辺境伯領の一番長い夜(1)
その日は未明から、様子がおかしかった。
まだ日が出ていないのに、やけに明るくて、
砦で暮らし始めてもう八ヶ月。魔物たちにも昼夜はあるようで、夜には夜行性の魔物が襲ってくる。そのため、夜も戦闘があって、篝火が焚かれているなんてことはしょっちゅうだ。
けれど、その日の外の明るさは、篝火のものではなかった。
「サマナを起こして」
「お嬢様、どうかお部屋にいてください」
「嫌よ。敵襲、それも相当な規模なんでしょう?」
手早く着替えて外に出ようとしたら、扉の前を守ってくれている兵士に止められた。
部屋を出て気づいたが、建物の中も鎧を着た人間が行き来する特有の音が響いている。明らかに、緊急事態。
「しかし、閣下からはお嬢様とエイリル様を決して外に出してはならないと、ご命令を受けております故、どうか」
「あなたも本当は戦場に立ちたいんでしょ?生憎だけど私、守られてるだけのお嬢様でいるつもりはないの」
「お嬢様……」
私が兵士と押し問答をしている間に、隣の使用人部屋からサマナが出てきた。
いつものメイド服の上から、胸当てや籠手、鉢金をつけており、すでに臨戦態勢だ。
「サマナ、私の分の鎧も持ってきて。すぐに出るわよ」
「かしこまりました」
「サマナ殿、困ります!お嬢様を止めなければ」
「申し訳ございません。わたしはお嬢様のメイドですので」
うちのメイドは話が早くて助かる。まあ、忠誠心っていうより諦められてるだけのような気もするが。
兵士たちに聖女認定されてしまったあの日から、私は北壁の上に何度か足を運んでいた。
その度に、サマナもジェフも止めるが、火魔法の練習にいいからと、魔物を狙撃していたからだ。
「この明るさじゃエイリーも起きていそうね。彼女のお付きには、建物から出ないように厳命しておきなさい」
「すでに連絡済みです」
大仰な鎧を着せられつつ、現状の確認を進めていく。これクソ重いから嫌なんだが、まあ命には代えられねえからな。
まず、明るさの原因は正体不明の魔物が掲げる光球らしい。
普段、夜は狼系の魔物が散発的に襲ってくるだけなのだが、そいつ(骸骨がボロいローブを着ているらしい)が光球を掲げた途端、森から続々と昼にしか現れない魔物が出てきたみたいだ。
ゲームやアニメの定番で言えばリッチなんだろうが、見てみないことにはわからん。
次に、戦況。今は最悪を免れているが、お父様がぶっ倒れたり、最前線の壁が崩れたりするとやばい。
ここのところラッシュが少なかったのは、これの伏線だったのか?
報告を聞く限りでも、ゴブリンリーダーにオークジェネラル、オーガチャンピオンやらシャドウウルフの群れやら、一回のラッシュでボス格になるような輩が多数確認されている。
間違いなく前線は死地。砦の兵士は、平時を四交代で回しているのだが、そんなこと言ってられるような状況じゃない。総動員だ。
他の砦に援軍要請もしている。けれど、他には他のにらみを効かせるべき相手がいるのだから、あまり期待できないだろう。
北の森から出てくる魔物は、北の砦でなんとかするしかない。
着替えを終えた私は、まず怪我人用のテントに駆け込んだ。
しかし、私の予想に反してそこは空だった。
「どういうこと?これは」
「……最近、マナリア公爵家から大量の高性能ポーションが支給されたと聞きました。それで持ち堪えているのではないでしょうか」
私がここを離れる時のための備えが、生きたってことね。
けれど、どれだけポーションを仕入れたって、被害は出ているはず。これはもう、北壁どうこう言ってないで前線まで走るべきだろうな。
「サマナ。前線まで行くから、馬と人を借りてきて」
「正気でございますか!?北壁から、火魔法で支援をされるものとばかり」
「そんなこと言ってられる?私の本業は治癒であって火じゃないの」
「危険でございます。その命令には承服しかねます」
「そう。じゃあ走るからいいわ」
サマナに捕まる前に、私は走り始める。
十四の小娘に走れる速度などたかが知れているが、持久力ならば
「門を開けなさい!殺すわよ!」
「開けないでください!それとお嬢様の捕縛を!」
鬼気迫る形相で走っているであろう私とサマナに、門番をやっていた兵士は目を白黒させる。
おら開けろ!ぶっ殺すぞ!混乱しながらも一人通れるだけは開けてくれた。よし、それでいい。あとで褒めてやるよ。
「お嬢様!危険です!」
「キンベリーお嬢様ーっ!行ってはなりませぬっ!!」
壁上から私を止めるのはジェフか。知らん。今の私は誰にも止められねえぞ。
ごめん嘘ついたヤバい。後ろから馬に乗った兵士が来てる。あれから逃げるのは無理だ。
サマナ、しれっと超人芸するな。今走りながら馬に飛び乗っただろ!?
仕方ねえ。あんまりやりたくなかったんだが。
「私を意地でも止めると言うのならば、容赦しないわよ!」
轟!炎が風に煽られる音。そして、灰になって消える私の髪が一房。
振り返り、自分を追いかけてくるサマナたちを囲うように、私は炎の壁を生み出した。
燃えるものがないので長続きはしないが、五百メートルガンダッシュして前線につくくらいの時間は稼いでやる。
ああくそ、鎧邪魔!急所さえ守れればいいだろ、脱げ脱げ!
「お嬢様!!」
砦の危機、兵士の危機。ひいては、領民の危機、国の危機。
そんな時に、なにもせず部屋で震えてろ?笑わせんなよ。
今こそその時。死地はこちらを待ってくれない。じゃあ、こっちからカチコミ掛けに行くしかねえよなあ!
「兵士たち!怪我人をこっちの壁まで引きずってきなさい!私が、月光の聖女が、一人残らず治してやるわよっ!!」
お父様のいる手前の壁を駆け上がって、私は叫んだ。
ブリギート辺境伯領の一番長い夜は、まだ始まったばかりだ。
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