辺境伯領の一番長い夜(3)
いくらお転婆だったとはいえ、この危地を察せないような愚かな人ではないと、一応砦の兵士に厳命しといたが、こっちに来るようなことはないだろうと、たかを括っていた。
「ベル、仲間はずれは感心いたしませんわ」
壁の上に戻った私を待っていたのは、頭を抱えるお父様と、金と白の髪を靡かせた美少女──エイリルの姿だった。
「エイリー……何も言わずに出て行ったのは謝るけど、あなただってここが危険なことくらいわかるでしょ?」
「勿論。私、辺境伯領にお世話になると決めたときから、魔物に囲まれて殺されることなど、覚悟の上ですわ」
おい。それはうちの兵士を信用してないって意味にもとれるぞ。
「ごめんあそばせ、ブリギート辺境伯閣下および、麾下の兵の皆さまが、私を守ってくださらないと思っていたわけではございませんわ。ただ……」
悪戯っ子のように笑うエイリル。けれど、目が笑ってねえ。藍色の瞳はどこまでもまっすぐこちらを見通し、自らの覚悟を訴えかけてくる。
「皆さまが、そして友だちが戦っているのに、黙って隠れていられるほど我慢強くありませんの、私」
自分も抜け出してきた手前強く言えねえええええ!
こっそりお父様の方を見ても、こちらを非難するような視線だし。いやわかってるよ、私が悪いんだろ私がさあ!
「エイリー」
「はい」
「この砦より、一歩たりとも前には出ないでね。簡易でいいから誓約書も書いて。ブリギート辺境伯家に責任は問わないってね」
「もう用意してありますわ」
お父様に渡される一枚の紙。用意がいいもんだ。
まあ、エイリルにもしものことがあって、本気でマナリア公爵家に詰められたら、こんな紙きれなんて気休めにしかならない。
けれど、そんなことには私が絶対させないし、生きて返しさえすれば、なんぞ文句を言われようと、突っぱねられる程度の価値はある。
「……お父様。サマナが見たものの報告を」
「ああ。頼む」
眉間を抑えるお父様に、私はあの骸骨がリッチであること、スケルトンに通じる弱点が適用されるかもしれないことを伝えた。
「光魔法なら私が」
エイリルが陽光の聖女と呼ばれる所以は、光魔法にあると言う。あの光球を浮かべるリッチに、本当に光魔法が効くかはわからないが、まあ試す価値はあるだろう。
「銀の剣による攻撃は、私がやる」
「お父様が?」
「どの道、戦況はジリ貧。奴を始末しなければ、このラッシュは終わらない。いずれ我々で抑え込めなくなり、民に被害が出てから、命懸けの戦いを挑むのでは遅いのだ」
命の賭けどころはここだと、お父様が、バンロッサ・ブリギート辺境伯が言った。必然、兵士たちも表情を引き締める。
「では、戦闘指揮は誰が?ジェフを呼び戻しては、砦の守りが」
「おまえがやりなさい、キンベリー」
「……私が、ですか?」
本気か?そりゃ、キンベリーは英才教育を受けている。その中には戦時の指揮も含まれ、知識として私の頭には兵の運用法が入っている。
だが、お勉強と実践は全然違う。ましてや、最近は学園の受験に必要ない学問を習っていなかった。キンベリーの知識にあっても、私に実感としての学びが定着していない。まあ、それはお父様とは関係ないけど。
とにかく、今はペーパードライバーならぬペーパー軍師に任せるような戦況じゃねえ。何を考えてんだ、お父様。
「おまえはこの戦場に飛び込む際、父に貴族の責務を果たすと言ったな。ならばその言葉、貫いて見せなさい。民にとって、今必要なことはなにか。自分はどうするべきか。誰を動かせば良いか。よく考えなさい」
終わりの見えない戦い。瓦解寸前の前線。総大将の敵中突破。
なるほどこりゃあ、実力よりカリスマの方が必要だと、そう言いたいんだな?お父様。
仕方ねえ。やってやるよ!民があり、国があり、領地があってこその贅沢。贅沢できなきゃ、完璧美少女は目指せない!
「拝命いたします。閣下」
だが、良いんだな?お父様よ。私は前世、戦略ゲームをやってた時──「脳筋戦法ばっかりしてないで、堅実な運用もしてみたら?w」と、チャットで煽られたことがある!!!!
「一時間後に前線へ出る。人心掌握と作戦立案の猶予だ。やってみなさい」
「はい!」
いいか、異世界の魔物。今から私が最強の戦術ってヤツを教えてやろう。
すなわち、最強の矛を通すためならば、最強の盾もぶん投げる!!
「エイリー、準備はいい?」
「ええ。いつでも行けますわ」
前線に指揮系統の変更を伝えるため、私は月光の聖女として演説を行った。
死ぬほど恥ずかしいし、めっちゃ嫌だったが、今から行う作戦を遂行するなら、兵士たちの信頼は必須だ。幸い、さっき体張って前線で治癒魔法振り回したのが効いたようで、割とすんなり作戦は受け入れられた。
「では、行ってくる」
「ご武運を、お父様。生きてさえいれば、どんな怪我でも治しますので」
「ははは。頼もしい限りだ」
その巨躯は、鎧に包まれてこそいるが、重装には見えない。足回りは急所と関節のみを守り、動きやすさを重視していることが窺える。
なにより、武装がない。切り札の銀は、大きな籠手だ。
身体強化魔法を纏い、壁から飛び降りた勢いのまま走り始めるお父様の背中を見て、私は音響強化魔法を持つ兵士に合図を出した。
「全軍に告げる!これより、作戦行動を開始する!今日、この戦いが我がブリギート辺境伯領で最も長い夜になるでしょう。しかし、この夜は月光の聖女が照らすと知りなさい!」
「「「「うおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
光球は空に輝き、太陽はまだ昇らない。
ならば、私が月にでもなんでもなってやるよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます