似てる立場で良かったかもね」


 この美少年の中身が、女性?マジか、マジか。

 奇しくも私たちは、互いに同じ衝撃を受けたわけだ。これのどこが男(女)?って。はー、こういう感覚か。なんだろうな、好きなアニメの最終回が納得いかない内容だったんだけど、自分の人生と照らし合わせると一定の理解を覚えるっていうか。

 一緒に世界を救ったヒロインに告白しないのは物語的にはおいってなるけど、女の子に告白しようと思って心折れた経験を振り返るとそんなもんだよなって思っちゃうっていうか。


 とにかく、もやもやするけど、自分の身にも起きてることだから信じるしかない。

 えっと、恋愛対象は男なのかな。私と同じで体に引っ張られてたらいいな。なにが?


「……とりあえず、わかったわ。それで、ここからが聞きたかった内容なんだけど」


「うん」


「煉獄ってなに?この世界ってもしかして、ゲームの舞台?」


「……マジか。やっぱ知らなかったんだ」


 その声音は、私の中身が男だと聞いた時よりも、衝撃に満ちているように感じた。

 そんな驚くことなんか?え、もしかして向こうで死んだ時期が微妙に違ってて、少し未来ではこの世界を舞台にしたゲームが国民的人気を博していたとか?


「『白竜と雪の騎士』やったことない?」


「ない。あ、でもタイトルはなんか……聞いたことあるような……」


 なんだっけ。テレビのCM?実況動画のサムネイル?まあとにかく、朧げに聞いたことがあるタイトルだった。

 つまり、彼(彼女?)が生きていた時代と、私が生きていた時代に差はなさそうだ。


「超名作ファンタジーRPGだよ!主人公のグラスノウ……僕なんだけど、そのビルドが、MMOもかくやってくらいたくさんあって、伸ばしたスキルによってシナリオが変化したり、攻略できるヒロインが変わったりする、とにかく圧倒的なボリュームが売りで」


 早口。

 相当やり込んだんだろうな、とわかる熱の入りようだ。近くにこういう人がいたら、私も押されて始めてたかもしれない。


「それで、煉獄ちゃんっていうのは登場するネームド女性キャラクターのなかで、唯一グラスノウが攻略できないキャラクターなんだよ!妙だと思うよね?だって、王妃様でも口説けるゲームだよ?悪役だからって理由だけで√がなくなるとは考えにくいって、ファンの間では論争巻き起こりまくりだったんだから」


 おい、王妃を口説くとか言うな。不敬だろ。

 まあでも、妙だって言うところには同意だ。なにがって、攻略されないはずの煉獄ちゃん、つまり私だな。その私が、口説かれてもいないのにグラスノウに惹かれてるトコ。


「あ、煉獄ちゃんっていうのは、キンベリーがゲーム内だとって呼ばれてるからなんだ。いやー、どういうビルドで、誰をヒロインに選んでも基本的に立ち塞がってくる悪役令嬢でねー。高火力、範囲攻撃、装備破壊の三拍子で、そりゃもうヘイト集めまくってたボスだったんだよ」


「今の私は何の因果か月光の聖女なんて呼ばれてるけど」


「それな!兵士さんたちから聞いたけど、全然原作と違っててびっくりだったよ。ドラスノ……ああ、白竜と雪の騎士の略称ね。ドラスノは、今回のラッシュで主人公の故郷ブリギート辺境伯領が滅ぶところから始まるんだけど」


「ちょっと待って聞き捨てならない。あのリッチとカマキリにうちは滅ぼされるはずだったの?」


「うん。せっかく転生してオープニング前からいろいろできるから、手始めにその運命を変えてみようと思って頑張ってみたんだけど、まさか煉獄ちゃんが巡礼の旅に出ずに領地に残ってるなんて思わなかったよ。おかげで上手くいって、一安心って感じ」


 成程。私は、あちこちを回って治癒の力を行使する旅を、若干不純な理由で拒否してこの砦に詰めている。

 ドラスノというゲームでは、主人公の選択が及ぶべくもなく、滅んでいたはずの辺境伯領うち。それを救う一端になれたなら、それは。

 ──自然と、笑みが浮かんだ。


「あーーーーーっ!」


「なによ」


「煉獄ちゃんのふんわりスマイル!!スチル!!スチルにして!!」


 何言ってんだこいつ。


「あ、言い忘れてたけど僕、いや私、前世では煉獄の聖女キンベリーが推しだったんだ。なので感動してます。もっと見せて、いろんな表情かお


 何言ってんだこいつ。


 食い気味早口オタク、普通ならドン引きものなんだけどな。

 ドキドキするからあんまり顔を近づけないでほしいとしか思えないのだ。

 はア。百年の恋、冷めそうにない。

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