辺境伯領の一番長い夜(4)
「エイリー。撃って」
「光在れ……!」
お父様の背中が見えなくなる前に、エイリルに指示を出す。
両手を重ね、戦場に左の手のひらを向けた彼女は、そんな言葉と共に光魔法を撃ち出した。
戦場を翔ける眩い光。直径が大人の背ほどはある光線は、触れれば音もなく肉体が消し飛ぶ超やべーシロモノだ。それは、人も魔物も関係ない。
必殺光線は瞬きする間にリッチの元まで届き、エイリルの金髪が一房、白に染まった。
「どうでしょうか?公爵領内に現れたオークは、一撃で倒せたのですけれど」
「残念ながら防がれたわ。まあ、予想通りよ」
骸骨野郎が空に浮かべた光球は、殺傷能力こそ持たないものの光魔法だ。自分が使える魔法の耐性を持っていないわけがない。
けれど、嬉しい誤算もある。あいつ、こっちを意識してやがるな?
「訂正するわ。たぶんダメージは通ってる。このまま続ければそのうち防御を抜けるかもね」
「本当ですの?では……」
「作戦は変えない。エイリー、三十秒後に二度目の光線。今度は視界右下に」
土壇場で別の方法が見つかっても、第一案が防がれるまでは変えちゃいけない。当たり前だが、行けると思った時が一番危ないので、ここは一旦ステイだ。
「右翼を守る兵士たち!全力で後退!目の前の魔物は放置、壁も捨てなさい!」
事前の打ち合わせ通り、兵士たちがダッシュで
何度壊されても再建してきた前線の壁を、囮ではなく完全に放棄しろと命じたのだ。もっと反発があるものと思っていた。
しかし、兵士たちは欠片の異も唱えず、全力で逃げている。
「撃ちますわ。光在れ!」
彼らを追いかけようとした魔物。壁を破壊していた魔物。中央に雪崩れ込もうとした魔物。
それらが全て、エイリルの光線を前に塵と消えた。
兵士たちが作戦に賛同してくれたのは、忠誠心からだと思ってたけど。これに焼かれるのが怖いからだったかもしれねえな。
「三十秒後、左下」
「かしこまりましたわ!」
兵士が逃げる。魔物が消える。撃ち漏らしは中央と真下で対応できる量だ。
まさに大破壊。戦術級どころか、戦略級の兵器だぞ、エイリルの魔法。こえー。
撃ったあとの代償は、今のところ髪が白く染まって戻らなくなることのみ。これは、私の火魔法の代償と違って、治癒でなんとかできなかったので、不可逆と考えていいだろう。
令嬢として、女としては致命的と言えるかもしれないが、この破壊には見合わないほど、軽い。
「これでよろしくて?ベル」
「完璧な仕事よ。ありがとう、エイリー」
はにかんで笑い、組んでいた腕を解くエイリル。すると、挟み込まれていた双嶺が、胸当ての上からでもわかるほどに、ほよんと──っていかんいかん。
「自分を脅かすかもしれない光線に、呼び寄せた魔物の三分の二が焼かれた。さて、リッチ。あなたは冷静でいられるかしら?」
「Kiiiaaaaaaa!!!!」
ま、無理だよな。
今、骸骨の注意は完全にこちらへと向いた。光球は目に見えて縮小し、その分、青白い光が周囲をぐるぐると回り始めた。
シュバババババババババ!!
打ち出される人魂じみた青。さながら勢いはマシンガンだ。
さて、これもエイリルの光線なら余裕で消せると思うけど、向こうが物量できた以上、火力優先の彼女は撃ち合いじゃ不利だ。というわけで、作戦通り防御は私が引き受ける。
「炎は青い方が温度が高いって言うし、こっちも合わせて青くなるかやってみるのもいいわね」
手のひらに浮かべた火の玉。熱く、熱くなれと念じるほどに、赤は黄色、白、青へと顔を変えていく。
燃え尽きた前髪が地面に落ちると同時。私は肥大化した炎弾を分裂させて、迎え撃った。
弾ける火花。食い合う青。光球の光が弱まった夜の空で、ぶつかり合う火の魔法は、花火のように美しい。
向こうはただ色ついてるだけだなこりゃ。温度を上げて色を変えた私の魔法の方が、威力は段違いに上。数も、見えた瞬間では負けてても、壁に届く前に間に合う程度の差しかない。
「イージーだよ!」
灰になっていく金髪は、毛根ごと治癒魔法で再生する。どんなカツラも植毛技術も、私の治癒魔法には勝てないわね!薄毛根絶!リッチのしゃれこうべにも髪を生やしてやるわ!
さあ、光球がどんどん小さくなってきた。
もはやリッチの意識は、私との魔法戦に釘付け。暗くなってきたことで、日中に出現する魔物の一部は撤退を始めている。
戦場を走り続けるお父様を邪魔する存在は、なにもない。
私の炎と、骸骨の炎がぶつかる光の中。私は確かに、空を走る父の姿を見た。
ドオオオオオオオン!!
バカみたいに力強く、太鼓をぶっ叩いたような音が、戦場に響く。
光球が消え、顔をみせる月。その光に照らされ、夜空に浮かぶお父様の姿は、アッパーカットの格好で、リッチの顎に拳を当てていた。
「やりましたわ!」
それフラグ!!!!
っと、エイリルに盛大に突っ込みかけたけど、ここまで作戦通り、想定通りに進んできたわけだ。
魔物も徐々に退き始めている。兵士たちは追撃を行わず、怪我人にポーションを使っているようだ。初陣でここまでやったんだし、私も高笑いくらいしていいだろう。
はーっはっはっはっはっは!!
胸を張って、腰に手を当てて、ちょっと背を反らした。
そのおかげで、私は。
──頭と体が泣き別れになる結果を、避けられた。
やっぱフラグじゃねえかよエイリーーーーーーー!!
ここにきて完全に想定外だよ、クソがっ!!
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