もう一人の転生者

「ふぃー。なんか危なくなさそうだから帰ろうかと思ったけど、助けに入れて良かった」


 青年は激しい剣戟に反して、涼しい声でそんなことを言った。

 誰だが知らねえが助かった!正直死んだと思ったよ、うん。深呼吸しとこう。胸の高鳴りがすごいからな、息整えよう。大丈夫、運動後は脈が上がるもんだろ?


「ベル、あの方はどなた……?」


「わからない。でも、強いわね」


 まるで未来でも見えているかのように、青年は影を渡る黒に、完璧に対応している。

 打ち合うごとにヤツの鋏を弾きあげる回数が増え、剣は黒い体へと着実に届いていた。


「あははっ!にしても、強くなれるもんだなあ。この時点で、シャドウマンティスと斬り合えるんだもん」


 何言ってんだこいつ。戦闘中でハイになってるんだろうが、周りに人がいる時に独り言撒き散らしてると、後で苦労するぞ?

 などと心では思っているのに、視線は彼の剣に釘付けだ。調子狂うなオイ。

 まあ、黙って見てるわけにもいかんか。ちょっと声かけてみよっと。


「どこの誰とも知らないけれど、助力に感謝するわ!援護の魔法は必要?」


「ん?……って、誰かと思ったら煉獄ちゃん!?うっそ、えー、マジ?どういうこと?なんで煉獄ちゃんここにいるの!?」


 いや器用だな。戦闘続けながら頭だけこっち向けんなよ。余裕なら倒してくれよ。かっこいいな。

 ──は?かっこいいって思った?今?私が?こいつを???

 いや確かに、眉はキリッとしていながら、目元は優しげで、鼻梁は高い。唇は女性かと思うくらいには薄くて、肌は小麦色に焼けていることが朝日の元でもわかる。同年代(キンベリーと、って意味ね)の美少年ではある。


 だが、客観的に見てイケメンだと思うのと、かっこいいと思うのは別だ。

 ソシャゲの推しと、好きな同級生は違うみたいなもんだ。わたくし的に、そこには明確な線引きがある。

 つまり──。


 いや待て待て待て待て。そんなことよりもっと大事なこと言ってんだろアイツ!

 なに?私に向かって煉獄って言った?誰だよ。人違いだろ。


「私の名はキンベリー。ブリギート辺境伯令嬢よ。不本意ながらいくつか二つ名はあるけれど、煉獄などと呼ばれたことはないわ。人違いではないの?」


「いや絶対本人だって!キンベリー・ブリギートでしょ?あってるあってる。うわー、煉獄ちゃんと話できてるよ僕!感動〜」


 なんだこいつ!!!!

 いや、ホントなんだこいつ。剣戟の速度は増すばかり、話の意味不明さも増すばかり。煉獄、煉獄か。まあ火の魔法は使えるから、間違ってないこともない、のか?


「もしかして煉獄ちゃんが抱えてるのって、エイリル様?」


「そうですわ。……その、大丈夫ですの?戦いに集中しなくても」


「やっぱそうかー!いや、嬉しいなあ、生ヒロイン!あ、戦いの方は大丈夫。今の僕なら、スキルで半オートだから」


 おいおいおいおい。気になるワード出しすぎだろ!

 エイリルがヒロイン?スキルで半オート?ゲームじゃねえんだぞ!?いやゲームなのか!?


「ちょっと、おまえ。聞きたいことが山ほどあるから、余裕ならその魔物をさっさと始末して」


「あ、ごめんごめん。ちょっとどうでもいい話しすぎちゃったな。僕も君に聞きたいことがいっぱいあるから、お望み通りこのカマキリは倒しちゃうね」


 そう言って、顔を正面へと向けた青年は、突如スピードを上げた。

 ギアは最大、アクセルベタ踏みってところか。魔物が影から出てきた瞬間、鋏を弾き飛ばし、胴を切り刻み、影に戻れないように足を払う。

 空中に投げ出された黒い魔物の姿が、ようやくはっきり見えた。確かにカマキリだ。両手の鎌を鋏のように扱い、私を翻弄していた暗殺者は、青年の剣の前に、最も簡単に刺し貫かれた。


「これでヨシっと。煉獄ちゃん、燃やしてくれる?」


「いいけど、あまり馴れ馴れしい言葉遣いはやめてちょうだい。それに、私は煉獄などと呼ばれたことはないわ」


「おっと、それは失礼。ブリギート辺境伯令嬢様、お助けにあがりました」


 膝をついて、気障ったらしくウィンクまでして見せる変わり身の早さ。

 かーっ!うぜえええ!!なのに赤面してるよ私!!なんで!!??

 苛立ちをぶつけるように、黒カマキリの死体をこれでもかという火力で燃やし切る。髪の毛がボロボロ焼けたが、治しゃあいいんだよ。


「……治癒魔法」


「ええ、そうよ。傷があったら治してあげるけど」


 こほん、と咳払いしてから、横目で彼を見る。

 顔はまだ赤いと思うので、まっすぐ見られないのだが、こいつはこの世界についてなんらかの知識を持っている。もしかしたら、私と同じ転生者かもしれない。ゲームの世界に転生!みたいな作品は、前世でよく読んだし。

 ならば、できれば仲良くしておきたい。ドキドキするのは意味わかんねえけども!


「はーーーーーーっ!マジですか!そういうことかーーーーーーー!」


 頭を抑えて突然叫び出す姿に、ちょっと引いた。

 いやでも目がキラキラしてんだよな。大好きな推理小説のトリックが、想像もしないような内容で感服しているような。クソ、なんかフィルターかかってねえか?全部魅力的に見える。キレそ〜。


「なによ」


「あーーー、えっとこっちの話です」


「……あなた、生まれた年号は?」


「平成です。って、え?えええええ!?えーーーーーーーー!?!?」


 やっぱりかーーーーー!ってか叫ぶな。周りの兵士がめっちゃ困惑しているだろうが。

 ヒント撒き散らしすぎだよおまえさあ。頭おかしい人だと思われるだろ!いや、前世の記憶があるって全然頭おかしいけども。


「その話はまた後で。それより、そろそろ名乗りなさい」


「あ、そうでした。すみませんね」


「一応、私貴族令嬢だから。おまえ、その服装では大方平民でしょう?言葉遣いには気をつけなさい。どこぞの貴族に首を刎ねられたくないのなら」


「申し訳ない!でも、煉獄ちゃんは罰さないでくれるんですね。優しい」


「だから……!」


 もう!全く!調子が狂う!!

 なんなんだこいつ。なんなんだこいつ!燃やすぞ!!


「すみませんすみません。はい、言います僕の名前。グラスノウです。お察しの通り苗字はないです。グラウでいいよ」


「よくないわよ。……此の度は危ないところを助けていただき、ありがとうございました。その働きに免じて、私への非礼は不問といたします。今後も、公の場でなければ、謙る必要はありません。グラスノウ、褒美はなにがいいかしら?」


「じゃあグラウって……あー、いや待てよ。ここにエイリル様がいるのか……」


「えっ、私ですの?」


 なにかを考え始めるグラスノウ。あー、もしここがゲームの世界?なら、私があれこれ動いている内容によっては、変化しちゃったのかもなあ。

 知らんけど!ガハハ!


「キンベリー様。お願いが決まりました」


「言ってみなさい。ブリギート辺境伯家に叶う範囲なら、便宜を図るわ」


「王立学園の入学推薦状を、一筆。認めていただけます?」


 うーん。もしかして、この世界って学園ファンタジーもの?

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