この胸の高鳴りはたぶん運動のせい
全く気づかなかったし、避けられたのも偶然。あっっっっぶねえ!?私、死にかけた!?
「エイリー!」
下手人の姿は、空間を切り取ったようにすら見える黒。バックステップでエイリルの元まで下がり、睨みつけるが、輪郭しかわからない。
「ベル?」
「照明用の光球を真上に全力で展開して。暗殺者がいるわ」
彼女は一瞬、呆気に取られていたものの、すぐに我に返って、指示通りに光魔法を使ってくれた。
途端、明け方の壁上は真昼のように明るくなり、黒い暗殺者の姿は、影としてくっきり──見えない。
「二度はない!」
予測と勘を半々に働かせ、エイリルの背後に炎弾を連続発射する。
当たってはいないが、伸ばしていた刃を防御に使わせることには成功した。すかさずエイリルの手を掴み、兵士たちの方へ退く。
「お嬢様!?これはどういうことですか!?」
「わからない。敵暗殺者は黒くて、おそらく影を移動できるわ」
篝火と昇り始めた朝日によって、さっきまでここは不規則な影に満ちていた。どこからでも奇襲が成立したわけだ。
けれど今は、エイリルの光球によって、影の発生を制御できる。黒いからっていう理由だけでとりあえず光魔法を使ってもらったが、なんか上手くいってる。よかったー。
よくねえが。出現位置を絞れるとは言っても、特定できているわけじゃない。さっきみたいに勘が当たっても、私の炎では決定打にはならなかった。
手札が弱え。
お父様はおらず、兵士のもとまで来たはいいが、彼らの影まで読んでいられないので、結局離れるしかない。
クソ、こいつそもそも人間か?下手したらあのリッチより厄介だろ。
「ベル、私……」
か細い声を漏らすエイリル。見れば、白くなった髪がぱらぱらと抜け落ちている。そしてさらに、それらは空中で集まり、彼女の肌を締め付け、輝きを発している。
なんだこれ。どうなってんだ?いや、まさかこれが、光魔法の代償の続きってことか!?
「エイリー、あなた、その髪は自分で操作しているわけではないのね?」
「はい。……これ、なんだか活力を吸っていくような気が、いたしますわ」
クソ、光球切ったらやべえんだが、エイリルに今すぐ死なれるよりマシだろ。
「もういいわ、魔法を切って、エイリー。あなたは私が守るから」
「まだ……やれますわ」
「ダメ」
強く制止すると、悔しそうに顔を歪めつつも、彼女は魔法を解除した。
途端、朝日と篝火の淡い光が戻り、方々に影が伸びる。さあ、どうする?どうやって切り抜ける?
縦横無尽に繰り出される影の剣。炎を放ち、炎で囲い、なんとか対処するが、直接受ける手段がない上に、牽制にしかなっていない。また一房、私の髪が焼け落ちた。
どうにか生きていられるのは、敵が首しか狙わないからでしかない。文字通り首の皮一枚、っと。ちょっと切れたな。治癒だ治癒!
「おまえ、何者!?」
「…………」
影は言葉を返さない。エイリルから離れられない上に、中距離を保ちたい私は、ただでさえ技量で劣る相手に防戦すらままならない。
さっきから治癒を使う回数が増えているし、空腹も感じ始めている。ジリ貧で済めばいいが、一手間違えれば私かエイリルの首が飛ぶだろう。
お父様まだ!?まだですかそうですか。そうだよな、アッパーカットは決まってたけど、あれだけで腐れ骸骨死んでなさそうだし。
となると本当に手詰まりだ。一か八かの策すら思いつかねえ。
「お嬢様!砦までお逃げください!そいつの相手は俺たちが!」
「むざむざ自分の民が死ぬところを見ていろとでも言うのかしら!?」
「しかし!お嬢様とマナリア公爵令嬢様の御命を守ることが、俺たちの使命です!!」
壁の上にいるのは、魔法が使える兵士ばかり。近接戦闘能力は純前衛より劣るし、貴重な人材だから死なせたくない。
影がこっちばっかり狙ってくれてるのがありがたいくらいなんだ。おまえらこそ逃げろよ!
「は、ああああ!!」
首への横凪ぎに合わせて縦振りした炎は、さながら倶利伽羅剣ってとこかあ!?一発防げるだけで攻撃に転用できないけど!!
髪の治癒なんかにリソース回してらんねえ。金髪が散っていく。
今度はエイリルの首、炎弾!私の首、炎楯!後ろ回られた、炎で囲う!
無理かも!!!!
いや無理とか言ってらんねえけどさあ!!!!
「吹っ……飛べっ!」
エイリルを抱き寄せ、私はもう一房、髪を燃やした。ターゲット二人の位置を近づけることで、出現位置の影を絞る。そこ一点読みで、炎の戦鎚をどーん!
これで無理なら本当にダメかも!
「Fu、uuuhh!」
初めて、影から声らしい音が漏れた。ちょっとは効いたか?そしてたぶん、魔物だ。
お祈りタイム。今の手応えがあったところに、とにかく全方向から炎弾叩き込みまくれええええ!!
ダダダダダダダン!!
炎同士がぶつかり、火花が弾ける。あの中心にいたら、タダでは済まないと思うが。
「う、そ……でしょう!?」
後ろから伸びてきた影の刃。それも二本。
──これ、ハサミかよ。
標的を一つに絞らせたのは、結果的に悪手になった。
一本だった刃は二本になり、私とエイリルの首を、一挙にぶった斬ろうと迫る。
さすがに、即死だろうなあ。その場合、治癒間に合わねえなあ。また人助けして死ぬのかあ。
なんて、思いながら。キンベリーとしての走馬灯が、脳裏を走りかけた時。
ギャリィィィイイン!!!
背後で、金属同士が擦れる不快な音が響いた。
咄嗟に前に飛びながら振り返れば、そこにいたのはお父様でも、兵士たちでもない。鎧すら着ていない。
どこにでもいる平民のような、麻のシャツに身を包んだ、黒髪の青年が、不釣り合いに優美な、それでいて確かな力強さを感じさせる剣を振り抜いていた。
その後ろ姿は、どこまでも頼もしく。もう、敵なんていないと、背に立つ者たちに優しく語りかけるような。
大きくて、暖かくて。
──不意に、胸が高鳴った。
は?いやこれ、緊張と運動のせいだろ(震え声)。
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