これって恋ですか?(半ギレ)

 わたくし……グラスノウのこと……好きに……なりたくねえのに……なってる気がする……。


 やっぱ嘘って言いてえ。恋愛感情ではないって言い切りてえ。

 でも無理だなこれ。一目惚れってやつか?あーーー、マジか。マジかあ。


 あの後。骸骨を担いで戻ってきたお父様に、一部始終を話すと、大層心配された上に怒られた。

 まあ、逃げなかった上に、兵士たちを押し除けて黒カマキリの相手してたわけだから、怒られるのは仕方ない。判断を間違えたとは思ってねえけどな。

 グラスノウは事後処理(怪我人の手当てとか、倒れた篝火の片付けとか、諸々)に、積極的に参加してくれた。愛想がいいし、よく働くので、私の命の恩人ということもあって兵士たちとは早くも打ち解け始めている。


 それはいいんだ。それは。

 問題は、あちこち動き回って作業を手伝っている彼を、私がずっと目で追ってしまっているところ。

 はー、クソが。何がクソって、ままならないこの体ね。

 全力で視線は逸らしてんのよ。好きになりたくないからさ。私、いや、意識は男なわけよ。女の子になりたかった、女の子が好きな男ね。

 だからさあ、美少女になれた今世でも、女の子とイチャイチャしたかったのよ。サマナとかさ、エイリルとかさ。


 でも、この体が反応したのは男。イケメン。グラスノウ。

 キレそう、キレてる。キンベリー!俺は女の子と恋愛したい!でも俺は私なのでえ。納得しなきゃいけなくてえ。


「ベル、悩み事かしら?」


「ええ……ちょっと、世界の不条理について考えていたの」


「あまり、思い悩まないでくださいまし。結果的に、グラスノウの手を借りなければ、私たちはあの魔物の脅威を撃退できなかったかもしれません」


 けれど、と言って。エイリルは、私の手を包むように、握った。


「私を守ってくださったのは、あなたでしたわ、ベル。わがままでここまで来たのに、結局足手纏いになってしまって。反省しなければいけないのは私の方です。ごめんなさい。そしてありがとう、キンベリー」


 ナニコレ。浄化されそう。

 私のことを心配して優しく手を握ってくれる美少女ーっ!前世で欲しいと思ったことがないとは言えまい。

 思い悩んでる内容、勘違いだけどさ。その思いやりが痛いよ。

 はァ。なんで好きになった人がこの子じゃないんだ。


「私こそありがとう、エイリー。あなたと友達になれたことは、私の誇りよ」


 彼女の手を握り返して、泣きそうになりながら微笑んだ。

 エイリル、好きだよ。悲しいことに恋愛感情じゃないんだけどさ。


「こほん。あー、キンベリー様?」


 金髪美少女二人で抱き合って(百合の花は咲かないものとする)いると、私の心を乱す声が降ってきた。

 グラスノウ青年の身長は、百七十センチくらいだろう。私と同い年の十四歳でそれなのだから、これからもっと伸びると思う。

 私は同年代の女の子の平均くらいなので、見上げる形になる。


「なにかしら?」


「だいたい作業終わったので報告を。それで、僕の報酬の件って……」


「さっきお父様には話したわ。驚かれたけど、平民一人学園に推薦するくらいなら、わけないわ。任せなさい」


 露骨にほっとした表情を見せる彼。本当に、ころころといろいろな顔をする男だ。

 魔物を前にしても、余裕そうで飄々とした顔。私の前に跪いて、凛々しく引き締まった顔。安堵で気が抜けて、年相応に無邪気な顔。

 ああ、見ていて飽きない。男の顔なんか見てたって何にも面白くないんだけどな。飽きねえんだよな。不条理。


「ベル、彼を私たちの派閥に入れるつもりなのかしら?」


「そういうつもりは別にないわね。私はグラスノウの願いを叶えただけだから」


 まあ、前世日本人の平民に、派閥入れとか言っても荷が重いだろ。それに、こちらとしても、平民出身の学生(将来)が派閥に所属しているというのは、メリットもあるがデメリットも大きい。


「えっ」


「なによ」


「貴族ばかりの学園で、平民の僕を一人で生活させるつもりなんですか!?」


 おい、面の皮の厚さどうなってんだ。

 クソ、断れね〜。惚れた弱みのせいだよ。不安そうな瞳でこっち見られると、捨てられた子犬みたいに見えてくる。


「……エイリーの派閥なんだから、私に最終決定権はないわ」


 頼む断ってくれマイベストフレンド!なんか丸投げしちゃったみたいに聞こえるけど、違うんだ!私の口が断ることを拒否しやがるんだ!


「素直じゃないですわね、ベルは。私はもちろん、賛成ですわ。命の恩人が学園でも近くにいてくださるのは、心強いですもの」


「やった!じゃあよろしくお願いしますねー。キンベリー様、エイリル様」


 顔を輝かせるな。はー、クソ。可愛いところもあるな、とか思っちゃうのが最高にムカつく。


「キンベリー様」


「まだなにかあるの?」


、いつお話しできますか?」


 耳打ちするくらいに顔を近づけられて、私の体は否応なく反応する。

 早くなる鼓動、熱くなる頬。全く不便でしょうがない。だが、話し合いの時間は必要だ。

 この世界に来て初めて出会った、自分以外の日本からの転生者。私よりも、異世界についての知識を持っているであろう、グラスノウ。

 恋愛感情は今、ノイズだ。現状を確認して、わからないことを問い詰めて、それで。


 それで?なんか変わるか?

 いや、変わんないな。私は私の目的を果たすだけ。甘いものがお腹いっぱい食べられて、おしゃれに着飾れて、美少女としての人生を目一杯に楽しむ。

 そして、自分の体に興奮する。女の子の体でえっちなことをする。そう、そのために生きる!


 そんなこと考えてたら、目を瞑ってもイケメンの顔が浮かぶようになってきた気がする。やめろ。

 体の熱を下腹部に集めるな。やめろ。

 ちょっと色っぽい吐息とかこいつの前で出すつもりないからな。やめろ。


「……こほん。今日は疲れたでしょう?兵士の宿舎を貸すから、そこで休みなさい。また明日、砦の応接室に呼ぶわ」


「僕は別に疲れてな……っと、了解しました!!」


 ギロリ、と睨んだら大人しくなった。

 なんでこんなヤツ。なんでこんなヤツ!


 ──はァ。これって恋ですか?そうですか。クソわよ。



 その日の夜はどうしても彼の顔が、仕草が、頭から離れなくて。

 眠れないほどに胸がきゅぅ、と締まって。

 どれだけ触れてもなにも感じなかった秘部が、熱くて、切なくて。


 ベッドに入ってから一人、声を押し殺して自分を慰めた。

 死ぬほど悔しかった。


 あと、気持ちよかった。

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