辺境伯領の一番長い夜(2)

 予想通り、戦場は軽〜中程度の傷を負った兵士で溢れかえっていた。

 重傷者にはポーションを使っているからだろう。しかし、痛みは集中力を鈍らせ、実力で劣る魔物に遅れをとる。

 如何に精強なうちの兵士とはいえ、終わりの見えない魔物の群れを前にすれば、小さなミスや痛みが、戦況に大きな影響を及ぼしかねない。


 引きずってこられるほどの傷を負った者がいないというのは、イコール誰も退いてこないということだ。

 前線はいっぱいいっぱい。誰もが自分が抜ければ危ないことを自覚しており、誰一人として治療を受けるために下がろうとしない。

 バカどもの元には、わたくしから行ってやらないとダメってわけだ。贅沢モンがよ!


「キンベリー!」


「お父様!私は貴族の責務を果たします!!」


 止めさせない。あんたが教えたことだろ?いいから指揮と魔法支援に集中していやがれ。

 壁を蹴って前に飛ぶ。怖いけどアドレナリンドバドバでごまかせた。痛みには即効治癒魔法だ。


 前線の壁は崩れかけており、人間と魔物の入り乱れる地獄と化していた。

 その中を私は走る。そして、触れる。頬に、手に、鎧の壊れた者にはその部位に。

 クソ不便だなあ、私の治癒魔法!なんで直接触らねえと治せねえんだよ。こんなに怪我人がいるのに!!


 一人一人に時間はかけていられない。声すらもかける余裕がない。

 ただ、触れる。そして、治す。


「グヲオオオオ!!」


 あ?──ツノの生えた額、巨大な図体が、こちらを向く。オーガの前を通り過ぎたか。

 デカい拳が掠った。衝撃で吹き飛び、地面を転がる。痛え、けど治す。


「ペッ……燃えなさい」


 口に含んだ泥を吐き出し、オーガを包むように火魔法を使用。髪が焼き切れて灰になり、標的は燃え尽きて炭になる。

 そこらのオーガ程度で、私を止められると思うな。


 埒が明かない。治しても治しても、兵士たちは傷を負っていく。

 魔物は減らない。光球は浮かんだまま。


「あのリッチ狙わないと無理かしら」


 一度足を止め、私は改めて光球を掲げる骸骨に視線を通した。

 報告通り、ボロ布を纏ったアンデットだ。真上の光球が、日の光もかくやといった風に輝いているため、影になって不気味さが増している。

 今は明かりとりをやっているが、他に魔法が使えない、戦えないってこともないだろう。さしずめ、今は魔物をけしかけてこっちを疲弊させるフェーズってとこか。


 私の治癒魔法も万能じゃねえ。試したことはないが、もう死んでる人間は多分治せないし、代償を積み重ねすぎて空腹でぶっ倒れたら終わりだ。

 つまり、そう長く戦ってるわけにはいかない。短期決戦に持ち込むべき。


「お父様、戻りました」


「怪我はないか!?」


「はい。治しましたので」


「ベル、そうではない。そうではないのだ……」


 壁の上に戻ると、くしゃりと顔を歪めるお父様。

 まあ、娘の怪我の心配をしたら、もう治したから問題ないなんて言われたら、悲しくもなるだろう。でも仕方ないだろ、余裕ねえんだ。


「今のところ重傷者はいないようですが、軽傷が積み重なることが、今は一番危険です。すぐに戦場に戻りますので、携行食をください」


「……わかった。おい、一番いい味のものを持ってこい」


 一息ついていると、サマナが到着した。

 お父様に向かって命をもってお詫びする、とか言ってるが、死なせるわけねえだろ。


「私の独断です。サマナを罰さないでください」


「うむ……私は人を罰で殺すことを好かない。優秀な人材には、より一層働いてもらう方が、益が大きいからな」


「それより策を考えるべきでは?私の治癒魔法があっても、このままでは魔物に押し潰されます。サマナ、計測魔法は弱点看破には使えないの?」


「弱点、看破とは……?」


 なんとなくゲーム的な感覚で言ってみたが、さすがに無茶だったか。

 計測魔法は距離や重さを測るものだが、その本質が観察にあるなら、相手の弱点やら対処法なんかも、わかるんじゃないかと思ったんだが。


「無理なら気にしなくていいわ。あの骸骨を倒す糸口が見えるかと思っただけ」


「やってみます……やらせてください!」


 しかし、私の丸投げに、サマナは健気に答えた。お父様がより一層の働きを期待する的なこと言ったからだろ。パワハラ反対!


 サマナの橙色の瞳が一際輝き、戦場の遥か彼方を見通す。

 赤毛が風に翻り、一瞬、確かにローブの骸骨がこちらを見た気がした。


「サマナ!」


「お嬢様、ご心配なさらず……」


 崩れ落ち、頭を抑える私のメイド。計測魔法の代償は頭痛。普通に使っても相当辛いというのに、無理な使い方をした今のサマナを襲う頭の痛みは、想像を絶するものだろう。

 クソ、焦ってんのか?私は、彼女の苦しむ姿が見たかったわけじゃねえ。


「誰か、彼女が座れる場所まで案内して。歩くのも辛いだろうから、私の他にもう一人側につきなさい。それと、氷嚢をちょうだい」


「はっ!」


「わたしのためにそのようになさらないでください、この場で報告致しますから」


「ダメよ。一度氷で頭を冷やして落ち着いてからになさい」


 私と兵士で恐縮するサマナを支え、壁の中に作られていた簡易休憩所のベッドに座らせる。

 届けられた氷嚢は魔法で生み出された氷が入っており、ひんやりと冷たかった。


「……報告致します」


「ええ」


「敵、アンデッドと思われる存在の種族はリッチ。長い戦闘経験を経て、魔法と知能を身につけたスケルトンです」


 目を瞑ったまま、サマナが話し始めた。記録はここまで一緒に来た兵士に任せ、私は考察を進める。

 リッチという予想は当たり。けれど、魔法を極めて不死になった人間、というわけじゃないらしい。


「リッチという存在に関する情報は、それくらいしか読み取れませんでした。申し訳ございません」


「構わないわ。正体が分かっただけ僥倖よ」


「スケルトンの上位なら、銀の武器や、聖別された水、あとは光魔法が効くかもしれませんな」


 兵士はそう言うが、あのリッチは光球を掲げていた。擬似的な太陽を操る存在が、それらのメジャーな弱点を克服していないとは思えないが。


「とりあえず、お父様に報告に行くわ。サマナ、ご苦労様。ゆっくり休みなさい」


「はい……お嬢様、無理はなさらないでください」


 わかったわ、と残しつつ、正直約束はできなかった。

 相手は人間より強い魔物。それも数で押してきている。無理しないで蹴散らせんなら、そりゃ楽でいいけどさ。

 前世知識を総動員させつつ、私は壁の上へと戻った。

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